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街の化学変化は、フリースクールと古本が触媒!? ~ 本の街・上田を歩く

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
書籍を読まれなくなっていると言うが、多くの人をひきつける魅力は充分ある

・本の街 上田

 長野県上田市の街は、独特の雰囲気がある。駅から北東に伸びる商店街には、清水書店、西沢書店、平林書店と三軒の書店がある。地元の方に話すと、「これでも減った方だよ」と言われるので、改めてびっくりする。

 上田の街は、1583年に真田昌幸が上田城を築いたことで知られる。40年間の真田氏の統治ののちは、仙谷氏、松平氏と城主が変わり、政治、文化、産業の中心地として発展してきた。特に、この地域で盛んだった養蚕業の発展は、全国でも有数の産地として大いに栄えた。豊かに栄えたこの土地では、多くの文学者や教育者を輩出し、文化都市としても栄えてきた。 

上田駅から通りを歩くと、本屋が三軒もある。(画像・筆者撮影)
上田駅から通りを歩くと、本屋が三軒もある。(画像・筆者撮影)

・新たな本の街へ

 書店が多いのもの、そうした文化的な背景があるからだ。しかし、それだけであれば、過去の栄光にしか過ぎないが、ここ10年ほどで改めて「本の街」の存在を高めている。

 株式会社バリューブックスは、2007年に上田で創業した。創業者の中村大樹氏は、当時24歳。本好きの青年が、創業した古書を扱う企業は、現在、売り上げ22億8千万(2016年6月)、年間販売冊数は349万冊、従業員数は386人にまで成長している。

 インターネット通販が中心だが、様々な事業を展開しており、2012年からは長野県諏訪市にある日本酒の老舗酒蔵と提携し、日本酒の老舗酒蔵5つを会場にした「くらもと古本市」をプロデュースするなど、地域との連携にも取り組んできた。

BOOKS & CAFE NABO の入口。こちらの店舗は9月末まで。 (画像・筆者撮影)
BOOKS & CAFE NABO の入口。こちらの店舗は9月末まで。 (画像・筆者撮影)

・捨てちゃう本 で作った本屋」?

 こうした活動の延長で2014年に開業したのが、実店舗「BOOKS & CAFE NABO」だ。古い商店をおしゃれに改装し、ゆったりした雰囲気の中で古書や雑貨、そしてカフェメニューが楽しめる店舗となった。広々とした店内と、おしゃれな内装。そして、独自のセレクションによる本。そして、コーヒーの香りと、開業後、あっと言う間に人気店となった。

 2018年8月には、「NABO」のすぐ近くに「バリューブックス・ラボ」がオープンした。こちらもおしゃれな店構えで、二階はアートギャラリーとなっている。この店舗がユニークなのは、「捨てちゃう本 で作った本屋」なのだ。ここで販売されている約5000冊の本は、本来、販売されずに古紙回収に回される予定だった本なのだ。本が大好きな人たちで創業したバリューブックスとしては、そのまま廃棄してしまうのは、もったないと始まった店舗だ。

VALUE BOOKS Lab.は「捨てちゃう本 で作った本屋」だ。二階はギャラリーになっている。(画像・筆者撮影)
VALUE BOOKS Lab.は「捨てちゃう本 で作った本屋」だ。二階はギャラリーになっている。(画像・筆者撮影)

・フリースクールが原動力に

 バリューブックスが上田市で創業したことは、新しい本の街の風を巻き起こしているようだ。上田の街の大通りから一筋入ったところに、観光客に人気の旧北国街道柳町通りがある。歴史を感じさせる石畳と古い民家や商家が、おしゃれな店になっています。

 その中の一つが、本と珈琲「コトバヤ」。元は、若者の自立と就労を支援する教育施設「認定NPO法人 侍学園スクオーラ・今人」とバリューブックスが連携して、若年者の就職支援を行う若者サポートステーション・シナノの一階に開業した本屋「コトバヤ」だった。

 2016年4月に移転し、運営を任されていた高橋さとみさんが独立開業したものだ。彼女のセレクトによる書籍や小物雑貨が並び、さらに喫茶メニューも豊富だ。高橋さんは、元は教育施設「認定NPO法人 侍学園スクオーラ・今人」のスタッフとして書店の運営を任されていた。

