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フランス・ドイツは自動車産業の次世代化を積極支援~コロナをきっかけに変化を掴む

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・各国とも自動車産業の低迷が問題に

 新型コロナウイルス感染拡大は、世界中の産業に大きな悪影響を及ぼしている。自動車産業もその一つだ。自動車産業は、日本はもちろん各国で多くの雇用を生み出し、経済にとって大きな影響力を持っている産業だ。

 世界の自動車産業は、すでに2018年の年末から、2019年にかけて米中の貿易紛争、インドの金融引き締め、世界的な景気の低迷などから、景況が悪化していた。環境問題に対して、各国政府が積極的な導入を進めていた電気自動車や水素自動車に関しては、記録的な原油価格の下落によって、売れ行きが低迷していた。

 そこに今回の新型コロナウイルスが直撃した。操業自粛による工場の一時閉鎖は生産を大幅に減少させただけではなく、自動車市場の長期的な低迷が見込まれるために、多くの自動車メーカーは工場の閉鎖や従業員の解雇に乗り出さざるを得なくなっている。

・「伝統的な刺激策を導入するだけでは充分ではない」

 6月3日にドイツ政府は、新型コロナウイルス感染拡大による経済悪化に対して、総額1,300億ユーロ(約16兆円)の経済対策を発表した。6月17日には、第二次補正予算案として、議会の承認を得る見込みだ。

 この経済対策には、法人と個人向けの減税や給付金、地方自治体支援などが盛り込まれる予定だ。注目された中身の一つが、電気自動車購入への助成金と一時的なVAT(消費税)軽減策だ。

 メルケル首相は、これらの予算案に関して「コロナウイルスのパンデミックと増大する気候リスクによって引き起こされる大きな変動は、政府が伝統的な刺激策を導入するだけでは充分ではなく、未来への視点が重要とある点を強調したい」と述べており、その中身も電気自動車購入補助やEV充電インフラ整備だけではなく、水素インフラストラクチャおよびエネルギー効率のアップグレードの構築、環境に配慮した自動車や航空機、建築物などの研究開発、公共交通機関の改善、森林管理の改善など、新しい産業創出に向けた資金投入への積極姿勢を見せている。

 もちろん、こうした姿勢に対して、現状ではドイツの自動車の約90%が依然としてガソリン車とディーゼル車である上に、今回の経済の一時的な停止でドイツの自動車メーカーは多くの在庫を抱えており、反発する意見も見られるようだが、経営が極端に悪化している自動車メーカー側は政府からの支援を得るために、従わざるを得ない状況にある。

・韓国、中国から輸入されているバッテリーを域内生産へ

 一方、フランスもドイツと同様に電気自動車への傾斜を強めている。フランス政府は、5月26日に自国の自動車産業救済のために、80億ユーロ(約1兆円)を投入することを発表した。これについて、マクロン大統領は、コロナ危機を利用して電気自動車と水素自動車の生産を加速させ、2025年までにフランスで100万台の電気自動車を生産するという目標を設定するとした。

 フランスの場合、2008年の金融危機の際にも巨額の支援を自動車産業に行っており、再びの救済には批判の意見も多い。しかし、政府は、自動車業界への支援については、アジア地域からの輸入を削減し、生産拠点を国内に戻すことや、EUで連携して行う電気自動車に搭載するバッテリー開発や製造への参加を交換条件としている。バッテリーに関しては、現在はその大半が韓国と中国から輸入されており、これをPSA(プジョー・シトロエン)と国際石油会社トタルの子会社Saft、そしてルノーを加えた三社で、EU内で新たに建設するバッテリー工場に代替させるという計画だ。

 また、こうした自動車産業復権を目指して、中小企業であるサプライヤーを存続維持させるために、州政府が3分の2、自動車メーカーが3分の1を供出した約6億ユーロの基金を作り、中小企業の株式を取得し、さらに必要に応じて企業の統合も進めるという計画も発表している。

