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タリバン大攻勢を生んだ3つの理由――9.11以来の大転換を迎えるアフガン

六辻彰二国際政治学者
ヘラートに集まった反タリバン民兵(2021.7.10)(写真:ロイター/アフロ)
  • アフガニスタンは米軍撤退とタリバンの猛攻により、9.11以来の大転換を迎えている。
  • タリバンの大攻勢は米軍撤退だけでなく、これを食い止めるべきアフガニスタン政府・軍の無気力・無力によっても加速してきた。
  • さらに、タリバンが経済的に自立したことで、外部から影響を受けにくくなったことも、大攻勢につながっている。

 アフガニスタン軍より兵力に劣るはずのタリバンは、なぜ各地の主要都市を次々と制圧できたのか。そこには大きく3つの理由があげられる。

カタストロフの淵へ

 タリバンは8月15日、ついに首都カブールを包囲し、アフガニスタン政府と権力の委譲について交渉を始めた。アフガニスタンは今、対テロ戦争が始まった2001年以来の大変動を迎えている。

 イスラーム武装組織タリバンは各地の主要都市を次々と制圧し、今やアフガニスタンの3分の2はタリバンの支配下にあるといわれる。

 戦闘が激化するなか、国外脱出を目指す人々がカブール国際空港に押し寄せている他、各国の大使館に難民申請をするために詰めかけている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、アフガンでは昨年暮れまでに290万人が避難民になっていたが、今年の初めからの戦闘でさらに40万人増えた。

 こうした状況にグテーレス事務総長は13日、アフガニスタンが「制御を失っている」と表現して戦火の拡大に懸念を示し、「真剣な交渉を行なうべき時」と指摘した。欧米メディアではタリバン大攻勢でカタストロフ(崩壊)が近いという論調が目立つ。

「もはやテロリストではない」

 タリバン兵の総数はおよそ6万人、それに協力する民兵を含めても20万人程度と推計され、アフガニスタン軍の30万人より少ないと見積もられている。

 それにもかかわらず、なぜタリバンはアフガン全土を掌中に収めつつあるのか。そこには大きく3つの理由がある。

 第一に、アメリカ撤退による勢いだ。

 昨年3月、当時のトランプ政権はタリバンとの間で和平合意を締結した。ここでは戦闘停止、タリバンが国家再建についてアフガニスタン政府と交渉することなどの条件と引き換えに、米軍の撤退が約束された。

 2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件とそれを契機としたアフガニスタン侵攻の後、米軍はアフガニスタンの政府・軍を支援しながら、タリバン掃討作戦を続けてきた。しかし、地方に根を張ったタリバンのテロ攻撃に手を焼いた米軍は、結局撤退に追い込まれたのである。

 これはタリバンにとって事実上の勝利だ。そればかりか、「テロリストとは交渉しない」と言い張り続けてきたアメリカがタリバンと対等の交渉に臨んだことは、「タリバンはテロリストではない」とアメリカが認めたことにもなる

 「アメリカに勝った」高揚感に包まれるタリバンが、その目に「アメリカの傀儡」と映るアフガニスタン政府とまともに交渉する気がなくても不思議ではない。

 各地を次々と制圧するタリバンに対して、米軍は一部で空爆などを行なっている。しかし、バイデン大統領は同時多発テロ事件の記念日に当たる9月11日を目前に控えた8月一杯で撤退を完了させる方針を変えていない。

 撤退を優先させる米軍の姿勢は、タリバン大攻勢の引き金になったといえる。

タリバンと戦う気のない政府と軍

 これに拍車をかけたのが、第2の理由である「アフガニスタン政府・軍の無気力・無力」だ。

 アメリカの撤退はアフガニスタン政府・軍からすれば「見捨てられた」に等しい。だからこそ、アフガン政府はタリバンとアメリカの交渉そのものに反対し続けただけでなく、国家再建についてタリバンと交渉することにも消極的だった。

