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働き方改革、生産性の向上、パワハラ、、、うまくいかない原因は「売り上げ至上主義」

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
なかなか無くならない残業。どこに問題があるのか。(画像・著者撮影)

・「仕方ないですね。今月は、赤伝切りますか?」

 筆者がサラリーマン時代、たまたまある部署のチーフになってしまったことがあった。今から30年ほど前の話である。

 その前の数か月は、なんとかかつかつ売り上げ目標を達成してきた。しかし、ついに締め日を前に売上目標に到達するのが難しいとなった時だった。部下の一人が、こう言ったのだ。

「仕方ないですね。今月は、赤伝切りますか?」

 筆者は外資系からの転職組で、「赤伝」の意味が分からなかった。

 「赤伝」とは、赤字伝票のことを指した。営業部署では、月末になると売り上げ目標に達成できるかどうか、まず締め日の直前に数字を「詰める」。

 しかし、なかなか思い通りにはいかず、締日の直前に達成できないとなった場合に、要するに架空の売り上げを計上するのだ。実際は売れていない。赤字の売り上げ伝票ということだ。注文を受けていない商品の売り上げ伝票を作成し、発送を行う部署に発注をかける。実は、この段階で売り上げ金額が計上されるので、その月の目標金額が達成したことになる。

 もちろん、達成「したことになる」だけの話で、商品を受け取った顧客からはクレームの電話が入る。すると、発送部署が間違えたことにして、月をまたいで返送してもらうのだ。

 結局、その分、翌月の売り上げ金額に積み上がるだけ、借金をしているようなものだ。さらに、往復の送料、発送資材などは全くの無駄で、会社に損害を与えることになるのだが、売り上げ至上主義で上から押さえつけられていると、とにかく目先の売り上げ目標だけを解決してしまおうということになる。

・高度経済成長期の悪しき習慣

 筆者が経験したのは、30年近く前のことだ。すでに、そうした架空売り上げを計上して、その場だけをしのぐ方法は限界にきているとされていた。当時の上司は、「高度経済成長期の市場がどんどん拡大していった時代には、たまたま今月の売り上げ金額が悪くとも、翌月に頑張ればカバーできた。しかし、もうその手法は無理で、架空売り上げが雪だるま式に膨れ上がってしまう」と話していた。

 多くの人たちは「そんなバカな。売り上げ金額しか見ない経営者など、今時、いるわけがない」と言うだろう。しかし、今年に起きた企業や金融機関の不祥事やパワハラ問題などを見てみると、「売り上げ至上主義」の亡霊は、依然として多くの企業を闊歩しているようだ。

・弱い部分から壊れる

 昨年、今年と、優良企業、革新的企業と賞賛されてきた企業、金融機関などで、不祥事が相次いだ。過大な売り上げ目標を忠実に実行しようとするあまり、不正な手段での押し込み販売、架空計上、さらには職場での売り上げを達成できなかった社員に対する上司からのハラスメントなど、唖然とさせられる状況が明らかになってきた。

 「従業員やそれぞれの部署に到達目標やノルマが設定されるのは、仕方のないことだ。しかし、経営陣が売り上げ金額だけを押し付け、それによってどれだけの利益が得られるのか、人材や対外的な信頼関係が損失するのか、本当に考えているのか。上はそのつもりがなくとも、過大なノルマを暴力的に押し付けると、最も弱い部分から壊れる。」ある大企業の総務部長経験者は、そう指摘する。また、人材コンサルタントの男性は、「経営陣が暴言を吐き、高圧的な言動で無理な売り上げ目標を中間管理職に押し付けると、中間管理職はそのまた部下に同じように押し付ける。優秀な人材は転職し、ますます人員不足になり気が付くと組織全体が荒廃し、違法なことも仕方ないという風潮に染まる」と指摘する。昨年から今年にかけて、いくつかの企業や金融機関で明るみに出た録音や内部資料は、まさにそれを示している。

・「売り上げ高が下がるのは正直怖い」

 首都圏のある中堅企業経営者は、「問題なのはよく分かっている。しかし、売り上げ高が下がるのは正直言って、怖い。もちろん、売上げ高よりも利益を優先するべきだとは頭ではわかっているのだが」と言う。一方、中小企業でも若手経営者の中には、先代から事業を継承した段階で、売り上げ至上主義に決別する人たちも増えている。

 「昨年、先代から続いていたある大手企業からの受注を切りました。」というのは関西地方の経営者だ。「調べたら、20年近くずっと赤字の仕事。ところが親父は、売り上げ高が数千万円落ちることが嫌なのと、大手企業と取引しているという見栄だけで続けてきた。私の代になり、経営方針も大きく変化してきたので、ちょうど良い機会なので取引を切り、空いた労力で新たな利益確保が可能な仕事に転換した。」

・経営者がイニシアティブをとれる中小・中堅企業こそ変革できる

  

 様々な業種の経営者や従業員と話をすると、共通した悩みを持っている。それは、「勤務時間を短くすべきことは判っているが、そうなると売り上げが下がり、残業代などが無くなって給与も下がる」という負のサイクルである。

 「深夜まで働いて残業代を出さないと生活ができない給与というのは、経営者として恥だと思うのです。若手を採用しても次々辞めていくし」と関西地方の別の中小製造企業の後継者が言う。

 この経営者は、「勤務時間が短くなると、売り上げが下がり、利益も下がり、給与も下がる」を外部のコンサルタントなどの力を借りて検証してみた。すると驚くべきことが明らかになった。先の企業と同じように、赤字受注の仕事が多く、「残業をすればするほど、赤字が拡大する」ことが判ったのだ。従業員たちも入れて、経営改革の取り組みを行った。

 「売り上げ至上主義」が気づかぬうちに、経営者にも従業員たちにも染みついていた点も明らかになった。「売り上げ高でも、利益率でもなく、利益額をきちんと押さえることが重要だ。」さらに、この経営者は、なぜ時短や働き方改革を進められないかをこう指摘する。「従業員の立場からすれば、赤字の仕事を断り、残業が無くなり、会社側からすれば利益が増える。しかし、残業が無くなるのだから得をするのは経営者だけだと考える。当然ですよね。思い切って、経理をガラス張りにして、これだけ儲かったから、ボーナスで従業員に還元するということをしたら、従業員たちから、どんどん改善提案が上がってくるようになっています。」

・働き方改革、生産性の向上、パワハラ、、、うまくいかない原因は売り上げ至上主義では?

 働き方改革、生産性の向上、パワハラ、、、様々な日本企業の問題が、ここ数年、様々な企業で噴出している問題は、実は経営陣の旧態依然とした売り上げ至上主義が原因ではないか。

 創業者タイプの経営者は、がむしゃらにやればなんとかなるという自身の経験だけをもとにした根性論で突き進みがちだ。一方、外様で外部から登用された経営陣は、現場のことを知らず、数字だけを現場に押し込みがちだ。いずれにしても、この一年間、明らかになった企業の不祥事のうち、経営陣の問題によって引き起こされたものの多くは、「売り上げ至上主義」が根底に存在しているようだ。

 縮小する市場を前に企業の生き残り競争は激しくなる。多くの経営者にとって、今年一年の他社の不祥事は、まさに「他山の石」として振り返っておくべきではないだろうか。変化を生み出すのは、リーダーシップを執れる経営者なのだから。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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