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台風19号が残した傷跡は、超高層マンションだけではない。各地域の産業にも深刻な影響が。

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
下野毛地区では水害の後始末が続いていた。(2019年10月19日 著者撮影)

・被害は超高層マンションだけではない

 台風19号による多摩川流域の被害については、武蔵小杉駅周辺の高層マンションがマスコミでもしきりに取り上げられた。しかし、深刻な被害が出たのは、超高層マンションだけではない。

 川崎市は、東京のベッドタウンとして人気のある地域にあるが、一方で事業所数41,028事業所、従業者数544,782人(注1)という一大産業都市でもある。そのうち、製造業の事業所は、1,184事業所。従業者数 47,240 人。そして、製造品出荷額等 3 兆 5,938億円もあり、大企業の事業所や生産拠点も多いが、そうした大企業を支える中小企業も数多く集積している。(注2)

 特に川崎市の高津区や中原区には、第二次世界大戦中、戦後、数多くの中小製造企業の町工場が都内から移転をし、町工場街を形成してきた。今回、台風19号によって深刻な冠水被害が、この町工場街を襲った。

 川崎市に住む中小企業経営者は、「武蔵小杉の超高層マンションの被害ばかり報道されているが、製造業への影響は地元紙などでしか見かけない。私の取引先の工場でも膝までの水に浸かった。影響がじわじわ広がっているように感じる」と言い、さらに「住宅への被害も深刻だが、製造業への影響も大きいし、特に川崎市には研究開発型企業への部品供給を担っている中小企業も数多い」と指摘する。

・「産業支援の視点から迅速な支援を」

 10月19日、台風被害から一週間経っているが、依然として水害による廃棄物が道路わきに並べられており、片付けをしている人も多く見かけた。川崎市内を中心とした約270社の企業が加盟する一般社団法人川崎中原工場協会は、10月15日付けで、「下野毛地区一帯では50センチ以上、丸子山王町でも20センチ程度の冠水となり、機械・材料・製品・金型・車などに大きな被害が出ました。この地区の多くの企業は再稼働の見通しが立たない状況」だとホームページで述べている。

 

 「機器類などは保険などでカバーされる分もあるが、機械の補修や入れ替えに時間がかかり、その間、休業状態になるのが痛い」川崎市の中小企業経営者はそう話す。休業期間中に、離れる顧客も出る可能性がある。さらに、中小企業支援団体の職員は「小企業では、資金調達などで支援が必要なところも多い。行政の迅速な対応が重要だ」と指摘する。

 下野毛地区の中小企業経営者は、「台風後、すぐに川崎市の職員が各企業を回って、状況を確認してくれており、力強い」と言う。川崎市では、中小企業の知財支援制度「川崎モデル」で有名な川崎市経済労働局や公益財団法人川崎市産業振興財団が、中小企業支援を行っており、今回も迅速な対応が経営者に評価されている。しかし、「県や市の制度だけでは限界がある。政府も産業支援の視点から迅速な支援を強化してほしい」と、神奈川県に本社を持つ中堅企業の経営者は話す。

北陸新幹線直通運転休止の影響で、福井駅では長い列が(2019年10月16日 撮影・筆者)
北陸新幹線直通運転休止の影響で、福井駅では長い列が(2019年10月16日 撮影・筆者)

・産業への影響は大きい

 今回の台風19号の産業への影響は、川崎市の製造業に関するものだけではない。長野県長野市や上田市でも、工場や配送拠点などに大きな被害が出ている。さらに、北陸新幹線やJR中央線中央本線の特急の運転休止なども企業活動に大きな影響を与えつつある。「首都圏への営業活動や会議などに大きな影響が出ている。長期化すると、業績にも影響が出る可能性がある」と言うのは、北陸地方に本社のある中堅企業の管理職社員だ。

 「東京に出張するのに、金沢から北陸新幹線で行くのが普通になっていたのが、以前と同じように米原経由だ。それは良いのだが、米原までの特急が満員で、指定席が取れない」と言うのは福井市の中小企業経営者だ。北陸新幹線は、25日に東京・金沢間の直通運転再開が予定されている。しかし、車両の水損のため、本数は通常の約8割、東京・金沢間の直通列車は約9割程度の予定だと言う。

・観光産業も大打撃が

 北陸地方や長野県には、多くの製造業企業は本社や製造拠点を構えており、営業活動など出張者の行き来も多い。さらに、今回は「新幹線開業以降、好調だった観光産業にも大きな影響が出ている」と金沢市の飲食店経営者が言う。

 東京・金沢間では、日本航空や全日空が羽田空港・小松空港間に臨時便や大型の機材での運航を行っているが、新幹線運休の穴埋めには充分ではない。先の経営者は、「金沢や北陸では、今回、台風の影響はほとんどなかったが、北陸新幹線の車両が水没している映像が繰り返し放送されるなど、観光客へのイメージダウンは大きい」と懸念する。

 同様に、箱根登山鉄道の不通は復旧の見通しが立たず、JR中央線の特急の運転再開は10月末までかかる予定だ。これらは、富士箱根方面の観光へ大きな打撃となる。富士箱根方面は、外国人観光客にも人気の行き先であり、インバウンドにも大きな影響が出る。

秋には多くの人が訪れる箱根登山鉄道(2017年11月 筆者・撮影)
秋には多くの人が訪れる箱根登山鉄道(2017年11月 筆者・撮影)

・産業再興のために大胆で迅速な支援策を

 今回、複数の経営者や地方自治体関係者に話を聞いたが、今回の台風19号による各地の産業への影響は長期化すると懸念している人がほとんどだった。米中の貿易摩擦やインド経済の悪化など、国際経済の悪化の中で、日本の景況も悪化傾向にある。対応を間違えば、台風の直接的な影響だけではなく、間接的にも景況をさらに押し下げるダウンバーストになりかねない。

 超高層マンションの被害をおもしろおかしく伝える報道に対する批判も多い。さらに、そればかりが目立つことで、それ以外の被害状況が目立たなくなっている傾向にも、不安を持つ人たちも多い。

 経済状況の悪化に危機感を持っている人も多い。話題になりやすい目に見えている災害への対応や支援はもちろんだが、政府には、国、地方自治体、地域の企業との連携による長期的視点に立った産業再興のための大胆で迅速な支援策が求められている。

(注1)総務省統計局、「経済センサス」、2016年。

(注2)川崎市、統計情報 第8号「川崎市の工業―平成29年工業統計調査結果―」、2018年。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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