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コロナになったら村八分!? 〜 悪質クレマーに負けない対策を

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:Panther Media/アフロイメージマート)

・「感染したら村八分」

 「家族から感染者が出たら、村八分ですよ。」ある地方で観光客も多く立ち寄る店で働く女性は、声を潜めて言う。「都会と違って、行政が発表する情報で、個人が特定されてしまう。そのため、感染した人や家族に嫌がらせがひどくて、勤め先をやめなくてはいけなくなったり、家にも嫌がらせがあるので、一時的に引っ越したりということが実際起こっているので怖い」と言います。

 感染者が出た高校や大学などにも、「謝罪しろ」とか、「学生の名前を公開しろ」といった電話が殺到し、業務に支障をきたしているという記事が掲載されています。実際、筆者の知り合いの大学教員も、脅迫めいた電話などもあり、その対応に疲弊したと言っています。人口の多い大都市部でも、こうしたことが起きています。特に地方部では人口が少ないだけに、わずかな情報だけでも、個人が特定されてしまうのです。

 「ママ友の中にも、SNSのグループで、役所に勤める知り合いに聞いたんだけど、新聞に乗っていた感染者は、どこどこの誰だと送ってくる人がいるのです。そういうは、まずいんじゃないかなあと、遠回しに言ったのですが、親切でやっているのにと逆ギレされちゃいました」と、やはり30歳代の女性は、苦笑いします。感染ルートの特定やクラスター発生防止という意義はわかりますが、行政も情報の管理と発表の仕方には、より一層慎重さが必要でしょう。

 飲食店や小売店で「悪質クレマー」が問題になった。こうしたコロナ感染者やその所属、関係する企業や団体、役所などに非難中傷を行う人たちも、同様の「悪質クレマー」だ。悪質クレマーたちの悪影響は、経済の動きにまで悪影響を与えつつある。

・どうすれば納得するのか

 「地元の保健所に研修会を開いてもらって、感染対策を徹底しています。それでも、いろいろ言ってくる方が地元でもいて、感染したら、うちも、もう終わりだねと、なかば本気で言ってます。」ある温泉旅館の経営者は言います。「経営的にも、ぎりぎり。役所が求めていることも、保健所が求めていることも、きっちりやって、さあ、頑張ろうと従業員とも話しているのですが、、、一体、どうしたら、地域の人に納得してもらえるのか。」

 別の地方で、ホテルを経営する男性は、「色々言ってくる人は、うちもいる。しかし、その人たちが経営を助けてくれるわけじゃないでしょ。地域の中で、外からお客さんが来ることに対して、反対する人がいることも充分わかっているが、私たちにも生活がある」と言います。

 「高齢者が感染すると死亡率が高いと報道されたことも大きいし、地方は都会よりも、もともと人数が少なく人間関係が濃密。高齢者も多い。若者が少ない分、高齢者の声が大きい。今回は、こうした田舎の特性が悪い方にでているような気がします」と中部地方のある地方自治体職員は言います。

・「県外の方お断り」の波紋

 「出張で地方都市に行き、ホテルで教えてもらった居酒屋に言ったら、県外の方お断りと言われた。まあ、こういう時期だから、東京モンは肩身が狭いねえと地元の知り合いには笑ったが、良い気持ちはしませんね。間違えて行かないように、ネットとかにも、うちは県外者お断りですと、情報流してほしいですね。」40歳代の会社員は言います。さらに、「わかりますよ。事情は、でも、コロナが落ち着いたら、ぜひいらしてくださいねなんて言われても、もう行かないかな」とも言います。

 「事情はわかるけど、気分が悪いのも正直なところ」という意見は、筆者もあちこちで耳にしました。他府県ナンバーの車に「〜県に住んでいます」というシールを貼っておかないと、車に嫌がらせをされるということも、実際に起きました。会社の転勤で地方都市に在住する30歳代の会社員は、「今まで地方の暮らしもいいなと、少し移住とかに関心を持っていたのですが、コロナが起こってから、なにかすごく嫌なものを見てしまった感が強い」と話します。

・いらだちを強める経営者も

 経済活動の再開に向けて様々な分野で動き始めた大都市部と、そうした状況がなかなか伝わらず、依然として広範囲に及ぶ自粛が継続する地方圏。いらだちと危機感を強める経営者も少なくありません。

