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観光公害再発?京都は、どうなる?

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
夜桜見物客で混雑する祇園白川筋(撮影・筆者)

・急激な回復を見せる観光客

 昨年10月に日本政府による外国人観光客の入国者数の上限撤廃と個人旅行者の受け入れが再開された。それ以降、日本を訪れる外国人観光客は急激に増加傾向を見せている。

 日本政府観光局の発表によれば、2023年2月の訪日外国人観光客は、約148万人とコロナ禍前の2019年の約260万人の約6割までに回復している。3月はさらに増加すると見られている。

 一方、国内観光客も、全国旅行支援の影響や、政府が2023年3月13日からマスクの着用は個人の判断が基本とすることを発表するなど、コロナ禍の一服感が広がったこともあって、高齢者のツアーや若者の卒業記念旅行まで、多くの世代で旅行客が増加している。

・観光客が急増している京都市

 こうした観光客の急増を実感できるのが、京都だ。今年は、桜がいつもよりも早くに満開を迎えた。桜が咲き始めた3月10日頃から、市内の桜の名所には、多くの観光客であふれた。

 先週、観光名所である祇園白川には、美しく咲き誇る桜をスマホで撮影する人であふれていた。昨年、一昨年の人が少なかった景色が、夢のようだ。3月25日には、ドラマや映画などにもしばしば登場する巽橋の上も、行きかうのが難しいほどだった。

ドラマや映画で登場する巽橋の上も、このような雑踏に(撮影・筆者)
ドラマや映画で登場する巽橋の上も、このような雑踏に(撮影・筆者)

・駅の窓口にたどり着くのに30分以上

 「ここまで混むと、高齢者などはちょっと怖いですよね。」首都圏から出張してきた会社員は、混雑度合に驚いていた。

 みどりの窓口には、長蛇の列ができ、その列は通路にはみ出すほどになった。さらに、券売機の前にも同じように長蛇の列ができていた。24日からの週末には、窓口カウンターにたどり着くまで30分以上かかる状況もあった。

 「値上がり前に定期券を購入したいと思ったのですが、これでは」と、京都市内に在住する大学生は言う。JR西日本は4月1日から値上げを予定している。「3月31日は、値上げ前で混雑するから、買えないかもしれないとJR西日本が宣伝しているので、事前にと思ってきたのですが、この列では。」

通行するのも一苦労なほどに混雑したJR京都駅(撮影・筆者)
通行するのも一苦労なほどに混雑したJR京都駅(撮影・筆者)

・観光客が増加するのは良いが・・・

 JR各社では、コロナ禍の間、みどりの窓口の廃止や縮小を進めてきた。さらに旅行代理店の店舗も統合、廃止が進んだ。

 「これだけ混雑しているのに、全ての窓口を開けるわけでもなく、外国人や旅慣れていない旅行客が多いのに、案内の駅員も少ない。合理化や人員削減も仕方ないと思うが、ちょっとねえ」と、京都市に住む中小企業経営者は言う。

 JR各社は、キャッシュレスサービスやチケットレスサービスを導入することで、窓口の人員削減を進めているが、外国人や高齢者、普段、旅慣れていない利用客にとっては、普及が進んでいるとは言い難い。

 この経営者は、「まだ中国人などの観光客が入ってきていない。にもかかわらず、この状況だ。インバウンド観光客誘致はいいけれど、こんな状況でちゃんと対応できるのか」と手厳しい。

・インバウンド誘致に意欲的な政府方針

 政府観光庁は3月8日に、第4次観光立国推進基本計画案(2023~25年度)を発表し、今月中に閣議決定をする。「持続可能な観光」、「消費額拡大」、「地方誘客促進」が重点項目とされており、2025年の訪日外個人観光客数を、過去最高だった2019年の3,188万人を上回ることを目指し、訪日客1人当たりの消費額も同様に2019年の15万9千円から20万円への増額を目標としている。

 計画案では、一方で都市部の訪問客の偏在や、観光公害といった課題解決の取り組みを行い、量と質の両立を目指している。

・京都市の企業経営には好影響

 京都市観光協会の発表によると、日本人観光客の宿泊数は、2023年1月には、コロナ禍前の2019年と同水準まで回復し、2月に入って、外国人観光客の宿泊数も順調に増加している。

 京都市が2月28日に発表した中小企業経営動向実態調査を見ても、2022年に賃金水準を引き上げた企業は約6割。2023年に引き上げを予定している企業も5割を超している。

