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「ヨーロッパ屈指の汚職体質」ウクライナ――支援は有効活用されるか

六辻彰二国際政治学者
EU首脳会議出席のためベルギーを訪問したゼレンスキー大統領(2023.2.9)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ロシアに対抗するため、先進各国はウクライナに支援しているが、そこには「浪費されるかも」という懸念がつきない。

スキャンダルで国防大臣が更迭

 ゼレンスキー大統領のヨーロッパ歴訪の陰であまり報じられなかったが、ウクライナではその直前の2月5日、レズニコウ国防大臣が解任され、ブダノフ情報局長を後任にあてる人事が明らかになった。

 これは政府の公式発表ではなく、ゼレンスキー大統領の側近アラカミア氏がSNSで発表したものだ。それによると、今月末にかけてロシアの大規模攻勢が予測されるなかでの「戦局をにらんだ人事」という。

 しかし、それを真に受けることもできない。

 解任されたレズニコウ前大臣は、ウクライナ軍が購入する装備や食糧などの水増し請求や架空請求などの疑惑の渦中にあったからだ。国防省を舞台にする汚職をめぐって、すでに副大臣などは解任されていた

 今回、レズニコウに代わって国防大臣に就任するブダノフは諜報機関の責任者で、要するに汚職を摘発する側でもある。

ヨーロッパ屈指の汚職体質

 残念ながらというべきか、このスキャンダルは氷山の一角だ。

 レズニコウ更迭と前後して、ウクライナ最大の国営ガス企業を舞台とした10億ドル相当の横領の嫌疑で、有力新興財閥(オリガルヒ)の一人コロモイスキー氏だけでなく、前エネルギー大臣も捜査対象になっている。

 ソ連崩壊にともなって1991年に独立したウクライナでは、共産党体制の遺産もあり、もともと透明性が低く、汚職が蔓延している。

 世界各国の透明性をランキング形式で発表しているトランスペアレンシー・インターナショナルによると、2021年のウクライナは180カ国中122位だった。これはアフリカのザンビア(117位)やガボン(124位)と大差ない水準だ。このランキングでウクライナを下回ったヨーロッパの国はロシア(136位)だけだった。

なぜこのタイミングか

 今回、突然のように汚職摘発が相次ぐことには、政治的な背景がある。応用政治調査センター(Penta)のフェセンコ博士は汚職の摘発をゼレンスキー大統領にとって「一石二鳥」と表現する。

 第一に、ソ連時代からの汚職にうんざりしているウクライナ国民向けのアピールだ。もともと有名コメディアン・俳優のゼレンスキーが2019年大統領選挙で当選した背景には、汚職にまみれたエリートに対する反感と、政治経験がほぼゼロであることがゼレンスキーに有利に作用したことがあった。

 第二に、「汚職撲滅に熱心」というメッセージを発することで、透明性の向上などを条件とするEU加盟のハードルを引き下げることだ。今回の国防大臣交代がゼレンスキーのヨーロッパ歴訪の直前に行われたことは、これを示唆する。

 ただし、この「一石二鳥」がどこまで意味のある対策に結びつくかは疑問だ。汚職撲滅をアピールするゼレンスキー自身がスキャンダルと無縁ではないからだ。

 2021年10月に一斉に公開された、世界の大物による税回避とマネーロンダリングの実情を暴いた「パンドラ文書」には、プーチンらロシア政府高官とともにゼレンスキーの名もあった。ゼレンスキーの広報官はかつて、この問題に対するイギリスメディアの質問に「答えるつもりはない」と返答している。

 今回、国防大臣を事実上更迭されたレズニコウに関しても、厳格な調査や法的手続きが機能するかは怪しい。

 国防大臣交代の直後、ゼレンスキーの側近の一人でロシアとの交渉を担当するポドリアック氏はTVで「西側各国の要人たちとレズニコウの‘素晴らしい’個人的な関係は、ウクライナへの軍事支援を支える」と述べ、国防大臣以外のポストに就任する可能性を示唆した。これは要するに、国防省をめぐる汚職を実質的にうやむやにすることと解釈できる。

