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「私は客だ!」に悩まされる経営者~熟年クレーマーにどう対処するのか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
コロナ禍明けで、飲食店にもお客が戻ってきているが。(画像・筆者撮影)

 この年末は、忘年会を楽しんだ人も増えたことだろう。しかし、飲食店の経営者の中には、トラブルを持ち込む客に頭を悩ませた人も増えている。

・古民家レストランで花火に点火

 「個人店での楽しみ方を理解していない人は増えたように思います。」

 首都圏のある飲食店経営者は、コロナ前に比べて、そうした感想を持っています。

 この経営者の店舗は、古民家を改築してレストランにしている。木造家屋で家具なども置いてあるため、以前から完全禁煙にしてきた。

 「中年の男女のグループがやってきて、まず驚いたのはケーキを食べたいから皿を用意してくれと言い出したのです。うちは持ち込みはお断りしていますと言っても、他の店ではやってくれただの言って騒ぎ始めたの、仕方なく皿だけは用意したのです。」

 何かの記念日だったのか、ホールのケーキを取り出したところまでは、良かったが、次の行動に目を疑ったと言う。

 「少し目を離したら、ケーキの上に花火を指して、火をつけているんです。驚いて、やめてくださいと言ったら、なぜだ、他のレストランでは何も言われなかったと。」

 そもそも食中毒問題などもあり、この店では持ち込みは受け付けていない。

 「それだけでも困ったのに、この部屋で火をつけるなんて、どれだけ危険なのか高校生でもわかるでしょう。しかし、中年の女性客はなぜいけないのかという態度で、一緒にいた男性客の誰一人注意もしない。」

 予約した段階で、なにかの記念日だとか、ケーキの持ち込みについての相談が無かったと言う。

 「実はコロナ以降、食べ物や飲み物を勝手に持ち込む客が増えていて、対処に困っているのです。一緒瓶を持ち込んで、テーブル下に隠して飲もうとし、持ち込み料を頂きますというと、怒り出す。そういうのをやるのは、一見客ばかり。」

 客側は過去に利用した大手チェーン店では、ケーキの持ち込みも花火の点火も、何も言われなかったと主張し、謝罪もなかった。

 「個人店を利用したことがなく、普段、利用している大手チェーン店での経験をそのまま、要求してくるんですよね。熟年世代のマナーが悪くなっている。いちいち規則みたいなものを店頭に貼り出さないとダメなんですかねえ。」

・外国人観光客が増えているのは良いが

 「クチコミのところに、いきなり怒鳴られたと書かれたが、そんなわけないですよ。」

 有名観光地にあるカフェの経営者は言う。外国人観光客が急増した観光地に位置していることから、2023年に入り、店を訪れる客も増えている。

 「うちが困っているのは、日本人のツアーガイドです。以前からお付き合いのあるガイドさんは、きちんとしているのですが、コロナ以降、定年退職後の趣味としてツアーガイドをされている人たちが出てきているようで、こうした人たちの中に問題がある人がいるのですよ。」

 ガイドは、客と店との間に立ち、調整をする役割も果たしているはずだ。しかし、ガイドによっては、客の無理な要求をそのまま店側に突き付けてくる人がいる。

 「まとめた人数を連れて行ってやるのに、なぜ要求を聞かないのだと。さらに自分は、外国人観光客に喜んでもらえるように半ばボランティアでやっているのに、なぜ協力しないのかという態度で。」

 予約の段階から横柄な態度だった上に、当日、連絡なく来店しなかった。

 「観光シーズンの稼ぎ時に、6名分の席を空けて、料理も準備していたのに、30分以上来ない。それで予約時の電話番号に電話したら、キャンセルだと。当日になって、外国人客が別の観光地に行きたいといったのでと理由にもならない理由で。この時に確かに、少し感情的になったが、怒鳴ったということはない。散々無理を聞かされた上に、連絡なしのドタキャン。その上、キャンセル料を支払う積りもないと言われて、腹立たないなずないですよ。」

 このガイドが設けているネットサイトを見ると、会社員の現役時代には、大手有名企業に勤務し、通常入ることのできない施設への見学をしたり、飲食店でも特別扱いされたという自慢話が書かれており、だから外国人観光客に特別な体験を提供できるというようなことが書かれている。

 「ああ、こういう人だったのかと。先に知っていれば断ったんですが。世代的にももう少し常識があるかと思っていました。これまでお付き合いのあったガイドさんたちは、それなりのレベルだったので、安心していたのですが、これからは気を付けないと。」

 自分たちの無理が通用しないからと、SNSのクチコミに一方的な言い分を書き連ねるような迷惑行為に、頭を悩ませる経営者は多い。それも、最近ではこうした高齢者がSNSを利用するようになり、問題も増えている。

