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政府の「緊急経済対策案」は、なぜ感染拡大の収束後の話ばかりが充実しているのか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急経済対策について、政府は、4月6日に開かれた自民・公明両党の会議で、所得が減少した世帯への現金30万円の給付や、児童手当の上乗せなどを行う案を示しました。しかし、この緊急経済対策案は、いくぶん理解しがたい部分があります。

・具体的な記述がない

 4月6日に開かれた自民党と公明党との会議で、政府は新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急経済対策の案を提示しました。治療薬として効果が期待される「アビガン」を年度内に200万人分の備蓄を目指すことなどを盛り込んだ「感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発」や、1世帯あたり30万円の現金給付などの「雇用の維持と事業の継続」についての対策が明らかにされました。

 しかし、この案には明確な金額など規模が示されておらず、中小および小規模事業者などを対象にした給付金についても明示されていませんでした。「緊急」対策と言う割に、具体的な記述が少ないのです。

・力点は「収束後」の謎

 この緊急経済対策案を通して読んでみると、曖昧な部分と明示されている部分の差が大きく、バランスの悪いものになっているように感じられました。

 これを読んだある地方自治体の経済担当職員は、「非常に細かく書き込まれている部分と、粗々で内容がほとんどない部分の差が激しい。この案の一つ前のバージョンは、もっとひどく項目にも一貫性がなかった」と指摘します。経済対策であるため、経済産業省が中心になってまとめたのであろうと思われますが、それにしても「緊急」の対策が、これなのかという疑問が出てきます。

 別の地方自治体の幹部職員は、「具体的な数字がほとんど示されていないだけではなく、後半部分の自画自賛調の書き込み方に閉口する」と厳しい意見です。こうした意見は、他にも聞かれましたが、その理由は簡単で、実はこの「緊急経済対策案」のほぼ半分は、「収束後」のことが書かれているのです。

 「観光・運輸業、飲食業、イベント・エンターテインメント 事業を対象に、Go Toキャンペーン(仮称)」や「国立公園等の 自然の魅力を活かした誘客・ワーケーションの推進」など、現段階で取り組む優先順位としては違うのではないかということが詳細に書き込まれています。

 さらに、「今回の事態の中で進んだ、あるい はニーズが顕在化したテレワークや遠隔教育、遠隔診療・服薬指導等 リモート化の取組を加速し、我が国のデジタル・トランスフォーメー ションを一気に進めるとともに、脱炭素社会への移行も推進する」といった将来の希望のようなものが長々と書かれていたりと、なぜか、緊急事態である「今」の対策ではなく、「収束後」の対策ばかりが具体的なのです。

政府が自民党と公明党に示した緊急経済対策案(画像・筆者撮影)
政府が自民党と公明党に示した緊急経済対策案(画像・筆者撮影)

・この期に及んで、収束後の利権争い?

 後半部分は、従来行われてきた支援メニューや補助金制度の拡充がずらりと並んでいます。政治家の利権の確保が優先されているようで、今、現場で求められている支援策から大きくかけ離れています。

 このような事態になっても、収束後の利権の確保に躍起なり、それを官僚たちが支援している構図が透けて見えていると言えます。結果的に、どこが「緊急」なのかはっきりしない従来からの延長上の施策が羅列され、最後には唐突に「生産性向上や復旧・復興、防災・減災、インフラ老朽化対策などの 国土強靱化等に資する公共投資を機動的に推進する」と書かれています。

 「現場が緊急に求めていることの記述が薄い」と商工団体の職員は批判します。「中小企業や個人事業主の相談窓口には、不安を隠せない経営者たちが詰めかけている。旅行のキャンペーンの名称を考えている暇があるのなら、本当に緊急に必要とされていることは何なのかを考えて欲しい」とも言います。

