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コロナ禍が破壊する公共交通網 ~ JR東西の過去最大の赤字が警鐘を鳴らす

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
閑散とした東海道新幹線車内(画像・筆者撮影)

・経営悪化が長期化の兆し

 JR東日本とJR西日本が9月16日に発表した2021年3月期通期の連結最終損益が、それぞれ4180億円、2400億円と大幅な赤字だった。この赤字は、1987年に旧国鉄から民営化して以来、最悪の数字だ。

 すでに両社以外のJR各社も大幅な赤字となっており、特に今までドル箱の東海道新幹線を保有し、順調だったJR東海すらも経営悪化は避けられない状況だ。

・JR各社が大幅な割引開始

 JR東日本は、2021年3月31日までの期間限定だが、同社路線の新幹線と一部特急列車をインターネット予約を利用した場合、50%割引を実施している。同様に、JR西日本や、今まで大幅割引を実施してこなかったJR東海も東海道新幹線で、日帰りならば半額での販売を開始、さらに20%から25%の割引がある「ぷらっとのぞみ」の発売も実施する。このようにJR各社が、大幅な値引きを実施し、Go To トラベルキャンペーンとの相乗効果を期待する声も多い。各社の新幹線が半額というのは、話題になりやすい。

 しかし、インバウンド需要の消失や新型コロナ感染拡大防止のための外出自粛などで、国内の観光地のみならず、業務での出張や修学旅行なども無くなった。さらに在宅勤務やオンライン授業の急増によって、通勤客、通学客も急減した。在宅勤務が定着する様相を見せており、以前の状態には、もう戻らないと予想する意見も多い。赤字拡大の状況が長期化する中で、JR各社は割引ばかりをしている訳にはいかないだろう。

・値上げの足音が近づく

 JR各社は、すでに新型コロナの影響が長期化すると見込み、大幅なダイヤの見直しや定期乗車券の割引率の見直し、運賃そのものの値上げの方針を表明している。

 鉄道会社にとって、定期券乗降客は、安定収入を確実にする一番大切なお客様だ。しかし、この20年以上、大都市圏でも高齢化の進行によって労働人口が減少し、通勤客が減少する傾向が明確になってきた。そのため、鉄道各社は流通小売業や不動産業、サービス業などへの展開を急ぎ、さらにIC乗車券や高機能の自動販売機の導入などで人員削減を進めてきた。さらに、この10年間ほどは、IC乗車券の普及によって、従来型の回数券や昼間割引乗車券などが、次々と廃止されてきた。実質的な値上げも進められてきた。

 しかし、今年に入ってからの状況の急変は、予想外のことだ。新幹線や特急の大幅割引切符の発売によって、当面の乗客確保が試みられているが、大幅な赤字解消のために、運賃や各種運賃の値上げが避けられない。

 事態の急変による問題は、新幹線や特急、大都市圏の通勤路線に限定されるものではない。今までの稼ぎ頭が失われたことで、もっと大きな問題を引き起こしつつある。

・不採算路線は切り捨て

 「実はすでにJR側から調整をしたいという申し入れがあります」というのは、JRのローカル線沿線のある地方自治体の幹部職員だ。「これまでも沿線自治体から支援は欲しいという話はあったが、コロナ禍以降、内容に厳しさが増している」と話す。別の自治体職員も、「JR側に余裕がなくなっている。黒字化の見込みがないから、路線ごと譲渡しますと言われる可能性も大きくなってきた」と危機感を募らせる。

 「JRは公共交通機関だから、赤字路線も維持しろ」という意見もあるが、JRとして民営化し、さらに株式公開した段階で、「収益が見込めない事業を継続する」ことは難しくなった。

 そもそも、3島会社と呼ばれるJR北海道、JR四国、JR九州は、鉄道収入だけで自立することは困難であると民営化当初から判っていたことである。この20年ほどで、3島会社は人口減少や高速道路網の拡充などから利用者の減少が止まらなかった。規制緩和で、収益性が高かった都市間交通を担う高速バス路線に新規参入が相次ぎ、価格低下を招いたことも、地方では影響が出ている。

