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自作自演の経済効果 ~ 複雑な計算式は魔法の杖?

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・ベトナムからの観光客が1泊12万円を消費する?

 厚生労働省の統計不正事件の騒ぎの陰で、あまり目立たなかったが、自治体関係者や地域経済を専門にする研究者からは注目されたニュースが1月23日に報道された。

 1月22日に、鳥取県包括外部監査人の岸本信一税理士が、今年度の報告書を公表するに当たって、県がチャーター便を利用して鳥取県に宿泊したベトナム人観光客の経済効果について、粉飾と言っても過言ではないと批判した。

 鳥取県は、チャーター便を利用して来日し、鳥取県に宿泊したベトナムからの観光客137人による経済効果を4000万円であると公表していた。この根拠として、ベトナムからの観光客一人が1泊で消費する金額を12万5698万円と見積もっていたのだ。ところが、県は同じように鳥取県に1泊した際に消費する金額を、台湾からの観光客は2万8674円、韓国からの観光客は6万3940円としており、整合性が取れていないとこの包括外部監査で指摘を受けたのである。

 

 さらにベトナムからの観光客が航空会社に支払った航空運賃なども鳥取県内での「観光消費額」に含めていたり、宿泊したベトナム人へのアンケートはたった4人分しかないといった杜撰な算定根拠が明らかにされ、包括外部監査では「企業であれば粉飾決算」との厳しい批判がなされたのだ。

・手厚い補助金

 鳥取県では、『「ようこそ鳥取県」国際チャーター便促進支援補助金』という制度を設けており、インバウンド振興を行っている。米子鬼太郎空港もしくは鳥取空港を利用したアジア諸国やロシアなどからのチャーター便に対して、インバウンド国際ツアーの観光客が、鳥取県内の宿泊施設で1泊以上宿泊することを条件に様々な補助金を支給している。

 まず、米子鬼太郎空港及び鳥取空港の着陸料、騒音料、保安料及び当該インバウンド国際チャーター便に係る航行援助施設利用料が上限20万円まで、さらに米子鬼太郎空港及び鳥取空港のターミナルビルまたは鳥取空港国際会館の使用料(各施設の搭乗橋等付属設備の使用料を含む。)が上限1往復については14.1万円、複数便を1か月内で運航した場合は一ヶ月の上限が100万円 、さらにこの事業によるインバウンド国際ツアー参加者で、鳥取県内の宿泊施設に1泊以上宿泊した者1名につき5,000円を支給するなど、県予算によって手厚い支援を行っている。

・笑って済むなら良いが

 某球団が優勝したら何億円とか、アイドルグループが解散したら何億円とか、そういう笑って済むような経済効果の発表ならば良いのかもしれない。しかし、多額の税金を投入する行政の事業において、虚偽の経済効果を発表し、正当化してしまうのは大きな問題がある。

 ところが、今回の鳥取県のように、杜撰な経済効果算定が厳しく批判されることは少ない。民間企業の場合、計画していた売り上げが達成できず、損失を被れば責任問題になるだけではなく、その額によって存続の危機に陥る。なにがしかの資本を投じて、新規事業を行う際には、詳細な検討が行われるのは当然であるが、その際の効果予測では、最悪の条件の場合、通常の条件の場合、好条件の場合など、複数のシミュレーションを行って検討するのが普通だろう。きちんとした研究者や行政が提出してくる経済効果の予測では、そのような資料が配付されるのが常だ。にもかかわらず、相変わらず、特に賛否の議論の多い大型の公共工事や公的事業に対しては、自治体から巨額の経済効果予測だけが、ぽんと出されることは多い。

 「そこまで厳密に経済効果予測をしても、成功する方が少ない。もし、そんな計算が当たるのなら、民間企業が事業で失敗することなどないだろう。どうせ自治体は使った金は使いっぱなし、その上、適当な数字を組み合わせて、多額の経済効果がありますなんて、前から信じていないよ」とある中国地方のある中堅企業経営者は笑う。

・「やること前提」

 しばしば公共事業などでは政治的な動きや利害関係が絡み合い、とにかく「やることが前提」で進められるケースも少なからず存在する。そうなると批判を回避し、正当性を主張するための魔法の杖として、この「経済効果」の予測が利用されるのだ。複雑な計算式で、専門家が細かく計算した結果だと言われれば、それを無駄にするのかと反論されれば、多くの人たちは口を閉じる。

 鳥取県の事例のように、きちんと外部監査が精査し、批判する事例はほとんどない。なぜならば、多くの場合、行政や賛成派の政治家が事前に出された「経済効果」の予測を盾にして、事業の実行を強行するが、その事業の終了後に、実際にどれほどの経済効果があったのかの検証が行われることは、皆無と言ってよいからだ。それだけに、今回の鳥取県の事例は、金額の多寡に関係なく、監査機能がきちんと働いた注目してもよい事例だ。

・魂を売る専門家が作り上げる緻密なフェイク

 明らかに過大に見積もった消費金額や人数、算出するためのアンケート回答者などのサンプル数の少なさ、さらには複雑な計算に見せかけて、数値の改ざんなどによって歪められ、一見、緻密に見えるフェイクの数字が作り上げられる。本来は「希望的観測」を極力排除して計算されるべきものが、客観性がすっかり失われたものになっているのだ。

 「これくらいの経済効果はないと困るから、よろしくという指示によって、計算を歪めざるを得なくなる。クライアントの要請であり、仕事が無くなるのは困るということで、魂を売る専門家がフェイクを作り上げるのは、仕方ない」と、こうした統計分析の専門業者の一人は言う。

 しかし、最近では、ある地方自治体が経済効果の算定事業者を公募したところ、地元では研究者も企業も、誰も手を上げなかった。この事例に関しては、「最初から無理な数値を要求されるのがわかっている仕事を、敢えて魂を売ってまで、それをやるメリットが感じられない。むしろ、こうしたことから有権者には、どれくらい無茶なことが起っているか理解してほしい」(ある大学の専門研究者)というような意見も出てきており、この鳥取県の事例にように、きちんと批判していくことが重要になっている。

・「代案を示せ」の根拠に

 多くの人は、行政が研究者やコンサルタント会社に依頼し、計画されている事業の経済効果が「何千億円ある」と発表されれば、それを信じるだろう。反対する人たちがいても、それを信じる人たちは「こんなに経済効果が期待されているにも関わらず、反対するとは何事か、けしからん。対案を出せ」と強弁するのも理解できる。

 ただ、この経済効果の計算そのものが、最初から事業推進によって利益を得られる人たちの意図によって歪められていたとしたら、どうだろうか。反対する側も、闇雲に反対するのではなく、提示された経済効果を「魂を売っていない」専門家にきちんと精査してもらって、議論の材料を準備すべきだろう。

・自作自演の経済効果では、もう立ち行かない

 鳥取県の事例が、特殊なものではないことは、多くの自治体関係者は知っているだろう。国も地方自治体も財政状況が逼迫していく中で、いつまでも自作自演の経済効果でごまかして行く手法では、もはや立ち行かないこともご理解の通りである。

 

 全国の自治体で鳥取県のように厳密な監査を行ってくれる包括外部監査人が出てきてくれることが期待される。我が国が置かれている状況は非常に厳しい。限られた資源をどう振り分けて、未来を切り開くか、非常に難しい判断をしなくてはいけなくなっている。その時に、一部の人たちの意図によって歪められた「経済効果」で判断することは危険だ。今回、鳥取県が警鐘を鳴らしてくれたと考えれば、前向きに考えられるのではないか。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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