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卵は、もう特売品ではなくなる ~ 台所から繋がる国際社会

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
物価の優等生、家庭料理の万能選手。鶏卵の価格が上昇している。

・特売セールやめます

 今年に入って、卵が高くなっている。東京都内に住む大学生は、「6月くらいですか。卵の値段が高くなってきました。それまでは、特売の日を狙って買っていたのですが、特売が無くなってしまいました」と言う。

 愛知県内のあるスーパーには、「これまで毎週日曜日の卵の特売は、お買い上げ総額500円以上でしたが、7月以降は1000円以上とさせていただきます」と張り紙が張られている。店員に尋ねると、「卵の価格が今年になって急上昇していました」と言う。

・これまでの価格変動とは異なる

 「鶏卵の価格は、これまでも季節変動が大きい商品で、だいたい夏場は価格が下がり、冬場には価格が上がるものでした。しかし、今年は夏場に価格が上昇し、5月、6月が最も高かったです。」首都圏の大手スーパーチェーンの関係者は、そう話す。

 一方、別の中堅スーパーチェーンの関係者は、「うちの場合、かなり前に卵を特売商品にするのを止めました。出店エリアの顧客の嗜好が、高くても安心なものや、高品質なものという傾向が高いので、産地や品質にこだわった商品を揃えてきました。なので、特売品が無くなって、価格が急上昇したという感じはないと思います。ただ、卵だけでなく、今年になって、じわじわと食品の価格が上がっていることは確かです」と言う。

 スーパーチェーンの関係者の指摘通り、卵の価格の月別推移を見てみると、表1のように、今年に入ってからの上昇が、例年とは異なっている。8月に入り、少し落ち着きを見せてきているが、それでも例年に比較すると高値継続だ。

2021年、卵の価格は、例年とは異なる動きをしている
2021年、卵の価格は、例年とは異なる動きをしている

・複雑に絡み合う要因

 こうした卵の高値には、複雑に絡み合う要因がある。国内的には、鳥インフルエンザが流行し、養鶏場で多くの鶏が処分されたことは記憶に新しいだろう。2020年の年末から、2021年の年始にかけて、各地で鳥インフルエンザが流行したため、養鶏場の一時休業や廃業などが相次いだことが、価格上昇に影響したと考えられる。

 また、コロナ禍が続く中で、家にいることが多くなり、外食が減った分、料理を作る人が増え、手軽な食材である卵の需要が増加したことも影響の一つである。

 しかし、こうした国内的な要因だけではなく、国際的な要因も大きく影響している。

・マレーシアやトルコでも卵や鶏肉価格が急上昇

 実は、コロナ禍で鶏卵や鶏肉の価格が急上昇し、問題となっているのは、日本だけではない。マレーシアやトルコでも、それぞれ国内要因は別にあるものの、世界的に同じ要因に悩まされている。

 それは飼料価格の高騰だ。養鶏のための飼料は、トウモロコシが主流だ。各国とも自国で生産を行っているが、多くは輸入に頼っている。農林水産省によれば、養鶏用飼料は約9割は輸入であり、その大半はアメリカからの輸入である。こうした状況は、実は多くの国が日本と同じ状況なのだ。

 とうもろこしの価格は2020年8月から高騰しており、やはり養鶏用飼料として使用する大豆の価格も高値を付けている。こうした価格の上昇の原因は、近年の世界的な異常気象の影響だ。アメリカや南米諸国などでは、干ばつが続き、トウモロコシや大豆の栽培地域がその直撃を受けている。

卵が産まれるのは日本国内だが、生むニワトリもエサも海外から輸入している(各種資料から筆者作成)
卵が産まれるのは日本国内だが、生むニワトリもエサも海外から輸入している(各種資料から筆者作成)

・輸入に依存しているのは餌だけではない

 筆者はかつて航空会社の貨物課に勤務していた頃に、アメリカやカナダから日本に飛んでくる飛行機の貨物リストの中に、大量の「生きた雛」があることに気づいて、上司に尋ねたことがある。上司は、「日本人の多くは、卵は国産だと安心しているが、卵を産むニワトリのエサもほぼすべて輸入。そして、卵を生んでいる鶏たちも、海外から輸入しているのだよ」と教えてくれた。

 私たちが食用にする卵を産む鶏や、肉を食べるための鶏は、どこから来るのか、考えたことはあるだろうか。こうした鶏は、ほとんどが日本生まれである。ところが、この鶏たちを生む親鳥(種ひな PS=Parent Stock)や、その親鳥を生む祖父母鳥(原種鶏 GP=Grand Parent)は、海外から雛鳥(ひよこ)の状態で輸入されているのが大半なのだ。

 2019年に海外から輸入された雛鳥は、約46万7千羽。最も多いのは、イギリスからで約23万4千羽、次いでアメリカからで約10万5千羽であり、オランダ、カナダ、フランス、ニュージーランドの順になっている。毎年、大量のひよこが輸入され続けているのだ。

 こうした効率的で低コストの養鶏システムが確立されたことで、かつては高級品だった卵が、誰でも気軽に買える物価の優等生と呼ばれるまでになったのだ。しかし、このシステムはアメリカの穀物商社などが、独占的に運営しているものであり、輸入に依存している点は、これまでも幾度となく問題が指摘されてきた。

 もちろん日本の原種鶏で、国産のエサを与えて養鶏を行う業者も出てきてはいるが、まだわずかである。

・卵だけではなく、コロナ禍の下で様々なものが値上がりしている

 コロナ禍の問題や、政局ばかりが取り上げられているが、生活に関わる様々な商品の価格がじわりと上がっている。9月から、卵だけではなく、小麦、大豆、バターなどの価格が上昇し、そのものの価格だけではなく、それらを使った食料品などの価格も上昇している。

 ウッドショックと呼ばれる木材や貴金属などの素材も、上下はあるものの、全体としては上昇傾向である。コロナ禍で停滞していた各国の経済が復興に向けて、動き始めれば、需要が急拡大する。復興に後れを取れば、様々な分野で買い負ける可能性もある。

 さらに、気候変動も世界的に大きな影響が出始めている。日本でもこの夏の日照不足が、野菜などの不作、価格の上昇を引き起こしている。「日本が不作ならば、海外から低価格のもの輸入すればよい」という状況ではなくなりつつある。

 どこのうちの冷蔵庫にもある卵。たかが卵の値上げと言わず、その卵から繋がる世界の経済や環境の問題に関心を持ってもよいのではないか。

※参考

一般社団法人 日本種鶏孵卵協会、「種鶏孵卵統計情報」

JA全農たまご株式会社、「相場情報」

ソフトブレーン・フィールド株式会社、「卵の購買行動に関するアンケート調査」、2021年6月8日

野口 敬夫、「採卵種鶏の輸入及び国内供給を担う輸入販売会社の事業展開」、『農村研究』 117号 p. 1-12、食料・農業・農村経済学会、2013年9月

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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