パート・アルバイトなどの非正社員の人手不足は深刻だ。(出所:帝国データバンク)
パート・アルバイトなどの非正社員の人手不足は深刻だ。(出所:帝国データバンク)

・反応を楽しむ人たち

 「常連客に特別扱いしている。客の子供が騒いでうるさい。そういうのに、お詫びの返事を書いているのは、私なんですよ。大将は、放っておけというのですが。」

 関西地方のある居酒屋の女将は苦笑する。

 「意味が判らないのは、この店に行っていないけれど、悪い店ですと書いてくる人がいるんです。知り合いは、エゴサーチしない方が良いと言うんですが、つい見ちゃって、落ち込みますよねえ。」

 ネット上の書き込みを見て、落ち込むという経営者は少なくない。一方で、「正義感」から店舗の否定的な意見を繰り返し書き込む人たちもいるようだ。

 いろいろ書き込んでおいて、反応を楽しんでいる人たちもいるようだ。こうしたことをするのは、若い世代よりも、中高年の熟年世代が多いようだ。ネット上の誹謗中傷問題で、40歳代から上の世代の人たちが引き起こすことが多いというのと、同様の傾向だ。

 「下手に反論すると、延々と書き込んできますから、書き込むにしても反論せず、通り一遍のお礼だけにしておく方が良いですね。こちらは忙しいのですし、そんなことで神経をすり減らす必要はないですよ。」

 あるホテル支配人は、そうアドバイスする。

・個人店は経営者の個性で売っている

 こうした客に共通しているのは、「自分は客だ」と主張することだ。金を払っているのだから、客で「要求することをなんでも聞け」という点だ。

 「久々に、お客に帰ってもらいました。うちは家族連れにも楽しんでもらいたいという考えでやっています。ご夫婦でいらしたお客が、他のお客様の子供がうるさいと、騒ぎはじめて、お代はいらないから他の店に行ってくれと言ってしまいました。」

 首都圏のある和食店のこの経営者は、「自分が金を払う客だから、店側は言う通りにしろというのは間違っているでしょ。個人店は、常連客に支えられて、チェーン店とは違う個性で売っています。客側は、その個性が合わなければ、他に行けばいいのです」と続けて言う。

 画一化均一化することを追求している大手チェーン店と、経営者の個性を売りにしている個人店とは、当然ながら客側の楽しみ方も異なって当然だ。

飲食店の人手不足は深刻。出所:「飲食店ドットコム(株式会社シンクロ・フード)」
飲食店の人手不足は深刻。出所:「飲食店ドットコム(株式会社シンクロ・フード)」

・従業員確保のためにも、毅然とした対応が必要

 飲食店は、パート・アルバイトなどを含む非正社員が、就業者全体の7割以上を占める。

帝国データバンクの『人手不足に対する企業の動向調査(2023年10月)』(2023年11月14日発表)によれば、非正社員では全産業の30.9%が人手不足を感じており、業種別では「飲食店」が82.0%で最も高くなっている。

 また、飲食店ドットコム(株式会社シンクロ・フード)調べによれば、この年末年始の繁忙期では、飲食業の17%で人材が非常に不足していると回答している。

 飲食業へのアルバイトが不足しているのは、接客業の労働環境にもあると考えられるが、その一つが悪質な顧客の行為がある。

 「中高年のお客の中には、外国人に差別的な態度や言動を採る方が時折います。やっと集めたアルバイトなのです。彼らは、私たち経営者がちゃんと守るかどうかを見ています。なんでもかんでも受け入れるのではなく、毅然とした対応をすることも、従業員対策の一つになっています。」

 関西地方で居酒屋を経営する経営者は、そう話す。別の飲食店経営者は、「これまでは、飲食店での遊び方も、常識も備わっていると思われていた中高年の人たちも、そうではなくなってしまった。熟年世代に対してのマナーや言動についての教育というか、社会的に知ってもらうことが大切なのではないか」とも言います。

 ネット上のトラブルでも、中高年の起こす事案が目立つが、飲食店など接客を伴う業種でも同じ傾向にあるようだ。今回話を聞いた経営者たちからは、「お客様は神様だという時代ではない」、「以前よりも年齢の高い層のマナーが悪くなっている」、「チェーン店と個人店の区別がつかない熟年世代の客が増えた」という同じ指摘を耳にした。

 今月(2023年12月13日)から施行された改正旅館業法では、客がカスタマーハラスメントや嫌がらせを繰り返した場合、宿泊を拒否することが可能となった。無理難題を押し付け、さらに誹謗中傷をネット上で書き込むといった人たちは、年齢に関係なく、もはや客とは認められない時代になっているのだ。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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