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「幸せだと書けない」。一雫ライオンが語る物書きの苦悩とリアル

中西正男芸能記者
執筆への思いを語る一雫ライオンさん

 映画「サブイボマスク」「パラレルワールド・ラブストーリー」など多くの作品で脚本を手がけてきた一雫(ひとしずく)ライオンさん(47)。「ダー・天使」「スノーマン」に続く3作目の小説「二人の嘘」(幻冬舎)を6月23日に上梓しました。俳優としてキャリアをスタートさせ、脚本家、そして小説家として注目の人物となっていますが、新型コロナ禍での葛藤。そして、物書きとしての苦悩を吐露しました。

2、3行のメモ

 今から5年ほど前になりますけど、デビュー小説にあたる「ダー・天使」を書き終え、そのタイミングで映画「パラレルワールド・ラブストーリー」の森義隆監督が住んでいる金沢に行ったんです。

 森監督に誘われての流れだったんですけど、何といっても、初めての小説を書き終えたタイミングでしたし、解放感も、高揚感もマックスです(笑)。そんな心の在りようもあったのか、金沢での時間が本当に楽しかったんです。

 たらふく寿司を食べ、酒を飲み、そのまま森監督の家に泊まらせてもらったんですけど、朝の空気に至るまで、金沢って本当に素敵な土地だなと思いまして。

 それと同時に、これは金沢の方には申し訳ないんですけど(笑)、なんとも不倫が似合う街だなとも思ったんです。京都にも通じるところがあるけれど、京都よりも落ち着いていて、静かで、しっとりしていて、寒い。

 直感的にそんなことが思い浮かび、いつか背徳の愛みたいなものを書きたい。そう考えて、2、3行のものですけどメモを書いておいたんです。それが今作の始まりでした。

書き手としてのリアル

 そこからありがたいご縁がつながって小説として動き出すわけなんですけど、今回はいろいろな要素が重なって書き上げるまでが大変でした。

 まぁ、書き手が大変であろうが何であろうが読んでくださる方には関係ないんですけど(笑)、自分の中であらゆる思いが渦巻いて筆が進まなかったんです。

 僕なんて人間の話を少しさせてもらうと、35歳まで仕事のない俳優をやってきました。そこからラストチャンスで劇団を立ち上げ、脚本という仕事に恵まれました。俳優の時にはなかった「一回お仕事をさせてもらった方から再びお声がけをいただく」という流れを脚本の世界ではいただき、それが本当にありがたく、うれしかったんです。

 そこからまたお話をいただき、2017年に初の小説「ダー天使」を書きました。脚本のお仕事をいただけるのはありがたい。でも、一から自分で作品を生み出せる小説というものを書ける力を持っておかないといけない。そんな思いがあり、どこかのタイミングでは、小説一本でやっていきたい。そう思うようになっていったんです。

 そんな中、19年に公開された「パラレルワールド・ラブストーリー」で森監督が脚本として僕を指名してくれました。その脚本を書いている時に「これで最後にしよう」と思ったんです。映像化が難しいと言われていた東野圭吾さんの作品を担当させてもらい、脚本家として大きな仕事をすることができた。ここからは小説一本でいこうと。

 「二人の嘘」はそこからのスタートだったので「これからは小説一本でやっていくんだぞ」というプレッシャーを自分で自分にかけていたと思うんです。それが筆の重たさにもつながっていった。ま、どこまでも、読んでもらう方には関係ない話なんですけど(笑)。

幸せだと書けない

 そこに、昨年からは新型コロナ禍という要素も乗っかってはきました。ウチは妻も働いているんですけど、リモートワークで家にいる。二人の子どもたちも家にいる。僕は家が仕事場なので、家にいる。要は、家族全員がずっと家にいる状況になったんです。

 これまた僕のややこしい話なんですけど、何と言うんでしょうかね、器用な方ではないので「幸せだと書けない」というところがありまして。

 どこか情緒不安定というか、心がささくれ立つというか、ドスンと自分を落とさないと書けないところがありまして。ドスンと落ちたところからジャンプするように原稿を書く。本当にややこしいことですけど(笑)、そんな感じになるんです。

 なので、去年に出された初の緊急事態宣言の2カ月は、そうやって自分をドスンと落とさないといけないけど、その姿をずっと一緒にいる家族、特にまだ小さな子どもたちに見せるのはいかがなものか。その迷いみたいなものもありました。

 ただ、妻は「それは見せてもいいんじゃないの」と言ってくれまして。その言葉をもらって、これはこれで「仕事をするというのは、こういうことなんだ」という一つの教育として「お父さんは今日、死ぬほど苦しんでおります…」という姿を見せる。それをするようになって、かなり楽にはなりました。本当に、ややこしい話ですけど(笑)。

 書く時の感覚もだし、本当に大変だった分、今回の作品を通じて、いろいろなパーツが自分に新しく備わったような気もしています。

 これまでの2作は発売までの時間、ワクワク感があったんです。自分が書いたものが本になって本屋さんに並ぶという流れへの高揚感もありますし。

 ただ、今回はずっと緊張しているんです。一人でも多くの方に読んでもらいたいという思いはこれまでもあったんですけど、それがもっと大きくなっているのか、別の気持ちを喚起しているのか。

 無類の読書家で小説家になりたくて仕方なかったという若い時代を過ごしたわけでもなく、流れ流れて、今の島にたどり着いたような人間ですからね。

 これまでそんな形で流れてきましたし、ここに来て遅ればせながら(笑)、この島の本当の形と向き合っているのかもしれませんけど、なんとか踏ん張って読んでくださる方に喜んでもらう。それだけはブレずに続けていきたいと考えています。

(撮影・中西正男)

■一雫ライオン(ひとしずく・らいおん)

1973年7月12日生まれ。東京都出身。本名・若林謙。ケイダッシュ所属。明治大学政治経済学部中退。本名での俳優活動を経て、2008年に劇団「東京深夜舞台」を結成。脚本も担当するようになる。以降、一雫ライオン名義で脚本家しての活動が中心となり、映画「サブイボマスク」(16年)や「イイネ!イイネ!イイネ!」(17年)、「パラレルワールド・ラブストーリー」(19年)など数多くの作品を手掛ける人気脚本家に。「ダー・天使」(17年)から小説の世界にも進出し「スノーマン」(18年)を手がける。最新作となる「二人の嘘」を6月23日に上梓した。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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