トランプの研究(7):「大統領令」で始まった不法移民の“大量強制送還”―不法移民問題の本質を説明する

不法移民を取り締まる国土安全保障省長官に就任したジョン・ケリー氏(写真:ロイター/アフロ)

内容

1.不法移民規制の「大統領令」の狙い

2. 急増する不法移民とその背景-不法移民は1110万人

3.強制送還された不法移民の推移

4.リークされた国土安全保障省の文書と“本音”

5.厳しい内容に変わった国土安全保障省の新ガイドライ

6.既に始まっている“不法移民狩り”

7.特別居住許可を得た“ドリーマー”も例外ではない

8.アメリカ経済にとって欠かせない不法移民労働者

9.メキシコ不法移民の強制送還の歴史と現実

10.メキシコ不法移民の強制送還の歴史と現実

11.トランプ大統領の移民政策の本当の矛先は「聖域都市」

12.トランプ大統領の狙いは移民法改正による移民削減

13.「不法移民」は英語でなんというのか知っていますか

1.不法移民規制の「大統領令」の狙い

アメリカでは、移民政策は保守派とリベラル派が真正面から対立する深刻な政治問題のひとつである。リベラル派は開かれた国境を主張し、不法移民に対して人道的に対応し、恩赦など滞在許可を与える寛大な措置を取ることを主張している。これに対して保守派は、移民はアメリカの労働者の職を奪うだけでなく、犯罪を持ち込み、伝統的な文化と秩序を破壊すると主張する。移民法を厳格に不法移民に適用することを求めている。

リベラル派は、移民を社会に“統合”することを主張している(英語では”integration”すること)。言い換えれば、移民は母国のアイデンティティを維持しながら、社会的に共存することを主張している。これに対して保守派は、アメリカに来る限り、移民はアメリカ社会と文化に“同化”し、すべてにおいてアメリカ人になることを要求している(英語では”assimilation”すること)。不法移民問題は、常に「「法と秩序」と「人道主義」の間で揺れ動いている。

トランプ大統領は選挙運動中に「アメリカを国境のない国にしない」と、メキシコ国境での壁の建設や国境警備の増強、不法移民の強制送還を公約として掲げていた。保守派は移民法の厳格な適用を主張するトランプ候補を支持した。トランプ大統領は、一時、すべての不法移民を強制送還すると過激な発言をしていた。「アメリカで働きたければ、正規の手続きを取って入国せよ」というのが、大統領の主張であった。ただ、最近では犯罪歴のある不法移民の強制送還を優先すると、ややトーンダウンしている。トランプ大統領は選挙直後に行ったインタビューで、「犯罪者、犯罪歴のある者、ギャングのメンバー、ドラグのディーラーを中心に200万人から300万人のアメリカから追い出す」と語っている(『タイム』2016年11月13日、”Donald Trump Plans to Deport to 3 Million Immigrant)。

しかし、「大統領令」には犯罪者だけでなく、仕事を得るためや、社会福祉を得るために偽りの申請をした移民も強制送還の対象になると書かれている。『ロサンジェルス・タイムズ』は独自の調査をもとに「強制送還の対象になるのは800万人に達する」と指摘している(2月4日、”Trump is targeting up to 8 million people for deportation”)。国土安全保障省は強制送還の手続きの簡略化を指示しており、従来のように移民裁判所の手続きを待つことなく、逮捕してすぐに強制送還できるように制度の変更を行っている。800万人という数字も誇大とはいえないかもしれない。

ブッシュ政権の2001年から2008年の8年間に強制送還された不法移民の総数は200万人、オバマ政権の2009年から2015年の7年間に強制送還された不法移民の総数は280万人であった。もしトランプ政権が、仮に4年間で800万人を強制送還するとなれば、毎年200万人が対象となる。まさに「大量強制送還」である。アメリカは移民で成り立つ「移民国家」である。トランプ大統領のもとで、そうしたアメリカのイメージが大きく変わるかもしれない。

トランプ大統領は就任直後の1月25日に「国境の安全性と移民法執行の改善(Border Security and Immigration Enforcement Improvement)」と題する「大統領令」に署名し、不法移民取締りの強化を国土安全保障省と関連部署に指示した。「大統領令」には次のように書かれている。

「憲法と『移民・帰化法』を含む国内法によって大統領に与えられている権限に基づき、国民と公共の安全を確保し、我が国の移民法を忠実に執行できるようにするために、私は行政府の政策を以下のように指示する」。さらに「移民法の執行は国家の安全保障と公共の安全にとって極めて重要である。不法にアメリカに入国している人物やオーバーステイあるいはビザ条件に違反している人物は我が国の安全保障と公共の安全に重大な脅威となっている。アメリカ国内で犯罪行為を行っている外国人はとりわけ重大な脅威である」と記されている。特に注目されるのは、「全国の聖域都市(sanctuary jurisdiction)は意図的に外国人をアメリカから排除するのを妨げようとしている。これらの都市はアメリカ国民と社会に測りがたい損害を与えている」と述べていることだ。聖域都市については、本稿の中で項を改めて説明することにする。

さらに続けて「連邦移民法は連邦政府と地方政府が協力して、アメリカに住む権利のない外国人を確実に排除するための枠組みを与えている。それにもかかわらず、連邦政府はこの基本的な国家主権の責務を果たしてこなかった」と従来の政府の政策を批判。「本大統領令の目的は、政府の執行機関と関連機関が全ての合法的な手段を行使して、移民法を執行することを指示することである」と、移民法の厳格な適用を求めている。