 こうした状況の中で、今回の新型コロナ禍が起きた。悪化する経営を立て直すために、JR各社が今後、不採算路線の切り捨てを加速する可能性が高い。

・インバウンド頼みが・・・・

 「インバウンド需要の高まりで、起死回生のチャンスがあると沿線自治体も期待していた。もう打つ手がない。」西日本のある地方自治体職員は、今後の厳しい状況を予想する。

 インバウンド需要が急減し、国内の観光客も遠距離の旅行を取りやめている状況だけでなく、「経済の停滞」は人の移動も停滞させている。

 JR各社だけではなく、大都市圏の私鉄、地方鉄道にも大きな影響を与えている。ある地方鉄道の関係者は、「唯一と言ってよい安定収入源である高校生が、休校のために数か月間、そっくりいなくなったのは大きい。感染を懸念する親たちの中には、学校が再開しても自家用車で送り迎えする人たちも増えている」と言う。

 さらに「地方鉄道の場合、将来的に廃止が避けられないとは言われてきた。しかし、政府や県などの補助や支援があり、さらにインバウンドが増加していたために、時間をかけて検討すればよいという緩い考え方をして、問題を先送りにしてきたのが、今回、冷や水をぶっかけられた気分だ」とも言う。

・鉄道だけではなく、地方の公共交通機関をどう確保するか

 「鉄道だけではなく、バスやタクシーなどを含め、これからの地方の公共交通機関をどうしていくか、早急に検討し、行動しなくてはいけない危機的段階だ」とある地方議員は指摘する。「JRが赤字で、新幹線が半額になったと聞いても、なにか自分たちには関係のない、遠いところの話という捉え方が、まだ地方では多いように思う」と警戒する。

 さらに大きくのしかかる問題がある。JRの地方路線や地方私鉄には、建設されてから50年以上経過した老朽化した鉄橋やトンネルなどが、今も数多く使われてている。最近の集中豪雨や台風などの被害が出ているのは、こうした老朽化した施設が多い。改修工事をするにしても、災害被害から復旧させるにしても巨額な費用がかかる。ここまでJR各社の経営が悪化すれば、改修や復旧を断念するケースも出るだろう。

・問題は鉄道だけではない

 この地方議員は、「新型コロナによって地方経済は悪化している。地方財政も大きく悪化する。地方の公共交通機関を維持するために投じることができる資金は限られてくる。ノスタルジーで語るのは良いが、いったい誰が資金を負担するのかというシビアな問題だ」と指摘する。

 今後、地方自治体では、JRが最低限の収益保証を自治体に求めてきたらどうするのか。廃線を打ち出したら、どうするのか。さらに、問題は、鉄道だけではない。バス会社も、タクシー会社も、利用者減、運転手確保難、観光需要の消失の三重難で廃業寸前だ。投ずることのできる資金は限られている。

 このような話をすると、必ず鉄道マニアから批判される。しかし、誰がコストを負担するのかという議論は避けられないし、自然災害も多く、高齢化と、人口減少が急激に進んでいる。いかに鉄道も含む公共交通機関を維持するかという深刻な問題を対処するには、ただ単に「自分が好きな鉄道を残せ」と主張するだけでは、受け入れられない。「大都市部での儲けを地方に回せ」という論も、通じなくなった。新型コロナの感染拡大によって、鉄道を含め公共交通機関を取り巻く環境が、一気に悪化している点に留意すべきだろう。

 新型コロナ感染拡大は、地方の公共交通機関をどうするのか、5年、10年かけて検討しようとしていた段階から、一気に待ったなしの状態に落下させた。今後、年末から年明け、年度替わりの時期にかけて、鉄道、バス、タクシーなど地方公共交通機関の経営危機が噴出する可能性がある。対処を誤まれば、地方部の公共交通網を崩壊させてしまう可能性もある。

 JR東日本とJR西日本の大幅な赤字が、警鐘を大きく鳴り響かせている。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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