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まだ無料で配りますか? ~ 地域振興は「タダ」でできるのか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
東京駅八重洲口

・突然のメール

 

 「私たちは、地方の振興のお手伝いをしたいと考えています。地方の食材などを使ったディナー会を主催しています。」そういった内容のメールが突然届いたら、どうするだろうか。

 さらに、「私たちは地方を応援するためにボランティア的に活動しているので、そちらの食材を無料提供していただきたいのと、その食材についての専門的なお話ができる方を無料で派遣していただきたい。」

 

 送り主には、企業らしき名称と担当者らしき名前が記されているが、ネットで調べても、なんら情報が出てこない。ただ、開催するというレストランは、地域振興のために自治体なども支援している有名店である。

 こんなメールを突然、受け取ったある地方の地域振興を担っている団体の担当者は、頭をひねった。「いったい、この人は誰なのか。」関係者に聞いてみても、誰も面識もなければ、聞いたこともない。しかし、文面からは「無料で提供するのが当たり前」という前提になっている。

ディナー(イメージ)
ディナー(イメージ)

・不思議なディナー会

 さて、冒頭のディナー会である。担当者が詳細を問いただすと、驚くような事実は判ってくる。このディナー会の主催は、ご高齢のお友達が集まっただけのグループであり、最初に送ってきたメールに記載されていた企業名はすでに廃業し存在しないものだった。

 会費は、1万5千円を越す高額なものだった。慈善事業でもなんでもない。そのレストランのコースメニューを調べても、その価格は高額なコースの部類である。にもかかわらず、無料での材料や講師派遣を求めてきていることに担当者は再び驚かされた。

 さらに、担当者を驚かせたのは、このお友達を集めたディナー会は過去に10回以上、同じ形式で開催されてきており、高額な素材が無料で提供され、無償で講師が派遣されてきたことだった。念のために書いておくが、この会の主催者の人たちは、政治家や地元の名士などといった強いコネクションを持っている訳でもない。何の紹介もなく、突然、無料提供依頼のメールを送ってきたのである。

・「無料でもらえるのが当たり前」=「無料で配るのが当たり前」

 今回、依頼を受けた団体は、そもそもそうした予算を持っていない。提携している飲食店を都内にも持っているが、そうした店舗へも有償でしか提供をしていない。

 ところが、無料提供を断ると、主催者の一人は驚きの声を上げたと言う。

「無料提供を断ってきたのは、あなた方が初めてですよ。びっくりしました。なぜなんです?」

 ここで判ったのは、この人たちが「無料でもらえるのが当たり前」だと思っており、つまりは「無料で配るのは当たり前」だと思っている人たちが存在していることだ。

 考えてみて欲しい。実態のはっきりしないグループで、今までの繋がりもなく、高額な参加費を徴収する有料のイベントで、「あなたの会社を宣伝してあげるから、タダで商品を提供してくれ」と言われて、商品を相当な金額分、簡単に提供するだろうか。民間企業ならば、当然、慎重に扱うだろう。

 もちろん「無料提供もあり得る」という人も企業もいるだろう。それは、「それ相応」の宣伝効果なり、社会貢献なりが見込める場合に限るのではないだろうか。

 にも、関わらず、どうして「無料で配るのは当たり前」だと考える人たちが現れてしまったのだろうか。

・補助金で賄うと痛みを感じない

 不思議なのは、かなりの量を提供すれば、相応の代金が発生することになる。いったい、今までのディナー会に無償提供していた団体は、どのようにそれを賄っていたのだろうか。提供されたディナー会の資料を見ると、協力しているのは、市町村や県、あるいはその外郭団体である。資金は地方振興に関わる予算から支出されたり、講師派遣は公務員の出張などで処理してきていたようである。そうして支出された分が、本当に効果のあるものなのか、本当に必要な活動なのかのチェックが緩くなっている。

 

 「東京で、それも立派な場所でやってくれるのだから、無料で提供しようと、あまり深刻に考えずにやってしまうというのは、珍しいことではない。それも、善意で言ってこられた場合には、悪い人たちではないからとなってしまいがち。」