この大統領令を受け、2月13日、ジョン・ケリー国土安全保障省長官は「移民関税捜査局(Immigration and Custom Enforcement=ICE)」に対して「目標を定めた法執行作戦(targeted enforcement operations)」に着手する指示を出したことを明らかにした。ケリー長官の声明書には、「同作戦はアメリカの移民法に違反している個人と有罪判決を受けている外国人とギャングのメンバーを対象とする」と、捜査対象になる人物を指定している。さらに声明の中で「ロサンジェルス、シカゴ、アトランタ、サンアントニオ、ニューヨークを管轄とするICE執行官は公共の安全、国境、あるいはアメリカの全体の移民制度に脅威を与えている個人680名以上を逮捕した。逮捕した個人のうちの約75%は犯罪者である」という事実も明らかにした。

2. 急増する不法移民とその背景-不法移民は1110万人

なぜアメリカでは不法移民が問題なのであろうか。それを理解するには、不法移民の実態を理解しなければならない。

アメリカにはどれくらいの不法移民がいるのか。ピュー・リサーチ・センターの調査(”5 facts about illegal immigration in the U.S.” 2016年11月5日)が指摘する「不法移民の5つの事実」を紹介する。

(1)2014年時点で1110万人の不法移民がアメリカに住んでいる。人口比にすると3.5%に相当する。2014年時点の移民総数は4240万人で、総人口比13.3%である。不法移民の内訳は、ビザなしで入国者が600万人、オーバーステイが500万人である。不法移民の推移をみると、1990年は350万人、ピークの2007年は1220万人であった。わずか17年の間に不法移民は3.5倍増えている。1990年代はメキシコ経済が低迷し、逆にアメリカ経済は戦後最長の経済成長を続ける絶好調の時代であったことが考えられる。両国の間に大きな所得格差があり、職を求めて多くのメキシコや中南米から多くの労働者が流入してきた。最初は定住するよりは、出稼ぎ的な不法移民が多かった。

(2)不法移民の800万人が仕事を持ち、労働力の5%を占める。2007年には820万人が仕事を持ち、労働力の5.4%を占めていた。

(3)2014年の時点で不法移民のうちメキシコ人は580万人で、全体の52%を占めている。2009年の64%をピークにメキシコ人不法移民の数は減っている。それとは対照的に、アジアや中央アメリカ、アフリカからの不法移民が増えている。

(4)カリフォルニア州、テキサス州、フロリダ州、ニューヨーク州、ニュージャージー州、イリノイ州の5州に不法移民の59%が住んでいる。最も不法移民が多く住んでいるのはカリフォルニア州で、2014年時点でその数は235万人に達している。州の人口に占める比率は6.0%。不法移民のうちメキシコ人は71%を占めている。ただピークの2007年と比べるとメキシコ系の不法移民の数は大幅に減っている。次に不法移民が多い州はテキサス州で、165万人の不法移民が暮らしている。不法移民の71%がメキシコ人である。州の人口比率で不法移民が占める比率は6.1%。次がニューヨーク州で77.5万人、人口比は3.9%。フロリダ州には85万人の不法移民が住み、人口比率は4.2%である。

(5)不法移民の66%は10年以上アメリカに住んでいる。5年未満は14%である。中央値は13.6年である。多くの不法移民はアメリカに長期定住し、普通の市民生活を営んでいることを意味している。居住期間が5年以下のメキシコの不法移民はわずか7%に過ぎない。不法移民と言っても、その多くは長期に渡って定住し、勤労し、家庭を持ち、子供を育てる普通の市民生活を送っているのである。それだけに不法移民問題の対応が難しいといえる。保守派は、不法移民はアメリカの福祉プログラムの“ただ乗り”だと批判しているが、多くの不法移民は税金を正規の税金は納めているので、この批判はあたらない。

3.強制送還された不法移民の推移

2001年から2015年までの強制送還された人数を見てみよう(ピュー・リサーチ・センター2016年12月16日、”U.S. immigrant deportations fall to lowest level since 2007”)。

2001年度は18万9000人、2002年度は16万5000人が強制送還されている。その後、着実に増加に転じ、2009年度に39万1000人が強制送還されている。前年と比べると3万1000人も増えている。リーマンショック後の不況が影響したのかもしれない。その後、減少したが、2012年度は41万7000人と再び増加。2013年度には約43万5000人と最高を記録している。その後、再び減少に転じ、2015年度には33万3000人と前年度比で20%も減っている(注-アメリカの年度は10月1日から9月30日まで)。

強制送還の統計で注意しなければならないのは、強制送還された不法移民は、「非犯罪者(non-criminal)」と「犯罪者(criminal)」に区分されていることだ。興味深いのは、不法移民を即“犯罪者”だと認識してないことだ。本稿の最後で詳細に説明するが、ピュー・リサーチ・センターのデータでは「不法移民」は”undocumented immigrant”と表現されている。その表現には“犯罪性”を伺わせるニュアンスはない。

強制送還が最高を記録した2013年の場合、約43万5000人のうち非犯罪者は23万7000人、犯罪者は19万9000人であった。非犯罪者のほうがはるかに多い。2014年は41万4000人のうち非犯罪者が24万7000人、犯罪者が約16万8000人であった。強制送還が大きく減少した2015年は33万3000人に対して非犯罪者は19万3000人、犯罪者は14万人であった。オバマ大統領は強制送還にあたって犯罪者を優先するという方針を取っていたが、実際には非犯罪者の不法移民のほうが多く強制送還されている。トランプ大統領の「大統領令」の中でも“犯罪者の強制送還が優先”されると書かれている。だが、実際には、長年アメリカに住み、社会に溶け込み、普通の市民として生活している不法移民が強制送還の標的になっているのである。

