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日本の食品輸出への風評被害を防げ~「紅麹」事件の波紋

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
「紅麹」問題は国内にとどまらない問題となりつつある(写真:アフロ)

 小林製薬の紅麴事件は、死者も増加し、その影響は拡大しつつあります。小林製薬製の健康食品だけではなく、地方の菓子や物産などでも回収や販売停止が起きています。

・影響は国内3.3万社へ

 東京データバンクが、2024年3月29日に発表した推計によれば、小林製薬の「紅麹」製品を利用している一次仕入れ企業は4,822社で、そのうち製造業は2423社に上るとしている。さらに、これらの関連製品の流通・販売を行っているのは、全国3.3万社に及ぶとしています。(東京データバンク、TDBのプレスリリース2024年3月29日)

日本製の食品は、広く海外でも受け入れられ、輸出も順調に伸びてきた。
日本製の食品は、広く海外でも受け入れられ、輸出も順調に伸びてきた。

・輸出拡大が期待されてきた健康食品

 健康食品は、日本から輸出される食品の中でも急成長してきた分野です。2023年10月の財務省の発表によれば、2022年に日本から輸出された健康食品の輸出額は、331億円を超しており、前年度比44%増と言う大幅な伸びを記録しています。特にベトナム向けでは、対前年度比で2倍と急増しており、これまでの中国向けだけではなく、東南アジア諸国への販路拡大も期待されていたところでした。

 全世界的にも健康食品や自然食品に関心が高まる中、日本製の健康食品やサプリメントなどは、国際競争の中でも充分に競争力を持ってきました。日本政府も、これらの輸出促進には、力を入れ始めており、2021年1月からは財務省が健康食品の輸出入統計を取り始めています。

・越境ECでは市場規模の約4割を占める

 コロナ禍によって海外旅行ができなくなったことで、普及したのが越境EC(電子商取引)だ。平成30年3月に発表された農水省の報告書(「平成29年度日本からの電子商取引(EC)を用いた農林水産物・食品の輸出に関する調査」)によれば、越境ECでの日本からの食品輸出市場規模は、1574億円と推計されています。市場規模は、大きい順に健康食品(613億円)、菓子(404億円)となっており、健康食品は全体の約4割を占めるほどになっていました。

電子商取引(越境EC)における健康食品は全体の約4割を占めている。
電子商取引(越境EC)における健康食品は全体の約4割を占めている。

・コロナ禍でも急成長してきた健康食品

 急激な人口減少による国内市場の縮小に対応するため、日本の農水産業者、食品業者は、インバウンド観光客需要、そして海外市場への拡販を試みてきました。

 その中でも健康食品、機能性食品の海外への輸出は、インバウンド観光客の増加に伴い、急速に伸びてきた分野です。コロナ禍前には、特に中国からの来日客が、日本において医薬品や化粧品、健康食品を「爆買い」する姿が見られました。

 コロナ禍によって、来日することが難しくなると、注目されたのが越境ECです。この越境ECで販売される商品の代表的なものが、機能性食品、健康食品なのです。越境ECを手掛ける企業の経営者は、「日本に観光で来て、化粧品や健康食品を購入し、帰国後も続けたいという人たちが多い。コロナ禍前は、来日する友人や知人に依頼するということもできたが、コロナ禍で往来が途絶し、越境ECを利用する人が増えた」と説明します。

 インバウンド観光客として日本を訪問し、ドラッグストアなどで日本製の健康食品やサプリメントを購入。帰国後も継続するために、越境ECなどで取り寄せてきたという人たちが多いのです。それだけに今回の事件は、日本国内だけではなく、中国、東南アジア諸国でも大きく報道されているのです。

 日本からの輸出の現状を見てみると、この10年間で健康食品の輸出は急増してきました。2023年はほぼ横ばいとはいえ、前年割れを記録しました。これは、福島原発の処理水放出の影響だと考えられますが、この問題は沈静化に向かっており、一方で日本の機能性食品への評価は高く、今後も大いに期待できると言う見方がなされてきました。

・日本の伝統食品にも影響が及ぶ恐れ

 特に注目を集めてきたのが、日本の伝統産業である発酵食品です。「発酵食品が世界的に注目されており、これから新たなビジネスチャンスという時に、とんでもないことをしてくれたと思っています」と話すのは、ある発酵食品メーカーの経営者です。「これまで時代遅れの産業と思われてきた酒、しょうゆ、みそといった日本の伝統産業が、最近では欧米の科学者や食品メーカー、料理研究家などが弊社にも次々に訪れ、最先端技術だと評価されるようになってきた。それだけ、今回、このような形で、麹の名前が世界に広がってしまったのは、非常に悲しいできごとだ」とも言います。

 すでに、海外のニュースメディアだけではなく、英語や中国語のSNSでも、この事件は大きく取り上げられています。その多くは、これまで品質も安全性も高く、信頼されてきた日本製品で死者を含む被害者を出している点や企業側の対応の遅さに、大きな驚きと懸念を示しています。

・海外での風評被害の恐れ

 「せっかく伸びてきた日本の食品輸出に水を差す危険性をはらんでいる」と懸念するのは、食品関係を扱う商社の経営者です。「インバウンド客の急増に合わせて、日本の食品の輸出は順調に伸びてきた。その理由の一つが高い品質と安全性に対する海外からの信頼だったのに、残念だし、今後の風評被害が怖い」とも言います。

 今回の事件は、死者を含め多くの健康被害を引き起こしており、今後の詳細な調査が待たれるところです。また、この事件は、単に特定企業の特定商品が問題を起こしたと言うことにはとどまらず、日本製の健康食品全体、さらには日本製の食品そのものへの信頼性やブランド価値に大きな悪影響をもたらす可能性があります。

・政府や業界団体は、早急に、海外での風評被害への対策を

 今回は、健康食品、それも麹を利用したものであるだけに、広範囲に影響は広がる可能性が危惧されます。日本の食品産業は、今後、地域経済の活性化にも重要な役割を果たすものと期待されています。特に海外市場への輸出拡大は、今後の日本経済の発展に不可欠なことです。

 早急に、海外での風評被害への対策を行わないと、健康食品だけではなく、広く日本製の食品への影響が出る可能性があります。農水省や経産省など関係機関は、今後の風評被害を防ぎ、日本製商品の信頼性回復に向けて、業界団体などとも連携し、海外向けの情報発信を強化していく必要があります。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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