 「なにかやろうとすると、すぐに誰が責任取るんだ、誰が謝罪するんだと文句を言われる。悪質クレマーを恐れて、できないで終わるんじゃなくて、みんなでできる方法を考えていかないと、地方の経済は止まってしまう。」九州地方で経済団体の役員も務める経営者は、そう言います。さらに、「なんだか、思考停止状態になって、この状況をなんとかしていこうという発想がない人が多いのが残念。こちらが気にするから、悪質クレマーたちは増長する。そんなものは相手にせず、行政も経営者も協力して、この状態をどう打開していくのか、知恵を絞るべきだ」とも言います。

・地味だか着実な山梨方式

 知事や市長がマスコミに登場する機会が多いために、コロナ対策というと東京と大阪ばかりが目立ちます。しかし、実際には地味でも、着実かつ大胆に対策を取る県や市町村も出てきています。

 その一つが、山梨県の「やまなしグリーン・ゾーン認証」制度。宿泊業者や飲食業者は、申請書を記入し、県の認証事務局に提出します。事務局は、現場を訪れ、アドバイスや指導を行い、求められている対策が採られていれば、認証するという制度です。9月25日現在、すでに認証を受けた宿泊施設は505、飲食店は347になっています。東京都で複数の飲食店を運営する企業の経営者は、「東京都のような自主申告で認証マークが使えますではなく、こうしたどういった対策を取ればよいのか、そして、それをちゃんとやっているということを行政が確認した上での認証は、業者側にとっても、お客にとっても安心だし、どうすればよいのかわかる」と評価します。もちろん、宿泊施設や飲食店の件数が桁違いに多い東京で、そのまま適用できるとは思えません。しかし、、山梨県のこうした制度は、多くの人が求めるやりかたですし、他の自治体でも参考となるでしょう。

 このようにコロナだからと諦めるのではなく、なんとか対策を講じて、前向きに対応しようという動きは、同じ山梨県の自治体でも見られます。韮崎市は、6月に市長の臨時記者会見を開き、コロナ対策の新規事業を発表しました。その中の一つが「小中学校教育振興事業」で、春に実施が予定されていながら、秋に延期となった修学旅行を、感染症対策を講じるための予算をつけました。バスの台数増加や宿泊施設でのシングルルーム使用など感染症対策を講ずるために、予算を大幅増額したのです。こうした対策を講じて、韮崎市では9月に入り、修学旅行を実施しています。

 このように地方部でも、着実な取り組みを実施することで、経済や社会の動きを保とうという試みが起こっています。

・全てを止めて、引きこもっていては、経済は止まる

 山梨県も新型コロナ感染拡大の初期に、悪質クレマーによる感染者に対する嫌がらせ事件が起きています。そうした経験も県や市町村の施策に生かされているようです。

 悪質クレマーの多くは、間違った情報や思い込みによる自分勝手な「正義」や「善意」に基づいています。テレビのワイドショーやインターネット上のでの無責任な情報の影響を受けたり、一部の政治家の派手なパフォーマンスの影響を受けたりという人が多いようです。そうしたことで生まれた悪質クレマーの悪影響で、なんとか動き出そうと努力している地域の経営者や関係者を立ちすくませないことが重要になっています。

 そのためには、地元企業の経営者、県や市町村といった自治体の首長と職員が、連携し、一体となり、対策を打ち出さなければいけません。経営者や自治体の首長という立場にいる人が、時には毅然とした態度で、悪質クレマーに対峙する必要も出てきています。必要に応じて、法的措置も講ずる必要もあるでしょう。

 新型コロナウイルスに関しては、まだ未解明な点も多く、これから気温が低下する冬季には、インフルエンザなども流行する可能性もあり、楽観視できる状況にはありません。しかし、だからといって、全てを止めて、引きこもっていては、経済は止まり、生活していけなくなります。

 悪質クレマーからの嫌がらせや批判が恐れ、彼らに気を使ったところで、悪質クレマーが地域経済を立て直してくれることなどない。怖いから、できないで終わらせすのではなく、経済を、社会をなんとか動かそうと努力をした地域と、ただ怖がって内に閉じこもる方向に動いた地域とでは、5年後、20年後に大きな格差が生まれていることでしょう。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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