2015年に強制送還の数が大幅に減ったのは、オバマ大統領が強制送還の対象を有罪判決を受けた不法移民や公共の安全に脅威となっている不法移民、最近、越境してきた不法移民に限定したためである。オバマ大統領は、妊婦、高齢者、暴力を伴わない軽犯罪を犯した不法移民を強制送還の対象から除外している。2015年に犯罪者として強制送還された犯罪者の81%は殺人罪など重罪を犯した不法移民である。

2012年6月から実施された「DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)プログラム」で、2012年以前に入国し、入国した時点の年齢が16歳未満、2012年時点で年齢が31歳以下という条件を満たせば、短期の居住許可と労働許可が出るという救済措置が導入された。不法移民となったのは親の責任であって、子供の責任ではないという発想から出てきたプログラムである。この対象者は、”ドリーマー(dreamer)”と呼ばれ、その数は75万人に達している。

4.リークされた国土安全保障省の文書と“本音”

2月17日、AP通信が「国土安全保障省は移民の一斉検挙のために州兵の使用を検討」と題する特ダ記事を掲載した。その記事には「AP通信が得た文書によれば、トランプ政権は10万人の州兵を動員し、メキシコ国境周辺に住む何百万人の不法移民を一斉検挙する提案を検討している」と書かれている。AP通信が手に入れたメモは11ページで、ケリー長官から移民問題に関わる部門の責任者あてに送られたものである。

この報道に関して、ホワイトハウスのスパイサー報道官は、「その文章はホワイトハウスのものではない。AP通信の記事は100%真実ではない。不法移民を一斉検挙するために州兵を利用する考えはまったくない」と、AP通信の記事を否定した。

だが「大統領令」には、地元警察や保安官、州騎馬兵に街頭や拘置所で行う法執行義務として不法移民の捜査を支援する権限を与えると書かれている。AP通信の記事は、ブッシュ大統領が2度、国境に州兵を派遣したこと、2010年にアリゾナ州のブリューワー知事が州兵を使った国境警備案を発表したこと、2014年にテキサス州のペリー知事が1000人の州兵を国境に配備した事実に触れて、連邦政府が同様な措置を取る可能性があることを示唆している。トランプ大統領が決断すれば、州兵の動員もありうるということだろう。ただ、州兵を所轄するのは州知事であり、連邦政府の権限は制限されている。多くの知事が、不法移民取締りに州兵を動員することを批判している。

さらにメモで注目されるのは、40万人以上が既に強制送還の対象(removable aliens)に挙がっていると指摘されていることだ。ここでも「大量強制送還」が実現のものとなる予兆を感じる。

5.厳しい内容に変わった国土安全保障省の新ガイドライン

2月20日、ケリー国土安全保障省長官は、13ページにわたる詳細な不法移民対策の「新ガイドライン」を発表した。その目的は、次のように表現されている。

「(2017年1月25日に出された大統領令は)不法移民を阻止し、違法にアメリカに入国してきた外国人を捜査、逮捕、拘置を促進することを目的としている。大統領令は、国土安全保障省のすべてのスタッフの行動の指針であり、本指示の中で明確に述べられている場合を除き、不法移民に関する既存のすべての法律、指令、メモ、他の指針よりも優先する」。具体的な内容は、「外国人の逮捕と拘留に関する政策」、「関税国境警備局捜査官の増員」、「メキシコへの支援資金の確認」、「国境の安全性に関する包括的な研究の委託」、「国境の壁建設と資金調達」など11項目にわたり詳細に記載されている。

ポイントは、オバマ政権の緩やかな取締りや強制送還の基準を大幅に強化したことだ。「強制送還」に関して、【旧ガイドライン】では、入国2週間以内で、国境から100マイル以内で逮捕され不法移民は移民裁判に掛けることなく強制送還することができる(これを英語で”expedited removal”という言葉を使っている。適切な日本語が見つからない)。ただアメリカの憲法修正第4条に「裁判所の令状がない限り、押収、抑留、押収をしてはならない」と規定されており、裁判手続きなしで強制送還するのは憲法違反との批判もある。【新ガイドライン】では、連邦政府の移民法執行官は、過去2年間に入国し、アメリカのどこで逮捕されたかは関係なく、不法移民を移民裁判に掛けることなく自らの裁量で強制送還することができると、大幅に取締り側の権限の拡大が行われている。滞在期間を2週間から2年に拡大することで、強制送還の対象となる不法移民の数が大幅に増えることになる。

「裁判手続き」に関しては、【旧ガイドライン】では、逮捕された不法移民は強制送還手続きが行われている間、保証金を積むことで拘置(detention)されるか、釈放(release)された。これは”catch and release”と呼ばれ、逮捕してもすぐに強制送還されることはなかった。その結果、不法移民でも国内での居住が容認された。だが、【新ガイドライン】では、逮捕された不法移民は強制送還手続きが行われている間、投獄(jail)される。捜査体制を強化するために、国土安全保障省はICE執行官を1万人新規雇用する。また国境沿いに新しい拘置所を建築する。裁判の迅速化のために移民判事と移民裁判所のスタッフを増やすことが指示されている。

