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オリンピックは延期して観光産業再興のきっかけに ~ 日本経済や地方再興のために

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
桜の咲き始めた京都だが、観光客の姿は少ない(画像・著者撮影)

・新型コロナウイルス拡大の影響が広がる京都市

 3月18日に京都府と京都市が発表した京都府内中小企業の緊急調査で、新型コロナウイルスの感染拡大の影響が「ある」と答えた企業の割合は、宿泊・飲食サービス業95%。運輸業87%、卸売り・小売業86%と非常に高い割合になっています。

 京都簡易宿所連盟が3月16日に発表した「新型コロナウィルスによる簡易宿所への影響調査」よれば、2月、3月(見込み)の客室稼働率が40%以下と回答した事業者は、それぞれ77%、78%に及んでいます。特に20%以下だと回答した事業者はそれぞれ半数を占めており、休業や廃業を検討する事業者も増えており、非常に厳しい状況に陥っています。

・外国人観光客の姿が消えた街

 ほんの二か月までは、夜遅くまで多くの人で賑やかだった木屋町通りは、歩く人よりも居酒屋や風俗店の客引きの方が多いくらいです。週末ならば夜遅くまで多くの人たちで賑わっている新京極通りや河原町通りも、8時を過ぎると人通りがまばら。飲食店やお土産物店の中には、閉店時間を7時半や8時などに繰り上げているところが多くなっています。「30年近くやってますが、週末なのにボウズ(客が0人)です。うちは、外国人観光客はもともといないのですが、日本人のお客さんも出づらい雰囲気なんでしょうね」とバーのマスターが話します。

 やはり京都市内の飲食店の経営者は、「静かになって、昔の京都みたいで良くなったという人もいますが、宴会も会合も宿泊もキャンセル続き。私たちにとっては死活問題です。そんな気楽なことを言っていられませんよ」と苦笑いします。「同業者の中には、国や府の支援制度を利用しようとしている人もいます。しかし、無利息、無保証だと言っても、借金を増やすことには変わりない。大手はどうか知りませんが、個人経営のところは、若い人はそんなに資金的な余力はないし、高齢だと廃業を決心するところも少なくないと思います。」

営業時間を短縮する店舗も多い(画像・筆者撮影)
営業時間を短縮する店舗も多い(画像・筆者撮影)

 

・京都だけが特別か

 「自粛疲れ」のせいか、日本人観光客が多少は目立つようになってきています。ミシュラン・ガイドの安くてお勧めとされる「ビブグルマン」のお店などは、昼時にはいつもと同じような行列ができていました。このように一部のお店では、日本人観光客の来店が戻ってきているようです。しかし、全体的には、そう楽観的にはなれない状況があります。

 

 京都市の「平成30年(2018年)外国人客宿泊状況調査」によると、外国人客の利用割合は2017年に40.2%、2018年に43.9%とほぼ半分になっていたのです。つまり、外国人観光客の来日がほぼストップしている現状では、京都市に宿泊していた人の半分が消えたことになるのです。

 国際的な観光地である京都ですから、国内の他の観光地とは異なるという考えもあるでしょう。しかし、札幌市の「2019年度上期(4~9月)来札観光客数」によれば宿泊数約510万人のうち4人に1人、東京都台東区の「平成30年度台東区観光統計・マーケティング調査報告書」でも2018年の宿泊者数約824万人のうち、やはり4人に1人が外国人というように、非常に大きな割合を占めているのです。こうした外国人観光客の観光客総数に占める割合は、いずれの都市でも増加傾向にあったのです。

・地方に本格的な影響が出るのは、これから

 東京、大阪、京都といった年間を通して観光客の多い地域や、雪まつりやスキーなど冬季の観光客が多い北海道などでは、ここ5年間ほどで急増した外国人観光客がいなくなったことで、いち早く影響が出たため、大きな話題となりました。

 それに比して、地方部では3月に入るまで「様子見」という傾向が強くありました。筆者も、2月に東北や中国、九州地方を訪問した際に、それぞれの地元の経済界の方たちから、「大阪や京都は大変らしいですねえ」と声を掛けられ、感覚の差に驚きました。