・コロナウイルス感染拡大中でも、相次ぐ電気自動車需要拡大策

 あまり報道されていないが、中国でもコロナウイルス感染拡大の中でも、自動車産業の支援策を継続的に打ち出しており、特に電気自動車関連では、政府と州政府が電気自動車の需要拡大策を2月以降、次々と実施しており、その影響もあって、昨年から大幅に落ち込んでいた売上高の減少に歯止めがかかりつつある。中国は、国内の経済に再興が急速に進んでおり、電気自動車への補助金や新車登録の優先的な割り当て、上海市などの公共交通機関であるバスやタクシーの全面電気自動車導入などで、やはりこの新型コロナウイルス感染拡大からの経済復興策を活用して、産業構造の改善を促す方針だ。

 こうしたことも影響しているのか、6月に入り、日本電産が約1000億円を投資し、電気自動車向け駆動モーターの大規模研究開発拠点を中国の大連市に新設すると報じられたり、本田技研工業の現地法人が中国企業のニューソフト リーチ(Neusoft Reach)とで合弁会社「ハイネックス モビリティ サービス(Hynex Mobility Service)」を設立し、次世代コネクテッドサービス事業に進出すると発表した。

 もちろん、電気自動車の本格的な普及には疑問の声が多いことも確かだ。スペイン政府のようにディーゼルエンジン車とガソリンエンジン車の新規購入への補助金を含む約37億5000万ユーロ(約4,530億円)の自動車業界支援策を発表したところもある。しかし、ドイツ、フランス、中国などは今回のことをきっかけに元に戻すのではなく、新たな展開を目指す意欲的な予算の組み立てになっている。

・日本でも動きはあるが

 日本でも、サプライチェーンの国内回帰が期待できるということで、自治体でも動きがある。熊本県が6月15日にサプライチェーンの国内回帰を促進させるために、県内にに進出する企業や設備を増設する企業に対して、熊本県企業立地促進補助金等の補助率を最大2倍に引き上げると発表するなど、各都道府県でも支援策が策定されつつある。

 政府でも、令和2年度補正予算で2,200億円を投じ、サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金が実施されることになった。経済産業省が一般社団法人環境パートナーシップ会議を基金設置法人にし、「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金基金」を作り、みずほ情報総研株式会社が受託事業者として、一件当たり上限150億円の補助金を「製造業又は情報通信業の用に供される施設」や「物流施設」、「システム」を建設、購入した企業に支払うというものだ。

・産業振興に積極策が必要

 サプライチェーンの国内回帰に関しては、懐疑的な意見も多い。「脱中国」という動きが一部に見られたとしても、日本ではなく若年労働者が得やすく、将来の市場としても期待できる東南アジア諸国への移動が多いだろう。また、日本電産やホンダの動きを見ても、将来的に市場の拡大が期待される中国市場をそう簡単に見限ることができないという事情もある。

 一方で、政府や経済産業省なども産業振興そのものよりも、不祥事など他の面で話題になり、国民の信頼を失っている。フランスやドイツなどのように、自動車産業を自国の基幹産業と明確に位置付け、元に戻すのではなく、新たな産業創出に結びつけようという意欲的な姿勢も今一つ感じられない。

 ドイツ、フランス、中国などは政府が、製造はもちろん研究開発支援に大胆な資金投入を進めている点も、深刻に受け止めるべきだろう。

 日本では世界的自動車メーカーであるトヨタが、今年末から静岡県に巨大な実験都市「コネクティッド・シティ」の建設を始める。一企業の事業とするのではなく、日本の自動車産業の未来への投資として、他の自動車メーカーや中小企業、研究機関が広範に参加できるように政府が積極的に支援を行うなど、競争が加速する中で、迅速かつ大胆な行動が求められている。

 メルケル首相の「政府が伝統的な刺激策を導入するだけでは充分ではなく、未来への視点が重要」という指摘を我々もきちんと受け止めるべきではないのか。コロナウイルス感染拡大を契機にして、新たな産業創出に取り組めるかどうかは、私たちにも大きな課題だ。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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