「亡命、難民の取り扱い」に関しては、【旧ガイドライン】では、不法移民でも亡命や移民を申請した場合、要請に対する判断が出るまで入国を許された。したがって、紛争地域である中南米から女性や子供が大量に入国できた。【新ガイドライン】では、政府の移民担当官は、こうした人々を申請に対する結論が出るまで、メキシコ内で待機させることになる。そうした人を収容する施設をメキシコ政府と共同で建設すると書かれている。

連邦政府の担当者の代わりに「地元の警察官を代理に任命する」件は、【旧ガイドライン】では、オバマ大統領は、ICEが地元の警察官を移民担当官に代理任命するプログラムを段階的に取りやめようとしていた。だが、【新ガイドライン】では、地元の警察官を不法移民捜査ができるように訓練して、執行官の代理に任命することができる。関税国境警備局も地元警察官を代理に任命できる。特にカリフォルニア州、アリゾナ州、テキサス州、ニューメキシコ州の4州で実施に移すことになっている。

「国境の壁の建設」に関しては、【旧ガイドライン】では、ブッシュ大統領時代の2006年に成立した国境にフェンスを作る「安全フェンス法(Secure Fence Act)」に基づいて、国境に2000マイルにわたって壁とフェンス、障害物が建設された。【新ガイドライン】では、フェンスの建設を完成し、さらに拡大する計画が示されている。必要資金は216億ドルと見込まれる。

「ドリーマーの扱い」では、【旧ガイドライン】オバマ大統領は、DACAプログラムが行われた。その対象になる子供は「ドリーマー」と呼ばれ、恩赦が与えられた。【新ガイドライン】では、プログラムは存続するとしているが、現実には逮捕されたドリーマーの例も出ている。プログラムの適用が本当に継続されるのか疑問視する声もある。

この新ガイドラインに対して、『ニューヨーク・タイムズ』の社説(2月21日)は、「思慮に満ちた移民政策を逆転させ、後戻りさせるものだ。国土安全保障省は強制送還マシーンをより極端かつ恐ろしいものにしようとしている」と批判している。『USAツデェー』(2月21日)は、「移民法の執行を強化するトランプ大統領のプランを実施する全面的な新ガイドラインを発表し、1100万人の不法移民を強制送還の危険性にさらす」と、移民社会に大きな影響を与えたことを伝えている。政治誌『ポリティコ』(2月21日)は「トランプは大量強制送還の土台を作った」という見出しの記事を掲載し、「トランプ大統領は何百万人の不法移民を強制送還することができる手段を移民法執行官に与えた」と書いている。

ただホワイトハウスは、新ガイドラインは、あくまで犯罪者を対象にするもので、「大量強制送還」を意図したものではないと反論を行っている。

6.既に始まっている“不法移民狩り”

「大統領令」を読むと、犯罪に関わった不法移民を強制送還することが強調されている。だが移民問題の専門家の弁護士デビッド・レオポルド氏は「大統領令はICEが望めば誰でも強制送還の対象に選ぶことができるように作られている。非常に聡明な弁護士が書いたものだろう。執行官が望めば誰でも逮捕できる裁量権を与えている」と指摘している(『ハフィントン・ポスト』1月27日)。

強制送還の対象となる不法移民は、「大統領令」第5節に規定されている次の7つのカテゴリーである。(1)犯罪で有罪になった者、(2)犯罪行為で起訴され、まだ判決が出ていない者、(3)起訴される可能性のある行為を行った者、(4)政府機関で行う手続きや申請で不正な行為や意図的に胡麻化した者、(5)公的な福祉の受給に関連するプログラムを乱用した者、(6)国外退去命令にもかかわらずアメリカに留まっている者、(7)移民法執行官の判断で公共の安全あるいは国家安全保障に脅威を与えている者である。レオポルド弁護士が指摘するように、「大統領令」には執行官の匙加減で強制送還が決まってしまう問題を孕んでいる。国土安全保障省の新ガイドラインも同様である。

アメリカのメディアは不法移民取締りを”raid”と呼んでいる。この言葉は「急襲」「不意打ち」を意味する。ある日、突然、ドアがノックされ、ドアを開けるとICE執行官が玄関口に立っている。家族に伝えることもできず、拘留され、強制送還される。多くの不法移民は、わずかな過ちを犯しても強制送還されるかもしれないという恐怖感を抱いている。不法移民の支援団体は「ドアがノックされても開けるな」と、不法移民に呼びかけている。まるで映画のシーンを思い出させる。

『ニューヨーク・タイムズ』(2月17日)は、不安に駆られたメキシコ移民がメキシコ領事館に殺到していると報告している。「多くのメキシコ市民は何十年も使ったことのないパスポートの更新に領事館にやってきている。彼らは弁護士に、どうしたらアメリカに滞在し続けることができるかと必死に質問している。もし強制送還になった場合に備えて、子供たちにメキシコの市民権の登録を行っている」(Mexican Consulates Flooded With Fearful Immigrants)。

2月8日、ひとりのメキシコ不法移民の女性がICEの事務所で逮捕された。彼女の名前はグアダゥッペ・ガルシア・ラヨス。21年前の1996年に不法移民としてアメリカにやってきた。その時、彼女は14歳だった。偽の社会保障番号を手に入れて働き始めた。同じく不法移民のメキシコの男性と結婚、男の子と女の子を出産し、穏やかな生活を送っていた。フェニックス郊外のメサ市にあるアミューズメント・センターのゴフルランド・サンスプラッシュで働いていた。だが2008年12月に保安官がやってきて社会保険番号の不正使用の容疑で彼女を含め数名の従業員が逮捕された。逮捕後、郡の刑務所に留置され、3か月後に移民拘置所に入れられた。2013年に移民裁判所が彼女をメキシコに強制送還する判決を下した。だがオバマ大統領は、彼女の強制送還を先延ばしにし、その代わりにICE事務所に定期的に出頭し面接を受けることで居住し続けることを許した。