 ある地方の産業振興を担当する公務員は言う。さらに、地域振興や地域産品の拡販には、補助金や予算がつけられており、「首都圏での拡販だというと、割と通りやすい。我々、公務員は、民間企業の人のように、そこで掛けた金が、どれくらいになって戻ってくるのか、よく言うコストパフォーマンスを考える習慣はない。こういうのをやりました。そこにこれだけ人数が来ました。そういう発想しかないのが大半。」とも言う。

 

 農業を営む知人は、「東京でなにか宣伝してくれる。協力して欲しいと役場や公的な団体から頼まれると、それを信じて無料や原価割れの価格で提供することは珍しくない。」と話す。同じ農業を営む仲間の間でも、こうしたことの効果に疑問の声も出ており、「経営ということを考えれば、役場が言っているからと信用するのではなく、もう少し慎重に考えなければならない。」という話になっていると言う。「農業を取り巻く環境も大きく変わっている。お人よしでは生き残れない。」

 今回の場合、すでに10回以上、ディナー会が開催されており、すでに複数の市町村や県が協力しているという「悪しき前例」も付いてしまっているために、「役所的には安心できる」状態が出来上がってしまっていたのだ。

・無料提供は効果があるのか?

 「そんな厳しいことを言わなくとも、一生懸命やっていただいているのだから。」あるいは、「応援しようとしてやっているのだがら。」という意見が依然として根強いのも現実だ。しかし、その「無料」の原資、つまり金の出どころはどこなのか、考えているだろうか。周り回って、私たちの財布から出ている税金である。

 もちろん、無料提供をすべて否定するわけではない。サンプル提供が大きな効果をもたらすこともあるし、ある程度の無料提供も営業上必要であることは否定しない。

 しかし、問題としたいのは、多くの場合、最初に、「この無料提供は効果があるかどうか」のしっかりとした検討が行われていない点だ。

地方には貴重な素材がたくさんある
地方には貴重な素材がたくさんある

・いったい何のためにやっているのか

 地域経済の振興とか、地域の産業振興が目的であれば、それは「経済」=「金」の問題であるし、「気持ちや想い」も大切であるが、「金」の流れを無視することはできない。

 「あなたたちは、何のためにやっているの? イベント的に、うちの店でお客に無料で提供するのであれば、無料でもらう。でも、その後はどうするの。ずっとタダでくれる? 違うでしょ。最初から、ちゃんとした価格で購入します。心配してもらわなくとも、原価計算して、ちゃんとした価格でお客さんに提供して喜んでもらうのがうちの仕事だと思っている。その代り、良い物を提供してね。」

 冒頭の団体の担当者は、協力してくれている都内の飲食店の経営者に、そう叱咤された。気持ちや想いがあるからこそ、無料では貰わない。無料では渡さない。

 継続的な関係を構築するためには、どうすれば良いのか。安易に「タダ」や「激安」に頼るのではなく、お互いが納得できる適切な価格で販売することにもっと努力すべきではないだろうか。「いったい何のためにやっているのか」を絶えず自問することが大切だ。

 冒頭の団体の担当者は、次のように話している。

 「結局、主催者側は材料代も払って、講師謝金と交通費も払っても、特に問題なかったようです。いったい、なにを考えて無料で提供しろなんていってきたのでしょう。今までの団体は、なぜ高額な素材を無料で提供してきたのでしょうか。他山の石として、自分たちの活動を反省する良い機会になりました。」

・断ることも・・・・

 最初から、「無料で素材を提供しろ」、「無料で講師を派遣しろ」と当然のように言ってくる相手には、期待しない方が良い。世の中に無料のものなど存在しない。その「無料」をねん出するために、どこかの誰かが負担しているということを想像できない相手は、継続的なビジネスパートナーにはなりえないだろう。

 自治体や産業振興団体の方々には、ぜひ、もう一度、考えてもらいたい。その無料提供、無料招待、無料派遣は、本当に「産業振興」に役立っているのか、「タダ」で本当に良い関係を構築できているのか。「タダ」で客寄せをして、その後、その客はリピーターになってくれているのか。

 今回の一連のできごとを聞き、社会人になったばかりの頃、よく上司に言われたことを思い出した。

 「断ることも、大切な仕事の一つ」

 

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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