・資金力が弱く、被害を大きく受ける中小・自営業者への支援を優先すべき

 関東地方の飲食店経営者は、「従業員の休業補償をする雇用調整助成金も対象はあくまでも雇用保険事業者のみ。もともと家族経営の青色申告では、専従者として働いていても経営者の家族には雇用保険に入る資格すらありません。そのほかの救済策も適用されるものは実は少なく、個人事業主や家族で営業を続ける業種や専従者は不要だと言われているようです」と言います。政府は、こうしたフリーランス、個人事業主には最大100万円の現金給付、中小企業には最大200万円の現金給付を行う「持続化給付金」制度を発足させると明らかにしていますが、具体的な中身は4月7日以降とされ、支給も早くて5月半ばとなっています。

 「2月以降、売上げは急減している。周りでも、諦めて廃業を考える経営者も増えてきている。収束後の観光キャンペーンも必要でしょうけれど、それで得するのはどうせ大手の広告代理店だけでしょ。そもそも、収束する頃には個人商店など事業者が激減しているじゃないですかね」と東京都内の若手飲食店経営者は言います。「官僚の人たちが、いろいろ言い訳を言いますけれど、政府や官僚に対する信頼が揺らいでいます。どうも若い世代は政治にも無関心だし、どうせ判らないだろうと馬鹿にされているんじゃないかと思ってます」とも指摘します。

 「ほかにも、ちゃんと対策をやっている」という反論もあるでしょうけれど、この政府の作成した「緊急経済対策案」を見る限り、経営者や自営業者たちの不安が高まるのも理解できます。

 製造業に関しても、生産拠点の国内回帰に関してなど、全般的に甘い見通しです。生産コスト競争と現地市場への期待で海外に流失した民間企業の生産拠点が「国家」のために戻ってくるということは望み薄でしょう。仮にそうしたことを望むのであれば、IoT、省人化やロボット化を盛り込んだ付加価値を高めたり、労働力不足に対応する投資に対して、大きなインセンティブを与えることが必要でしょう。

 中小企業に対しても、困窮した資金繰りで貸し付けた資金をただ単に返済を求めたり、給付金にするのではなく、先々にIoT、省人化やロボット化など競争力増強に振り向けた場合に返済を控除もしくは免除される制度を取るなど、一歩踏み込んだ工夫が必要でしょう。

・対策案のトリアージを

 この「緊急経済対策案」を読んでみると、言葉だけは勢いが良いことに気づきます。

 「一刻も早い再起動」、「一気に進める」、「守り抜き、危機をしのぎ切る」、「経済の力強い回復への基盤を築く思い切った支援策」、「経済のV字回復のための反転攻勢」、「一気呵成に安定的な成長軌道に」

 こうした勢いだけの空疎な言葉遊びの連続に加えて、「生産性革命」、「Go Toキャンペーン」、「新型コロナリバイバル成長基盤強 化ファンド」など奇妙なネーミング。

 要するに、冒頭でわざわざ書かれているように「財政健全化への道筋を確かなものとしなければならない」というのが大前提で、歳出抑制から、まだ脱却できない。一方で、新型コロナウイルス問題は、ある意味、一種の戦争状態にある訳で、国会財政からの思い切った支出は避けられない。このどっちつかずの状態で、腰がすわらないために、一見前向きな威勢の良い言葉を並べて誤魔化しているのではないでしょうか。

 今後、中国が急激に経済も産業も復興してくる可能性が高い。被害が少ない東南アジア諸国も、復興のスピードが速いでしょう。新型コロナウイルスの収束後に、元の世界経済の形に戻ると考えている人は少ないでしょう。大きく変化し、競争が激化することが予想される中で、今や国家の危機に瀕していると言えます。

 緊急時に、何を優先して行うのか。対策案のトリアージが必要なのです。そうした視点から見れば、この「緊急経済対策案」は、非常に不安な内容です。収束後のことなど、キャンペーンのネーミングなど、もう少し先でも良い「不要不急」のことよりも、今、目の前の問題に対して、どう対処するのか、具体策を示すこと、それが求められているのです。「頑張っているんだから、そんなに叩くな」という声が聞こえてきそうですが、「緊急」事態なのですから、それに合わせた対応をお願いしたいのです。今回のものは、あくまで「緊急経済対策案」ですから、案ではなくなるまでには、相当改善されるものと期待しておきます。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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