トランプ政権が誕生して様子が一変した。2月8日、彼女はICE事務所に行く予定になっていた。移民の権利を守る市民グループの責任者は、彼女に事務所に行かないで、強制送還を恐れて教会に隠れている他の不法移民と一緒に隠れるように勧めた。だが、彼女はICE事務所に出頭することを選んだ。家族と支援者と一緒に事務所に向かい、彼女は一人で事務所に入っていった。だが、彼女は事務所から出てくることはなかった。しばらくして、彼女を乗せた自動車が建物から出てきた。支援者の一人は自動車の前輪にしがみつき、抵抗した。抗議活動で7名が逮捕された。やがて自動車は警察の警護を受けながら事務所の建物から出て行った。翌日、彼女の家族に電話があった。メキシコのノガレス市からの電話であった。彼女は即座にメキシコに強制送還されたのである。人権団体は「トランプ政権誕生後、彼女は最初に逮捕された不法移民だろう」と語っている。家族と別れの言葉を交わす時間さえ与えられなく、家族は無残に引き裂かれた。残された不法移民の夫と子供たちも強制送還に脅える日が続いている。

7.不安に脅えるニューヨークの不法移民たち

ニューヨークのICE事務所は41名の不法移民を逮捕したと発表した。『ニューヨーク・デイリー・ニュース』紙は「政府の急襲後、ニューヨーク市の移民社会は震えあがっている(NYC immigrant communities shaken after federal raids)」と題する記事を同紙のウエブサイトに掲載している。以下、同誌が報道している内容である。

メキシコ人の宗教はカトリック教で、日曜に教会に礼拝に行くのは当たり前である。だがICE執行官による不法移民の相次ぐ逮捕が報じられから、日曜でも教会は空席が目立つ。多くのメキシコ人は不安を感じ、自宅に籠ったままだ。彼らは、家族が引き裂かれるのではないかと心配している。教会の近くの家から4人のメキシコ人不法移民が連行されるのが目撃された。裁判所を出たところで逮捕された不法移民もいた。いずれの不法移民も家族と子供を持っている。経営者は「メキシコ人が最悪の場合を想定して買い物をしなくなっている。このままでは会社は倒産してしまう」と語るほど、移民の町は不安に脅えている。

同紙は「私はいつも脅えている。だが今回は違う。すべての不法移民が監視されているように感じる」と、不法移民が抱いている気持ちを伝えている。両親が不法移民の大学生は、「ICE執行官が近所を巡回しているのを見た。両親は脅えて外出できなくなっている。両親は僕にドアに鍵を掛けておくようにとか、必要ないとき以外は外出すると言っている」という発言を紹介している。

ICE事務所は、「この1週間で逮捕した不法移民の95%は犯罪者か、逃亡者、あるいは不法に再入国した人物である」と逮捕の正当性を主張し、同時に「ICEは強制送還を命じた連邦判事の命令を執行する義務がある」と語っている。「大統領令」には「公共の安全にとって大きな脅威となる」不法移民が強制送還の対象であると書かれている。殺人や麻薬の売人といった犯罪者が対象になるのは問題ない。だが「公共の安全にとっての脅威」について具体的な説明はない。

8.特別居住許可を得た“ドリーマー”も例外ではない

トランプ大統領の強制送還政策は、オバマ大統領に救済されたドリーマーにも及んでいる。『ガーディアン』紙(2月15日)は、そんな例を紹介している。シアトルに住むメディナは23歳の男性で、子供もいる。7歳の時、親とともにアメリカに不法入国した。両親も本人も不法移民である。メディナはドリーマーである。だがトランプ大統領の「大統領令」が出て、彼は拘束された最初のドリーマーとなった。拘束されたとき、彼はICE執行官に、「自分はドリーマーで、居住許可と労働許可も得ている」と訴えた。だが、執行官は「そんなことは関係ない。お前はアメリカで生まれていない」と取り合わなかった。

彼はドメスチック・バイオレンスの容疑をかけられていた。本人は事実無根だと主張したが、受け入れられなかった。それが逮捕の原因かどうか不明であるが、ICE執行官は、その気になれば、強制送還の理由など簡単に作り出すことができる。彼は現在、拘置所に送られ、移民裁判所の判決を待っている状況だと、同紙は伝えている。

9.アメリカ経済にとって欠かせない不法移民労働者

アメリカの労働市場にとって不法移民の存在は不可欠な存在である。上で指摘したように、2014年時点で労働人口に占める不法移民の比率は5.0%である。これは全国平均であり、不法移民が集中する州では比率はさらに高くなる。カリフォルニア州では9.0%に達している。働いている人の10%弱が不法移民である。テキサス州も同様で、比率は8.5%である。ネバダ州に住む不法移民の数は21万人と少ないが、労働者に占める比率は10.4%と非常に高い。

移民の就業業種を見てみると(2014年)、管理職、専門職は30.3%、サービス業は24.6%、販売業は17.0%、鉱業建設業は12.9%、製造・輸送業は15.2%である。この数字を見る限り、専門的な職種に就いている移民が多い。これは正規の就労ビザなどを得て永住している移民や帰化した移民は、本国で高等教育を受けた人が多いからだと思われる。だが、陸続きの中南米から来る不法移民の多くは低学歴で、低賃金労働に従事している場合が多い。こうした不法移民は「社会保障番号(Social Security Number)」を持たないうえ、英語も十分に話せず、高賃金の仕事には就けない。

