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君はなぜブラック企業を志望するのか?

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

5月10日、厚生労働省が、長時間労働や賃金不払いなど労働関係法令に違反した疑いで送検された企業、いわゆるブラック企業の一覧を作成し、同省の公式サイトに掲載した。2016年10月から2017年3月の間に、労働関係法令に違反した疑いで送検された334件の企業・事業場名や違反内容などが掲載されている。今後、毎月更新され、送検が公表された日から約1年間掲載されることになっている。

しかし、ここまで問題になっているにも関わらず、なぜ「ブラック企業」を志望してしまう学生がいるのだろう。

・ブラック企業の情報は、大学生同士で情報交換されているが

ちょうど大学4年生の就職活動が全盛期を迎えているこの時期に発表されたことで、就活生の参考にもなると考えられる。もちろん、ここで公表されているのは氷山の一角で、発覚を免れているブラック企業はまだ多いと指摘する声も強い。

実際には、厚生労働省の発表を待たなくとも、長時間労働や賃金不払い、パワハラなど問題のある企業の名前は、ネットや口コミで広がっていることが多い。大学生同士で、「あそこの企業は止めた方が良い」、「同じ業界でも、あそこだけはやばいらしい」という情報交換がなされている。

企業説明会などに参加し、「どうもおかしい」と感づいて帰ってくる学生も多い。業界全体がと言うよりも、同じ業界でも、企業ごとにその経営風土や従業員の労働環境に大きな違いがあることは、私自身、サラリーマン時代、強く感じたものだった。それだけに、同じ業界だからと情報収集に手を抜かず、その企業はどうかをよく研究することが重要だ。

・「ブラック企業」のあの手この手

「ブラック企業」に就職してしまった学生は、もちろんこうした企業研究や情報収集が不足していたという点では、自己責任であるという批判もあながち間違ってはいない。

しかし、「ブラック企業」側は、その特性上、買い手市場の「氷河期」であろうが、売り手市場の「温暖期」であろうが、慢性的な人材不足に陥っている。それだけにあの手この手で学生たちを囲い込もうとしているという事実も知っておく必要がある。

「ブラック企業」が慢性的に人材不足になっているのは、当たり前の話で、次々に退職者を出しており、それをよしとする経営者が存在しているのだ。採用担当者は、こうした経営者から、多くの人材を採用するように厳命されており、そのノルマを達成しないと叱責されるために、必死に求人に当たる。

・ブラック企業は採用側も必死

実際に「ブラック企業」の人事担当部署で働いていたという人に話を聞いたことがある。ワンマンの創業社長で、長時間労働や賃金不払いなど労働関係法令に違反していることを指摘されても、「自分はそんなことを気にせずこの会社を大きくした。できない奴が悪い。」という考えを変えようとはしない。さらにその持論に賛同する管理職社員が取り巻いている。

当然、人事担当者にも採用数のノルマが課せられ、「とにかく人数を集めなくていけないという強迫観念だけで仕事をしていた。」と言う。さらに「入社までも、同業他社の社員や大学の同級生などと話しをされると、自社の待遇の悪さに感づかれるので、パーティーだの懇親会だのとできるだけ他からの情報が入らないようにし、仲間意識を持たせ、食事もごちそうになってしまったという印象をつけて逃げられないようとしていた。」とも言う。

・覚えのない企業から怒鳴られる

「応募した覚えのない企業から、面接の葉書が来たので、放っておいたのです。そうしたら、電話がかかってきて、いきなり怒鳴られた。」企業の人材担当者を名乗る男は、「葉書見たんですよね。見たんなら、ちゃんと対応するのが社会人としてのマナーでしょう。そんなので社会に出てやっていけると思っているのですか。」と一方的にまくしたて、「仕方ないのであなただけ特別に面接の機会を与えましょう。」と言い放った。「怒鳴られた瞬間に頭の中が真っ白になって、謝らなきゃと思ってしまったのですが、だんだん落ち着いてきて、行くつもりはありませんと電話を切ったのですが、真面目なおとなしい人なら勢いに飲まれてしまうかも。」

圧迫面接ならぬ、圧迫募集である。

「優秀な君だけに」という別パターンもある。いずれも実際に私のゼミの学生が体験したことだ。

・アルバイト先での褒め殺しの理由

学生たちの「世間知らず」を批判する人は多いが、「ブラック企業」の人事担当者たちの手法も巧妙かつ悪質になっていることも注意が必要だ。

アルバイトの段階から囲い込もうとする動きも激しい。今まで、あまり他人から誉められた記憶がないという学生は多い。こうした学生たちが、初めて誉められるのがアルバイト先なのだ。「バイト先は、私のことをものすごく評価してくれています。私が行かないと店が回って行かないのです。」と就活に時間を割けない理由を主張する学生が時々いる。

さらに「就職は心配しなくていい、成績なんてどうでもいい。大学の授業なんて、どうせ役に立たないと言ってます。大学辞めてうちに入社しろと言ってくれています。」

人はみんな、自分を必要としてくれていると思いたいし、そう思うことで幸せを感じるだろう。しかし、少し立ち止まって冷静に考えた方が良い。

・その「社会人マナー本」は大丈夫か

過労死や自殺などは自己責任であり、時間外労働は本人の処理能力の低さに起因しているのだから、最後までやるのが「大人の社会人のマナー」だと、学生や若いサラリーマン向けに主張する経営コンサルタントや士業の肩書を持った人たちが書いた自己啓発系の書籍が出回っている。これを渡すといった手の込んだ手法を使う「ブラック企業」もある。

なんでもそうであるが、一つの見方からの意見だけで判断するのは止めるべきだ。こうした本だけに影響されると、「ブラック企業」側の思うつぼだ。

・いったん入社してしまうと・・・

いったん「ブラック企業」に入社してしまうと、囲い込みは一段と強くなる。「どこの会社も同じ」、「親や友人に相談しても無駄」、「仕事がこなせないのは、自分自身がだめだから」、「今やめると仲間を裏切ることになる」、「負け犬はどこに行っても負け犬」など、ある側面では正しいと思えるような言葉を使って、心理的に辞められないような状態に追い込まれてしまう。真面目で責任感が強い人ほど、こうした状況に陥りがちなのだ。

「世の中に、命を賭けてまでやらなきゃいけない仕事なんてほとんどない。肉体的にも精神的にも、そこまで追い詰められているなら、辞めてしまえ。」と言うと、過去に相談しに来た卒業生たちは、一様にほっとした表情を浮かべる。「先生に相談したら、もっと頑張れと言われるかと思った。安心した。」と泣き出した卒業生もいた。

・行かない、受けない、入らない

怪しいと思った企業でも、周りから「ブラック企業だ」と言われても、いったん内定通知を手にすると、それにすがって安心したくなる。だからこそ、注意しておきたい。

怪しい企業の説明会には出かけない。志望しない。試験を受けない。

「苦労は買ってでもしろと言う。どこの会社に入っても、大変なのは同じだ」と言う大人は多い。しかし、本当なのだろうか。買っても価値のない苦労は買わない方が良い。どこの会社に入っても、働くことが大変なのは同じだ。しかし、その代償が同じだとは限らないのだ。

幸い、就職市場は温暖化で、売り手市場だ。就職活動する学生諸君にとっては、恵まれた環境だ。慎重に働く場所を考えよう。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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