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プーチンの「静かな動員」とは――ロシア国民の身代わりにされる外国人

六辻彰二国際政治学者
「祖国防衛の日」に無名戦士の墓に詣でるプーチン大統領(2023.2.23)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

  • 兵員不足を補うため、ロシア軍は外国人のリクルートを加速させている。
  • その背景には、徴兵に対する国民の批判・不満があまりに強く、ロシア政府がそこに一定の配慮をせざるを得ないことがある。
  • いわばロシア人の代わりにされる外国人の多くはロシア在住の外国人労働者で、その弱い立場から逃れることも難しい。

 「国民の反発を招かずに兵力を補充する」という離れ技を演じる必要に迫られたプーチン政権は、外国人や移民に目をつけている。

軍務につけば給料は5倍

 ロシア政府は1月、軍の改革を発表した。それによると、正規軍の兵員が現状の135万人から150万人に増やされる。

 そこには長期化するウクライナでの戦闘による深刻な兵員不足をうかがえるが、リクルートの対象はロシア人よりむしろロシア国内に居住する外国人とみられる

 もともとウクライナ侵攻が始まる以前からロシア軍は、ロシア語を話せるなどの条件を満たす外国人を受け入れていた。軍務を終えた者は優先的に国籍が取得できる(この手法そのものはロシアだけでなくアメリカなど欧米各国でも珍しくない)。

 しかし、ウクライナ侵攻後、兵員不足が明らかになるにつれ、外国人リクルートは加速してきた。昨年9月ロシア軍は勤務期間を5年間から1年間に短縮するなど、外国人の入隊に関する規制を緩和した

 リクルートの主な対象になっているのは、周辺の中央アジア、カフカス、中東などからの外国人労働者で、なかでもロシア国内に約300万人いるとみられるタジキスタン、キルギスタン、ウズベキスタン出身者が中心とみられる。外国人兵士に支給される給与は、他の仕事の平均の5倍ほどといわれる。

 その結果、例えば昨年9月には中央アジアのタジキスタン出身者1500人からなる部隊がウクライナに派遣されている。

ロシア政府の危機感

 外国人の利用は正規軍だけでなく、ロシア政府の事実上の下部組織である軍事企業ワグネルでも同じだ。

 ワグネルなどで雇われる外国人戦闘員も2014年のクリミア危機以降、ウクライナで活動してきたが、その人数はウクライナ侵攻後、中東や中央アジア出身者を中心に急増しているとみられ、去年3月の段階でロシア国防省は1万6000人と発表していた。

 1月に発表された軍の拡大にともない、こうした外国人リクルートがさらに加速するとみられるわけだが、それは一般のロシア国民を戦場に駆り立てるのが難しくなっていることと表裏一体の関係にある

 昨年9月にロシア政府は、30万人を徴兵できる「部分的動員」を発令したが、同じような動員令を再び発出することは難しいとみられる(1月の軍制改革は「職業軍人の増員」であって市民の動員とは異なる)。国民の反発があまりに強いからだ。

 それをうかがわせるのが、その直後の2月1日に公開された動画だ。ロシア政府が公開したこの動画では、軍高官がプーチンに「9000人が‘違法に’徴兵された」と報告・謝罪する様子が流された。

 この動画では、部分的動員そのものが間違っていたとはいっておらず、あくまで手続に問題があったといっているに過ぎない。また、SNSなどでの政権批判に対する取り締まりは、むしろエスカレートしている。

 それでも、「あの」ロシア政府・軍が自ら失策を認めたことは示唆的だ。戦争に駆り出されることへの批判や不満がそれだけ国民の間に充満し、ロシア政府がこれに強い危機感を抱いていることをうかがわせるからである。

国民の不満を買わない兵力増強

 もともとロシアでは保守派を中心に「部分的動員」ではなく「総動員」を求める声も大きかった。

 しかし、国民全てを問答無用で戦争に駆り立てる政治的リスクは高い。1916年のロシア革命は、第一次世界大戦で経済が疲弊し、生活が困窮したことへの不満を大きな背景にしていた。

 だからこそ、プーチンは部分的動員でお茶を濁したといえる。

 それでも、部分的動員を受けてロシアでは抗議デモが加速しただけでなく、徴兵対象の20~30歳代男性を中心に数十万人が出国した。

 いかなる「独裁者」も国内の支持を失って戦争を続けることはできない。異例ともいえる動画の公開は、「ロシア国民の不満を無視していない」というプーチン政権のメッセージといえる。

 その一方で、ウクライナでの戦闘を続けるため、ロシア政府は兵員を確保する必要がある。そのなかで、国民の不満をできるだけ買わないで徴兵できる対象は限られてくる。

 これまでロシアでは刑務所に収監されている受刑者がリクルートされてきたが、ワグネルは2月初旬、その中止を発表した。

 特赦を条件に凶悪犯を戦場に送り出すことはもちろん、正規軍兵士の犠牲を減らすため「受刑者あがり」ほど不利な戦場に回す手法が、内外の悪評を買ったためとみられる。

 その理由はともあれ、受刑者という「手駒」がなくなった以上、やはり一般の国民から不満を招きにくい人間としての外国人に、プーチン政権がこれまで以上に目を向けたとしても不思議ではない

 公式に不満が出にくい者を戦争に駆り立てる手法を、アメリカの戦争研究所は「静かな動員」と呼ぶ。

逃れられない外国人

 ロシア軍に入隊する多くの外国人の出身国である中央アジア各国の政府は、「外国での戦闘に関わること」を禁じている。

 それでも中央アジア出身者の間からロシア軍入隊が絶えない一因には、ロシアに対する経済制裁がある。

 経済制裁で(西側が期待するほどでなかったとしても)ロシア経済がダメージを受けるなか、外国人労働者ほどレイオフされやすく、これは結果的にロシア軍入隊を後押ししてきたのである。

 また、例えばタジキスタンの場合、GDPの約1/4はロシア在住者からの送金が占めるなど、出稼ぎ者の送金に依存する経済構造もある。

 とはいえ、当然ながら入隊を望まない外国人も少なくない。そのため、ロシア政府は拉致同然に外国人や移民を入隊させることさえし始めている

 今年初頭から(ロシア人の出国は可能なのに)ロシア国籍を持たない中央アジア出身者に出国が禁じられたばかりか、軍の徴兵所への出頭が命じられる事案が頻繁に報告されるようになった。

 さらに1月13日、ロシア検事総長は「ロシア国籍を取得した中央アジア出身者は軍務に就く法的義務を負う」と発言したばかりか、「他の者より優先的にウクライナに派遣されるべき」とも付け加えた。

 このような露骨な差別的対応があっても、一般ロシア人からは不問に付されやすく、中央アジア各国の政府が公式に抗議することはない。

 こうして無理やり駆り出された兵員で頭数を揃えることが戦術的にどれだけ意味のあることかは疑問だが、それと同時にロシア政府による「静かな動員」は、非常時にマイノリティほど不利な扱いを受けやすいことも象徴するといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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