筆者はアメリカの大学で教鞭を取った経験があるが、社会保障番号がなかなか給付されず、数か月経ってやっと手に入れた。それまで大学から給料をもらうことはできなかった。アパートを借りる場合も社会保障番号の提示を求められるのが普通である。不法移民は正規の仕事に就けず、不法移民であっても雇うファーストフード店やホテルのリネン交換、清掃、小売、富裕家庭の乳母や子守といった仕事に就くことになる。

いかにアメリカ社会が不法移民に依存しているかを示すエピソードには事欠かない。トランプ大統領が労働長官に指名したアンドリュー・パズダー氏はファーストフード会社の経営者である。同氏の労働長官就任には民主党議員や組合の激しい抵抗があり、上院の承認を得るのが難しくなって辞退に追い込まれた。上院の公聴会で、同氏が不法移民を雇っていたことが明らかになった。同氏は公聴会で「私の妻と私は数年間、ハウスキーパーを雇っていたが、彼女が不法移民だとは気が付かなかった。彼女が不法移民だと知って、すぐに彼女を解雇した」と証言している。だが、これは珍しい話ではない。

同じくトランプ大統領が商務長官に指名した投資銀行家ウィルバー・ロス氏も上院の公聴会で「商務長官に指名されたとき、公聴会に備えて家事手伝いで雇っていた者の法的な地位をチェックした。その結果、2009年に雇用した人物が社会保障番号や有効な運転免許書を提示できなかったので即座に解雇した」と明かしている。不法性、道義性は別にして、7年間にわたって不法移民を雇用していたのである。トランプ大統領は、不法移民はレイピスト(強姦者)で、ドラッグ・ディーラーだと決めつけていた。そのトランプ政権の閣僚や閣僚候補が実は不法移民を雇用していたというのは、一種のブラック・ジョークである。

ただ、こうした事例は過去において幾つも見られた。クリントン政権の時、ある女性の閣僚候補は不法移民を乳母として雇い、社会保険料を払っていないことが判明して、閣僚指名を辞退したこともあった。多くの富裕層は移民を使って乳母や子守、家事、子供の学校への送り迎えなどを任せる。違法と分かっていても、安く雇える不法移民は魅力的であり、不法移民を知ったうえで雇用しているのである。それほどアメリカ社会では不法移民の労働は不可欠となっている。また、不法移民の低賃金労働でサービス業はなりたち、多くのアメリカ人は豊かな生活ができるのである。アメリカは世界最大の観光国であるが、それは低賃金で働くホテルやレストランの従業員がいるからである。

2月16日、全米でトランプ政権の移民政策に抗議するデモが行われた。この抗議活動は「移民のいない日」と呼ばれ、主催者は不法移民も含めたすべての移民に仕事を休むように呼び掛けた。その狙いは、移民がいなければアメリカ社会は回っていかないことを示すことだった。移民だけでなく、雇用主であるレストランや中小企業の経営者も抗議活動に参加するなど、活動は広がりを見せた。デモの日、各都市の店舗はドアが閉じられたままであった。

10.メキシコ不法移民の強制送還の歴史と現実

アメリカの不法移民問題は、言い換えれば、「メキシコからの不法移民問題」である。不法移民の60%近くが、メキシコ人の不法移民だからだ。

移民を巡るアメリカとメキシコの関係は相互依存関係と排斥関係の繰り返しの歴史でもある。1882年に「中国人排除法」が成立し、大陸横断鉄道の建設などに従事していた中国人の半奴隷の労働者(「苦力」と呼ばれていた)がアメリカから排除されたとき、その後の労働者不足を補うためにアメリカは大量のメキシコ人を受け入れた。アメリカの経営者はメキシコ政府にもっと労働者を送るように要請したことさえあった。

1920年代になると、不況に直面したアメリカ政府はメキシコ移民の「大量強制送還」を実施している。20年に強制送還されたメキシコ移民はわずか2700人であったが、29年には約4万人にまで増えている。またメキシコ移民を抑制するため人頭税を課し、ビザの発給を中止した。24年にアメリカが国境警備隊を設置したのは禁酒法時代にメキシコからのアルコールの密輸を取り締まるためであったが、同時に不法移民を取り締まる狙いもあった。大恐慌の時には高失業を理由に多くのメキシコ移民が強制送還されている。

第2次世界大戦が始まると状況は一変する。国内の労働力、特に農業労働力が不足したため、アメリカ政府は「ブラセロ計画」に基づいて短期労働ビザを発給し、大量のメキシコ人労働者を受け入れた。メキシコ移民はアメリカの経済状況の変化によって翻弄されてきた。今回のトランプ大統領の政策も、その流れのなかにある。戦後も、アイゼンハワー大統領は1950年代に「Operation Wetback」作戦を展開し、100万人以上の農業に従事するメキシコからの不法移民を強制送還している。この作戦名は、リオグランデ川を泳いで渡ってやってきたメキシコの不法移民はまだ“背中が濡れている”ことから由来している。強制送還された中には、アメリカの市民権を持っていたメキシコ移民もいたが、強制送還は有無をいわせず実行された。