 景況判断も、観光関連は、7.3ポイント上昇し、82.8と、コロナ禍以降では最高水準となり、観光客の回復が飲食業や宿泊業に好影響を与えていることが判る。

円山公園の枝垂桜に多くの観光客が集まった。((画像・筆者撮影)
円山公園の枝垂桜に多くの観光客が集まった。((画像・筆者撮影)

・観光公害再燃を懸念する声

 「コロナ禍の間、3年近くあったが、観光公害の防止策などが講じられたのか、大きな疑問だ。」京都市内で事業を行う中小企業経営者は、批判する。

 京都市観光協会ではオーバーツーリズム対策事業などに取り組んでいるが、急激に増加する観光客に充分な対応ができているとは言い難い状況も、各所で見られる。

 この中小企業経営者は、続けて「中心部の車の渋滞や、急増する観光客にバス輸送が対応できなくなっている。大学など学校が休みの期間なので、まだ良いが、秋の紅葉シーズンに、今回のような状況になれば、市民生活にも大きな影響が出かねない」とも指摘する。京都市内に居住している女性は、「観光客が急増し、インスタなどを見て街歩きをする人が増えてきているせいで、個人の住宅のところにまで観光客が入り込み、写真を撮るなど、住民にとっては不愉快な行為も増えてきている」と言う。

・インバウンド観光客の動きに変化も

 「前の時は、うちみたいな店には、ある程度、日本が判る人しか入ってきはらへんかったんですが、最近は全く日本語を判らない人でも平気で入ってきはるんです。」京都市内の食堂を経営する女性は言う。

 

 他の飲食店経営者も、「中国人の観光客の時は、あんまり、あれは食べられないとかいうことは言わなれなかったが、欧米や東南アジアからの観光客は、食べられない食材があるとか、なにを使っているのかと注文が多い」と言う。

 コロナ禍前に比較すると、SNSなどで情報収集する傾向が、一層強くなっていると、複数の飲食店経営者が指摘する。個人経営の店舗でも、新たな顧客誘致に取り組める利点もあるが、一方で画像などだけで来店し、マナーの悪い観光客や、コミュニケーションを取るのが難しいことなども出ているようだ。さらに、京都市内の料理店の経営者のように「コロナ禍前の中国人観光客が溢れていた頃と同じように、観光客が多すぎると、他府県から通ってきてくれていた常連客が混雑を嫌って、来なくなってしまうのではと、心配している」と言う意見も少なくない。

・行政の一層の対応が必要

 京都市は、急増する観光客対策として、2023年2月1日に京都市バスの「1日券」を3月末で廃止すると発表した。市内を走る市バスには、観光客が急増したことで、市民が日常利用に支障が出ているという苦情が増えた。そのため、700円で一日市バスに乗り放題の「1日券」を廃止することで、地下鉄の利用を促進するとしている。

 また、3月24日には、門川大作・京都市長が、京都を訪問する観光客に対して、市バスへの大型荷物の持ち込まないようにというメッセージを出した。キャリーバックなど大型の荷物を市バスに持ち込む観光客が増加し、トラブルが増加していることに対してだ。

 しかし、こうした問題は、2017年頃にも起きており、後手に回っているという批判も致し方ない状態だ。

・京都は「観光都市ではない」のか?

 「京都は観光都市ではない」ということが、しばしば京都市で言われてきた。確かに、京都市は製造業などの存在も大きく、「観光都市だけではない」ことは確かだ。しかし、京都は日本を代表する観光都市であり、内外から多くの観光客が訪問する。

 観光公害、オーバーツーリズムに関しては、前回のインバウンドブームの際にも、様々な問題が発生し、それは再び観光客が増加すれば、再発することは当然だった。「観光客が増加することで、経済が回ることも理解しているし、反対ではない。私の会社にも間接的だが利益がある。しかし、また同じ問題を発生させるのであれば、進歩がないじゃないですか」と、京都市に住み、事業を行う中小企業経営者は言う。

 今年の桜の美しい時期の観光客の急増による問題の発生は、コロナ禍によってもたらされた3年間という猶予を本当に有益に活用できたかを問われていると、行政当局も業界も自覚すべきである。せっかく京都を訪れた観光客は、あまりの雑踏に落胆し、一方の住民たちも日常生活に支障を来たし、観光振興に反発するというのでは、「観光立国」など覚束ないのではないか。

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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