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昭和の亡霊が地方自治体を苦しめる~旧図書館、廃旅館、元百貨店・・・

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
苫小牧駅前に放置されたままの商業ビル(画像・筆者撮影)

・旧図書館解体 約8億円

 兵庫県明石市の旧明石市立図書館が、2020年に閉館したまま放置されている問題が、6月の同市議会で取り上げられたことで、マスコミでも報道され、話題となった。

 1974年に県立公園に設置されたこの旧図書館は、図書館でなくなった現在、県からの土地の使用許可条件から外れているが、使用されないまま放置されているのだ。その理由の一つが、巨額の解体費用である。

 明石市が2020年に試算した解体費用は、約8億円。建設関係の費用が高騰している現在では、大きく上回る可能性がある。古い建物を撤去し、更地にするだけに、これだけの費用をかけることになる。

 明石市が明らかにした財政収支見通しによれば、2023年度には過去40年間で最大の赤字が見込まれており、2026年までは赤字財政が続くとしている。明石市では、人口増加傾向があるというものの財政状態は、厳しい状態が続く。

・廃旅館解体 約4億8千万円

 昭和時代に建設された建物の解体問題は、明石市の旧図書館だけではなく、各地で起こっている。特に深刻なのは、各地の温泉地で起きている廃旅館の問題だ。

 北陸新幹線の来春延伸で首都圏からの来客に期待が高まる加賀温泉郷でも、景観を損なう廃旅館問題は深刻だ。

 市内に山中・山代・片山津の三つの温泉郷を抱える加賀市では、2019年度予算で山代温泉の廃旅館を解体する予算として約4億8千万円を計上した。さらに2023年度予算で、片山津温泉の廃旅館の解体費用として約1千400万円を計上した。同様の事例は全国各地で増えており、和歌山市でも、2023年度予算で40年以上放置されていた廃旅館の解体に約7000万円を計上した。

 加賀市のある中小企業経営者は「事情は理解しているが、解体して、更地にするために、これだけの巨額の税金が使われるのは、腹立たしい」と言う。また、ある地方議員は「財政状態が厳しい中、無責任な持ち主が放置したものを公費を投入して解体するというのは、本来あるべきではない。廃墟を放置しておけば、観光地としての価値を低下させるし、倒壊の危険性もあるので、仕方ないが深刻な問題だ」と言う。

来春の北陸新幹線の敦賀延伸開業に、加賀温泉郷への観光客増への期待が高まっている。(画像・筆者撮影)
来春の北陸新幹線の敦賀延伸開業に、加賀温泉郷への観光客増への期待が高まっている。(画像・筆者撮影)

・元百貨店 元ショッピングビル 解体できず・・・

 明石市のように持ち主がはっきりしているケースや、仕方ないとはいえ自治体が解体に踏み切れるケースはまだ良いかも知れない。

 各地で閉店が続く百貨店は、地域商業の衰退の象徴と言えるが、主要テナントを失ったビルの扱いは、その後の大きな問題となる。

 北海道苫小牧市は、製紙とパルプ、石油産業、近年では自動車部品製造なども盛んな工業都市だ。この苫小牧市の玄関口であるJR苫小牧駅を降りると、駅前に廃ビルがある。

 1977年に核店鋪のダイエー苫小牧店と専門店60店鋪にてサンプラザビルとして開業した。その後、2005年にダイエーが撤退。2006年には名称を「苫小牧駅前プラザegao」とし新装オープンした。しかし2014年4月にすべてのテナントが撤退し、閉店した。その後、苫小牧市が介入し、再開発を試みたが、一部地権者の協力が得られず、すでに9年経つが、建物は閉鎖されたまま、放置されている。苫小牧市民の一人は「夜になって駅を降りると、真っ暗なビルが駅前に建っており、早く何とかして欲しい」と言う。

 苫小牧市に限らず、地方都市の場合、建物の取り壊し費用が、更地にした土地価格を上回ってしまい、採算が取れないために、百貨店や大型商業施設の建物が放置されたままのケースが増えている。同じ北海道の釧路市では、2006年に丸井今井釧路店(旧丸三鶴屋)が閉店、閉鎖されたビルが、16年間経った現在もそのままとなっている。

丸井今井釧路本店新館(旧丸三鶴屋)が閉店し、16年間放置されたまま。(画像・筆者撮影)
丸井今井釧路本店新館(旧丸三鶴屋)が閉店し、16年間放置されたまま。(画像・筆者撮影)

・地方自治体の財政を圧迫

 首都圏やその近郊、あるいは県庁所在地などでは、百貨店などの跡地にマンションや新たな商業施設が建設される例も少なくない。

 しかし、急激な人口減少している地方都市の場合、古い建物の撤去費用を支払った上で、新たな商業施設やマンションなどを建設しても採算が取れないため、民間企業が乗り出さないケースが増えている。

 「都市景観を損なうし、交通上の安全の面からも問題がある。しかし、それでなくても悪化している財政をさらに圧迫する」と東北地方の自治体職員は懸念する。観光地で問題となっている廃ホテルや廃旅館については、国土交通省が「地域一体となった観光地の再生・観光サービスの高付加価値化事業」として、観光地の景観改善等に資する廃屋撤去に対して補助率1/2で最大1億円補助を行い、自治体支援に乗り出している。

・「昭和の亡霊」をどう退治するか

 「これまでも自治体関係者の間で、道路、水道、下水道などのインフラの維持、整備に大きな問題が起きることは議論されてきた。それは多くの住民にとって見えないところの問題だった。しかし、いよいよ百貨店、旅館、ホテル、さらには図書館などの公共施設という目に見えるところでの問題が起こり始めている」と、都市開発系のコンサルタントは指摘する。

 ここ数年、地方都市の百貨店の廃業が相次いでいる。廃業、解体、新たにマンションや商業施設の建設とうまく回れば良いが、苫小牧市や釧路市のように長期に渡って廃ビルのまま放置されることは、地域経済の活性化にも支障をきたす。

 「地方議員、特に高齢の人たちの中には、依然として新たな箱ものを求める傾向が強い。しかし、次世代のことを考えれば、資金を投じて負の遺産を片付けていくことも重要だ。昭和の亡霊退治は、なかなか評価されないのがつらいところだが」と、関西地方のある自治体首長は言う。

 「昭和の亡霊」をどう退治するか。地方自治体に任せて、国の補助を当てにするというだけでは解決できない。危機感を持って、住民、地元企業、商店経営者、金融機関など、地域社会全体で対策を打ち出す必要がある。その際には、それぞれが一定の負担を負うことも必要だ。地域社会での過去の確執などにこだわり続ければ、解決が長引き、大きくなる負担は次世代が負うことになる。「昭和の亡霊」を退治するには、地域社会全体の協力と連携が不可欠なのだ。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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