 この侍学園スクオーラ・今人の長岡秀貴理事長は、バリューブックスとの連携について、次のように話す。「バリューブックスは、私が高校教師をしていた時代の教え子たちが創業したのです。単純作業になりがちの中古書籍の販売作業ですが、そこに「誰かの為に」を入れてみたら面白いんじゃないか。そこから生まれたのが古書店の「コトバヤ」などの中間就労現場(就労訓練事業)でした。バリューブックスとの協力があり、なにより、社会から逸脱したと思い込んでいた若者たちの心を社会に戻していく様は本当に感動的でした。私たち支援団体だけではできないことがバリューブックスが実現してくれた。本を通じて、この上田の街で、官民協働・企業間協働など、様々な多様性を孕んだ『連携』が、人を幸せに導く化学反応を起しているのを多くの方に見てほしいですね。」

「コトバヤ」は、観光客に人気の旧北国街道柳町通りにある。(画像・筆者撮影)
「コトバヤ」は、観光客に人気の旧北国街道柳町通りにある。(画像・筆者撮影)

・古本からつながる地域振興

 中村氏が起業する際に、長岡氏は「古書のネット販売はおもしろいが、東京などでやるならば、他の先行企業と変わらないじゃないか。上田という地方都市で創業してこそ、新たな価値を見出すのではないか」と言ったそうだ。筆者も創業当初のバリューブックスを訪問したことがあるが、まるで大学生のサークル活動のようなノリで始め、しかし、あれよあれよという間に、電子部品工場の跡やスーパーの跡を購入し、従業員も増やし、着実に事業を拡大しいった。

 古書の販売をチャリティーに結び付けたり、地元酒蔵とタイアップした催しを行ったり、バスに本を積んで各地のイベントに参加したりと、地方発の文化産業として、今までになかった企業に成長している。起業家の思いと、地元の蓄積された文化や伝統がうまく融合してきた事例だろう。

 ネット全盛で、書籍の売り上げも落ちている中、それも上田という土地にバリューブックスのような書籍を軸にして、様々な事業に展開しいく新たな企業が生まれていることは、昭和時代の地方振興策から抜け出せず閉塞感の強い状況に対して一つの風穴を開けることを意味するだろう。

NABOの店内。本に囲まれながらコーヒーを楽しめる。(画像・筆者撮影)
NABOの店内。本に囲まれながらコーヒーを楽しめる。(画像・筆者撮影)

・「本のつながりがこの街をつくる」

 今年の夏、バリューブックスからの知らせで、驚いた人が多かっただろう。5年間、続いた「BOOKS & CAFE NABO」が、この9月末で閉店する。すっかり町の風景としても定着していたこの店が無くなることは、非常に寂しいことだ。

 しかし、バリューブックスの中村大樹社長は、「NABOがオープンした5年前と今では大きく街の状況が変わりました。たくさんのカフェができたり、古くからの映画館が復活したり、ゲストハウス付きの劇場施設ができたりたくさんの変化がありました。ここで一度立ち止まって、今の上田に本屋として何ができるのか、ゆっくり考えて次のお店のことを考えたいと思います。」と語る。

 今までのNABOは、9月末日まで。多くの人が名残を惜しんで、訪れることだろう。しかし、中村社長たちには、すでに新しい展開のアイデアがあるようだ。筆者も、この10年間、間隔をあけてだが、上田の街を訪れてきた。全国には、衰退する一方の地方都市が多数ある。その中で、上田のように若い人たちが起業し、それが「化学反応」を起こすかのように、様々な分野の開業や起業が続いている上田のような街もある。

 2018年にバリューブックスが中心となり行ったイベントのキャッチコピーが「本のつながりがこの街をつくる」だった。単に一過性のお祭りではなく、産業としても根付いている上田の試み。9月最後の週末、ぶらりと上田に出かけてみてはどうだろうか。新たな「つながり」を見つけられるかもしれない。

BOOKS & CAFE NABO ・・ 営業は2019年9月末日まで

VALUE BOOKS Lab.(株式会社バリューブックス 公式ホームページ)

コトバヤ (信州上田 歴史街道 柳町 公式ホームページ)

信州上田観光情報(上田市公式ページ)

※Don't PICK, please.

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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