 その理由は簡単で、地方部の場合、東京、大阪、京都、札幌といった地域とは異なり、3月後半の桜の開花時期以降が観光シーズンであるからです。もともと1月や2月の観光客は少ないため、あまり目に見えて、その影響が表れなかったのです。今後、本格的な観光シーズンを迎える地方部では、旺盛だったインバウンド客需要を取り込むために、様々なイベント開催や施設開設が予定されていました。しかし、新型コロナウイルスの影響の長期化が予想され、今後、大幅な計画の見直しが求められるでしょう。

「以前の京都に戻った」のは良いが・・京都御苑(画像・筆者撮影)
「以前の京都に戻った」のは良いが・・京都御苑(画像・筆者撮影)

・地方経済に大きな支障が

 かつてのように製造業の大規模生産拠点の誘致などは、生産拠点の海外移転、労働人口の減少などから現実的ではなくなっていました。宿泊・飲食サービス業、運輸業、卸売り・小売業、農林水産業など幅広く経済波及効果をもたらす観光産業振興は、地方経済の振興に大きな期待が寄せられてきました。

 外国人観光客による国内での消費総額は、2019年には約5兆円になると見込まれていました。これは輸出と同じ効果を持ち、その規模は、半導体などの電子部品や自動車部品の輸出額に匹敵するほどに成長していたのです。

 「外国人なんかに頼らず日本人の観光客で」とおっしゃる方も多いのですが、そう簡単には行きません。国内の観光客需要を牽引してきた団塊の世代の人たちは2020年にすべて70歳代となり、急速に観光市場から退出します。

 それだけではなく、この20年間、日本人の観光に対する支出額の減少傾向が止まりませんでした。これは増税やデフレの影響で、実質賃金が低下し続けていることも大きな要因だとされています。

 このような状況ですから、今回、大きな打撃を受けて、一時的にインバウンド需要が大幅に低下したとしても、将来的な日本経済再興や地方再興のために観光産業は不可欠なのです。政府が、3月10日に発表した緊急対応策の第2弾の中にも、感染防止に取り組む期間を反転攻勢に向けた「助走期間」と位置づけるとされ、情報発信事業やコンテンツ造成、キャッシュレス化の促進、収束後の大型キャンペーンの実施などへの支援が盛り込まれているのは、そうした背景もあります。

・観光産業のためにもオリンピックは延期が良いのではないか

 東京オリンピック・パラリンピックに関して、中止や延期にすれば、経済波及効果がマイナスになると巨額の損害額を提示し、開催強行を主張するシンクタンクや大学の研究者がいます。しかし、現状からみると、今までに投資した資金が無駄になるのが恐ろしくて、損をすると判っていても止められない、いわゆるサンクコスト効果とかコンコルド効果を囚われているのか、お立場上、何らか別の理由があって開催強行論を援護せざるを得ないのか、どちらかのようです。

 非常に楽観的な経済波及効果を算出した当時と、現在では前提条件が大きく変わっています。遠足当日の朝、すでに雨が降り始めているのに、お天気の時に楽しみにしていたことを、「行けば、こんなにいろいろ楽しめたのに」とぐちぐち言っているようなものです。

 現状では、参加国や参加選手が揃わない可能性も高く、国内的にも新型コロナウイルスの混乱が収束しないままでは、それこそ新たな投資や消費への機運も生まれないでしょう。

 今日、雨が降っている中を無理やり遠足に出掛けるのか、晴れの別の日に延期するのかのどちらかしか選択肢がないのに、いつまでも「今日、晴れたら」を前提に話をするのは、おかしいことに気が付くべきです。

 もちろん延期も、そう簡単にできるものではないでしょう。しかし、一年もすれば、世界的にも新型コロナウイルスを乗り越え、前に進めるようになるでしょう。その時になれば、また、多くの人が旅行に出かけようと思うでしょう。明るい雰囲気が観光客誘致には不可欠なのです。東京オリンピック・パラリンピックを延期し、「世界的な新型コロナウイルス克服の記念」と位置づけることで、観光産業再興に生かすべきです。

 そして、その時まで、観光産業に関わる中小企業が生き残れるように、それぞれの経営者の自助努力もさることながら、情報発信などよりも前に、積極的なで大胆な資金投入による事業継続支援や消費税などの減税を強化することが喫緊で政府に求められています。

 新型コロナウイルスが収束すれば、海外に対する観光誘致キャンペーンなどを再度行わねばならないでしょう。しかし、その時に観光産業を担う中小企業が消滅してしまっていては、意味がないからです。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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