アメリカには、メキシコ移民は教育程度が低く、民度の低い民族という“人種的な偏見”がある。特に保守的な人の間にはメキシコ移民はアメリカ社会に同化できないという根強い意識がみられる。トランプ大統領が不法移民というとき、それはメキシコからの不法移民を意味している。トランプ大統領は不法移民を犯罪者だと決めつけ、国境に壁を作る費用をメキシコ政府に支払わせようとしているが、その背後に人種差別意識が見え隠れしているともいえる。

11.トランプ大統領の移民政策の本当の矛先は「聖域都市」

トランプ大統領も保守派の人々も、「聖域都市」を攻撃し続けている。保守派の論客デビット・ホロウィッツは、トランプ大統領の政策課題を書いた自著『Gig Agenda』(2017年刊)の中で「聖域都市の役人たちは、移民法を無視すると誓い、不法移民に安全な天国を提供している。不法移民の中には、何百万という善良なアメリカ人に大きな被害を与えた重罪人も含まれている。聖域都市は、9・11の連続テロ事件直後、テロの攻撃からアメリカ人を守るために新たに設立された国土安全保障省の政策に反対する目的で、左派の人々によって作られた。聖域都市は、国土安全保障省と移民取締執行官に対する非協力を決めた決議に基づいて、民主党が支配する全国の約340都市で導入されている」と書いている。少し追加的に説明すると、聖域都市は1980年代に中央アメリカの難民を連邦政府が保護しなかったことに反発して、一部の教会が未成年者の難民を受け入れたことから始まり、国土安全保障省の厳格な移民管理政策に反発して発展し、現在に至っている。

聖域都市は、地元警察は不法移民の捜査や逮捕に協力せず、捕らえられた不法移民を拘束するために拘置所の利用も認めない政策を取っている。移民研究センターの調査では、2014年1月から2015年9月30日の期間に聖域都市は連邦政府から要請のあった1万7000人の不法移民の拘束を拒否している。

「大統領令」には「適用可能な連邦法に従わない自治体(jurisdictions)は、法律で義務付けられている以外の連邦資金を受けることはできない」と書かれている。ちなみに聖域都市は英語では「sanctuary city」と書かれるが、「大統領令」では「city」の代わりに「jurisdiction」という単語が使われている。ホワイトハウスのスパイサー報道官は、この「大統領令」の意図を「違法な移民に隠れ家を提供している州や都市に対する資金援助を停止することだ」と説明している。トランプ大統領は行政予算局に対して聖域都市に給付されている連邦政府の資金について資料をまとめるように指示している。

これは、聖域都市を兵糧攻めにし、不法移民捜査に協力させるのが目的である。ただ、地方政府への資金給付は議会によって決まっており、政府は勝手に打ち切ることはできない。中には政府機関を通しての資金援助プログラムもある。たとえば上位10の聖域都市に年間22億7000万ドルの連邦政府の様々な資金援助が与えられている。ニューヨーク市は約7億ドル、シカゴ市が約5億3000万ドル、ロサンジェルス市が約4億7000万ドル、フィラデルフィア市が約2億ドルである。トランプ政権は、こうした資金を断つことで、聖域都市に“法律順守”の圧力をかけようとしている。ただ裁判所の判例では、連邦政府は政府の政策を強要するために、一方的に資金給付を停止できないことになっている。したがってトランプ政権の聖域都市の兵糧攻めの効果は限界があると思われる。

こうしたトランプ政権の動きに対して、聖域都市は反発を強めている。オバマ政権の首席補佐官であったシカゴのエマニュエル市長は「シカゴは聖域都市であり続ける」と、不法移民の拘束に協力しないという条例を議会に提出している。サンフランシスコのリー市長も「サンフランシスコは聖域都市であり、すべての住民(不法移民を含む)の権利を守るという約束を放棄することはない」と、連邦政府の移民政策に反発している。さらに移民コミュニティに対する法的なサービスを拡大するために必要な資金を増やすことを明らかにしている。12の州とワシントンDCは、不法移民が自動車の運転免許を取ることを認めている。説明を加えれば、アメリカ社会で自動車の免許証を持つことは非常に大きな意味がある。自動車の運転ができなければ仕事に就くのは難しいし、免許書は身分証明書の代わりになる。したがって社会保険番号を手に入れることができない不法移民にとって運転免許書を取得できるかどうかは死活問題でもある。それだけに不法移民にとって、聖域都市の存在は極めて重要な意味を持っている。

12.トランプ大統領の狙いは移民法改正による移民削減

トランプ大統領は、雇用を取り戻すことを政策の柱に掲げている。不法移民の強制送還もその一環の政策である。しかし、トランプ大統領は移民制度全体の抜本的な改革も目指している。トランプ大統領に極めて近い共和党のトム・コットン上院議員は大統領の意を汲んで、移民法改正のために「雇用活性化のための移民法改革法案(Reforming American Immigration for Strong Employment Act=RAISE Act)」を議会に提出している。

法案の趣旨説明に「過去四半世紀、アメリカは毎年平均100万人の移民を受け入れてきた。これは、毎年、モンタナ州がひとつ増えるのに等しい。しかし、15人の移民のうち1人が技術に基づくビザを獲得しているだけで、残りの移民は低技術かまったく技術を持っていない。この低スキルの労働者の何世代にわたる流入が、アメリカの労働者の賃金を引き下げる大きな要因となってきた。高卒のアメリカの労働者の賃金は1970年代末以降、2%低下している。高校中退の労働者の賃金は20%も低下している。この賃金の崩壊が下層階級を作り出し、彼らにとってアメリカン・ドリームは手の届かないものになっている」と、トランプ大統領を支持した白人ブルーカラー層の賃金動向と移民を結ぶ付けた論理を展開している。

