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子どもを育む環境 囲碁界の「内弟子」

内藤由起子囲碁観戦記者・囲碁ライター
石田篤司九段宅で内弟子として修業するふたり=石田篤司九段撮影、提供

囲碁界のレジェンド、「名誉」称号を持っている棋士、小林光一名誉棋聖、趙治勲名誉名人、石田秀芳二十四世本因坊、林海峰名誉天元、大竹英雄名誉碁聖らは、子どもの頃、共通の体験をしている。

幼少のころ親元を離れて、師匠宅に「内弟子」として入り、修業時代を送っているのだ。

この内弟子制度によって、多くの子どもたちが育まれ、棋士へと成長している。

碁漬けの生活が送れる。ライバルが身近にいることで、切磋琢磨して成長できる等々、内弟子制度の効用は多くの棋士が認めるところ。

けれども近年では住宅事情もあり、内弟子をとれる棋士(師匠)も減ってきた。

相撲部屋は弟子がいると協会から援助があるが、囲碁界では内弟子をとっても、どこからもお金は入ってこない。すべて、棋士の気持ちひとつなのだ。

そんな中、志のある棋士が続けている。

現在、内弟子をとり、一緒に生活している石田篤司九段に話をうかがった。

石田篤司九段 昭和44年生。大阪市富田林市出身。山下順源七段門下。昭和59年入段。平成13年九段。平成11年新鋭トーナメント準優勝。平成12年、13年棋聖戦リーグ入り。=筆者撮影
石田篤司九段 昭和44年生。大阪市富田林市出身。山下順源七段門下。昭和59年入段。平成13年九段。平成11年新鋭トーナメント準優勝。平成12年、13年棋聖戦リーグ入り。=筆者撮影

師匠自身も内弟子経験者

石田九段は大阪府富田林の自宅で、現在、2人の小学生を弟子としてとっている

1人は福岡県出身。プロを目指して親元を離れ、転校して石田九段の自宅で生活している。

プロ養成機関の「院生」の試合は、土日に行われており、そこに通うため、もう1人は土曜日だけ宿泊している。

子どもたちの生活全般のめんどうは、石田九段の母親と妻が担っている。

食卓を囲む弟子たち=石田篤司九段撮影、提供
食卓を囲む弟子たち=石田篤司九段撮影、提供

石田九段は、もともと子どもに教えるのが好きで、自宅で子ども教室をやっていたこともあった。

内弟子をとるようになったのは、石田九段自身、内弟子経験者だったことが大きい。師匠宅の3LDKのマンションで、師匠の家族と弟子、10人ほどで生活していた。

石田九段「内弟子は少なくともマイナスにはなりません。僕自身、一緒に生活するライバルがいたことがありがたかった。ライバルが勉強していたら、こっちは遊べませんから」

師匠宅にいれば、遊びにくい。怠け心を制することができるし、わからないことがあればいつでも質問できる。自身の経験からも、次世代を育てる環境には内弟子として生活させるのがいいと考えているのだ。

師匠への恩返しの意味も大きいという。

これまで石田九段は、2人の弟子をプロ棋士として誕生させている。

「吉川一(三段)と寺田柊汰(初段)は中学生のときから内弟子で来ていたので、何も言わなくても熱心に碁漬けの生活を送っていました。今いる子たちは小学生でまだ幼い。詰碁を出題するなど面倒を見ています」と石田九段。子どもの個性、性格に合わせて成長を見守っている。

新型コロナウィルスのため学校は休校。朝から家で詰碁の勉強中の弟子たち=石田篤司九段撮影、提供
新型コロナウィルスのため学校は休校。朝から家で詰碁の勉強中の弟子たち=石田篤司九段撮影、提供

石田九段の決意と方針

子どもを預かるときに、親と本人に必ず言うことがあるという。

「自分の子どもと思って育てるので、実子と同じことをします」と。

迷うことがあったら、自分の子だったらと考えて判断する。

そして、本人の意志を確認する。「まわりから言われたので」などとは一切言わせない。自分で決めたことは、誰のせいでもなく自分のせい。

これは、碁の本質につながることでもある。碁は自分で判断し、自分の着手に責任を持っていくゲームだ。

社会人としても恥ずかしくないよう育てることも大事だと思っている。碁だけ強くてもだめだ。

石田九段「今後、希望者がいればとって行きたいけれど、僕1人では無理。母や妻がギブアップするまではがんばっていきたい」

人間どうしの交流が大切

強い囲碁AIが登場し、囲碁を勉強する環境は激変した。

碁が強くなるには、それぞれ個人がパソコンに向かい、AIと打っていればいいというものでもない。

中国や韓国など、日本勢が遅れをとっている国では、トップ棋士たちが日頃から集まって研究している。

結局は、人間どうし集まって研究したり打ったりするのが、大切だということなのだろう。

囲碁観戦記者・囲碁ライター

囲碁観戦記者・囲碁ライター。神奈川県平塚市出身。1966年生。お茶の水女子大学大学院修士課程修了。お茶の水女子大学囲碁部OG。会社員を経て現職。朝日新聞紙上で「囲碁名人戦」観戦記を担当。「週刊碁」「囲碁研究」等に随時、観戦記、取材記事、エッセイ等執筆。囲碁将棋チャンネル「本因坊家特集」「竜星戦ダイジェスト」等にレギュラー出演。著書に『井山裕太の碁 AI時代の新しい定石』(池田書店)『囲碁ライバル物語』(マイナビ出版)、『井山裕太の碁 強くなる考え方』(池田書店)、『それも一局 弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ』(水曜社)等。囲碁ライター協会役員、東日本大学OBOG囲碁会役員。

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