支援は活用されるのか

 ここで問題になるのは、先進国の支援が無駄にならないかという懸念だ。

 アメリカのバイデン政権は昨年からすでに100億ドル以上をウクライナに支援してきた。それよりかなり少ないものの、日本政府もすでに合計1000億円程度を提供している。

 一般的に、膨大な資金とりわけ返済義務のない無償援助が海外から流入することが、国や文化に関係なく、汚職の広がるきっかけになることは珍しくない。通常の開発協力でも相手国の汚職によって期待された効果があがらないこともよくある。

 だからこそ、アフリカなどの貧困国に対して欧米各国は「汚職対策の不備」を理由に支援を凍結することさえある。また、中国は2010年代末からアフリカなどでのインフラ建設のための資金協力にブレーキがかかったが、そこには中国自身の景気減速に加えて、やはりアフリカ側の汚職や過剰要求にクギを刺す目的もあったとみられる。

 ところが、アフリカ各国と同じ程度の透明性と評価されていても、ウクライナに関して先進国は総じて物分かりがいい。少なくとも、先進国からこの点に関する改善要求はほとんど聞こえてこない。

火の手が上がってもザルに水は注がない

 「戦時だから仕方ない」という意見もあるだろう。

 しかし、「戦時」を錦の御旗のように掲げるのは冷静な判断を妨げやすい。

 むしろ、たとえ戦時でも、少なくとも自国が直接的な被害に合わないなら、無制限に協力しないのが国際政治の定石だ。それを体現してきたのは、ウクライナ支援の先頭に立つアメリカに他ならない。

 古典的な例としては、第二次世界大戦直後の中国で国民党と共産党が衝突した国共内戦があげられる。アメリカは大戦中から共産党を警戒し、国民党を支援していたが、最終的に1947年にこれを打ち切った。国立台湾大学の孫同勛教授はその大きな要因として、国民党の腐敗をあげている。国民党指導層には支援の私物化が目立ったのだ。

 当時、ヨーロッパではベルリン封鎖をめぐって米ソの対立がエスカレートしつつあった。

 一方、当時の時代背景のもとでは中国大陸を共産党に握られてもアメリカが被るダメージは限定的だった。その結果アメリカは、中国大陸でザルに水を注ぐことはしなかったといえる。

友好国だから信用できるのか

 より最近の例では、アフガニスタンがこれに当たる。

 2001年以降、アメリカはアフガニスタンで1兆ドル以上費やしたが最終的にイスラーム勢力を駆逐できないまま2021年に撤退した。その一つの要因は、アメリカ自身がテコ入れし、初めての民主的選挙で成立したはずのアフガニスタン政府が、やはり膨大な資金援助に慣れ切り、汚職にまみれたことだった。

 政治家から軍人、末端公務員に至るまで、治安対策より不正蓄財に熱心になった結果、アメリカ撤退に合わせてタリバンが大攻勢を仕掛けてきた時、正規軍兵士ほど戦場から逃れ、政府要人ほどいち早く国外に脱出することが目立った。そのため、少なくないアフガン国民が政府に辟易したとしても不思議ではない。

 つまり、「汚職が蔓延するアフガン政府にこれ以上テコ入れしても無駄」、「タリバンがアメリカを攻撃しないと確約すればそれで問題ない」という割り切りがあったからこそ、タリバン復権を承知でアメリカはアフガニスタンから撤退したといえる

 ゼレンスキー政権もこうした先例を承知しているだろう。まして、米国では昨年の中間選挙でウクライナ支援に消極的な共和党が議会下院を握った。

 こうしたなかで支援を確保するためには、「ウクライナが民主主義国家の一角であること」や「ロシアが先進国をも攻撃しかねないこと」を強調するだけでなく、その実態はともかく「汚職対策に熱心」とアピールすることが必要になっている。

 たとえ友好国でもお互いを信用し切らない。ウクライナと先進国の間の微妙な関係は国際政治の冷たさを象徴するといえる。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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