そして「RAISE Actは、移民を半減させることで、アメリカの労働者の賃金を引き上げることを支援する」ことが目的だと書かれている。具体的には、2015年にアメリカに入国した移民は約105万人であったが、それを法案成立した初年度に受け入れ移民の数を64万人に減らし、10年後には54万人まで削減する具体的な目標が掲げられている。要するに徹底した移民規制を行おうとしているのである。

またアメリカでは、市民権を持つ移民の親族には優先的にビザが発給されている。たとえば、中国人や韓国人は親族の誰かがアメリカで市民権を得ると、多くの親類縁者をアメリカに呼び寄せる。近年、中国系アメリカ人や韓国系アメリカ人が急速に増えている背景には、“family reunion”を優先するビザ政策があるからである。しかし、法案では抜本的に見直しを進め、優先される親族の対象を狭め、両親や結婚した成人の子供などの拡大家族(extended family)優遇は廃止するとしている。優先的にビザを発行するのは、配偶者と未成年の子供に限るとしている。子供であっても成人している場合、ビザを発給しない。高齢者の両親の面倒をみるために招く場合、労働ビザを発給せず、医療などの福祉プログラムの利用を禁止し、子供が医療保険の負担を負うことを条件に、両親に短期滞在ビザ(更新は可能)を発給するとしている。また難民に関しても、受け入れ限度を5万人としている。

スコット上院議員はホワイトハウスのスタッフと協議し、ホワイトハウスが法案を支持してくれる感触を得たと語っている。1965年の移民帰化法の改正以来、アメリカの移民政策は開放性を柱としてきた。だが、トランプ大統領やスコット上院議員が目指す移民制度改革は、閉鎖的な制度で、移民政策の基本的な方向転換を意味する。

トランプ大統領が主張しているもうひとつの移民政策の変更に「H-1Bビザ」問題がある。これはアメリカ企業が高度な技能を持っている外国人を雇用する際に発給されるビザである。毎年、8万5000人に同ビザが発給されている。これに対してトランプ大統領は移民制度改革の一環として、この問題に対処すると語っている。アメリカ企業が高度な技能を持った労働者を必要とする場合、アメリカ人を優先的に雇用するよう義務付けようとしているのである。トランプ大統領がアメリカ企業に国内で投資をするように圧力をかけているのと、同じ発想である。

アメリカの移民政策は開放性と多様性を柱に策定されてきた。だがトランプ大統領の移民政策は再び閉鎖的で差別的な移民制度の導入を目指しているといえる。移民政策を巡る対立はさらに厳しいものになるだろう。不法移民の強制送還も含めて、どのような展開になるのか予想できないが、アメリカが大きな分岐点に立っていることは間違いない。

13.「不法移民」は英語でなんというのか知っていますか

言葉は大事である。言葉の使い方で意味合いも違ってくる。日本では「不法移民」という言葉を何の疑いもなく使っている。だが、英語の表現は3つある。ひとつは「illegal immigrants」である。この言葉は極めて犯罪的な意味合いを持っている。「不法移民」=「犯罪者」だが、英語の文献やメディアの記事を読んでいると、この単語はそれほど頻繁には使われていない。アメリカでは「政治的に不適格な言葉(politically incorrect word)」という考え方がある。差別的な言葉を使うのを止めようという主張がある。その観点からすれば、「illegal immigration」は、その対象になる。

現在では、筆者の印象から言えば、最も多く使われている表現は「undocumented immigrants」である。その用語には“犯罪性”というニュアンスはない。「入国する書類を持っていない人」という意味で、中立的な表現である。もうひとつは「unauthorized immigrants」である。これも「政府が入国を認めていない」という意味合いで、やはり犯罪的なニュアンスは含まれていない。不法移民問題を調査しているピュー・リサーチ・センターの資料では「unauthorized immigrants」という言葉が使われている。

もうひとつの表現に「illegal alien」がある。これは「1790年帰化法」が成立して以降、アメリカの法律や公文書で使われてきた用語である。現在でも、トランプ大統領の「大統領令」や国土安全保障省の文章の中では「alien」が使われているが、一般的な使い方ではない。

この「alien」という言葉の使用を巡ってアメリカで論争が展開された。全国の学生や図書館員が「illegal alien」という言葉は“悪意に満ちた言葉”であると米議会図書館に抗議し、図書館は2016年3月に検索項目から「alien」を削除し、代わりに「non-citizen」と「unauthorized immigrants」という言葉を使うことを決めた。だがダイアン・ブラック下院議員など共和党議員は「検索項目から”alien“とか”illegal alien”をいう言葉を削除することは、議会図書館が左派部ループの思い付きに屈し、言葉の意味を曲げ、不法移民が我が国の経済と安全保障に重大な脅威となっていることを覆い隠すことである」と批判し、「alien」の使用を復活させることを求める条文を予算案に盛り込んだ(この条文は”the illegal alien provision”と言われる)。これに対して民主党議員は予算案から同条文を取り除くことを求めた。民主党のカストロ下院議員は、言葉は時代とともに変わり、議会図書館は過去において用語を変えた歴史があると反論。議会図書館は、以前、黒人を示す言葉として”Negro”を使っていたが、それが”Black”、次に”Afro-Americans”、そして最近では”African American”と変わってきたと指摘した。ただ、下院の委員会での票決で民主党は負け、予算案に米議会図書館は”alien”という言葉を復活する項目が含まれた経緯がある。