 しかし、だからといって20年間アメリカの庇護下に置かれてきたアフガニスタン政府には、タリバンと本気で対峙する気力も能力もない。

 実際、タリバンは8月12日、アフガニスタン第二の都市カンダハルと第三の都市ヘラートを相次いで制圧したが、その際に政府関係者がいち早く退避し、都市を事実上タリバンに明け渡した。カンダハルの住民はアル・ジャズィーラの取材に「彼ら(政府)は私たちを売った」と嘆いている。

 政府だけではない。アメリカがこれまで数十億ドルの武器・装備を提供してきたアフガニスタン軍の兵士のほとんどは、汚職にまみれた体制の末端公務員に過ぎないため、モラルも士気も低く、タリバンとまともに戦おうともしない。

 例えば、14日に陥落した第4の都市マザリシャリフでは、アフガニスタン軍がまっさきに降伏して市外に撤退し、これによって正規軍と戦列を共にしていた反タリバンの民兵まで総崩れになったという。

 さらに、各地であっという間に敗走するアフガニスタン軍は多くの武器・装備を放棄しており、タリバンはアメリカ製兵器で武装をさらに拡充している

 タリバン大攻勢は、アフガニスタンの政府や軍のほとんどが、有力者の縁故で就職し、ワイロなどで自分の懐を温めることしか考えない者だったことを白日の元にさらした。それは図らずも、アメリカのアフガニスタン政策がほとんど成果を残さなかったことをも浮き彫りにしたといえる。

「メガリッチ」タリバン

 そして第三に、タリバンがもはや誰にも遠慮しなくなりつつあることだ。

 もともとタリバンは1979年からのアフガニスタン内戦で発生した多くの難民が、隣国パキスタン内で訓練を受けて誕生したといわれる。つまり、アフガニスタンに勢力を伸ばしたいパキスタン政府が、その手駒としてタリバンを育成したとみられるのだ(パキスタン政府はこれを否定しているが)。

 そのため、今回の猛攻に関しても、反タリバン派の間では「パキスタンがタリバンを通じて攻撃してきた」という見方が支配的だ。

 ただし、パキスタン政府とタリバンの深い関係は確かとしても、アメリカ撤退に合わせてタリバンがアフガニスタンを一気に掌握することは、パキスタン政府にとっても負担が大きい。戦闘の拡大で生まれる難民の多くはパキスタンが引き受けることになるからだ。

 むしろ、タリバンが平和的に権力を握る方が、パキスタンにとってはメリットが大きい。だからこそ、パキスタン政府は昨年以来、タリバンに対して再三、アフガニスタン政府と交渉に臨むよう求めてきた

 しかし、それでもタリバンの猛攻が全く収まる気配のないことは、パキスタン政府の影響力がかつてほど強くないことをうかがわせる。その最大の要因は、タリバンが経済的に自立してきたことにあるとみられる。

 ネブラスカ・オマハ大学のハニフ・スフィザーダ教授は2020年のタリバンの収入を16億ドルと見積もり、「メガリッチ」と表現する。

 この推計によると、パキスタンやサウジアラビアなど海外のスポンサーからの支援が約1億ドル、海外の個人からの寄付が2.4億ドルだったのに対して、麻薬取引(約4.2億ドル)、鉱物などの違法採掘(約4億ドル)、支配地域での徴税(約1.6億ドル)など、タリバンの自前の資金源の方がはるかに多い

 イスラーム武装勢力といえども人間の組織であり、経済的に自立すれば外部から影響を受けにくくなることは必然だ。つまり、「軍事力を背景にした交渉でアフガニスタン政府に譲歩を迫る」というパキスタン政府の方針を、アメリカを撤退に追い込んで意気の上がるタリバンが「まだるっこしい」と捉えれば、「生みの親」パキスタン政府を振り切ってでも一気にカタをつけようとするだろう。

 こうして全ての流れがタリバン大攻勢に向かうなか、アフガニスタンは大転換の時期を迎えている。今年の9月11日をバイデン大統領は対テロ戦争の一区切りにしたいようだが、同じくタリバンにとっても大きな区切りになるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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