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「ロシア封じ込め」の穴(1)――ロシア非難をめぐるアフリカの分断と二股

六辻彰二国際政治学者
ロシア・アフリカ首脳会議でのプーチン大統領(2019.10.24)(写真:ロイター/アフロ)
  • アフリカにはロシア非難と距離を置く国が多く、それは1980年代のアフガン侵攻の時代と比べても目立つ。
  • ロシア非難に加わらない国には、ロシアに義理のある国が多い。
  • 西側に協力してロシア非難に加わる国のなかにも、実質的にはロシアとの関係を維持する国の方が多く、そこには西側の求心力の低下をうかがえる。

 ウクライナ侵攻をきっかけに、日本を含む西側は「ロシア封じ込め」に力を入れている。しかし、それが西側の期待通りロシアを孤立させているかは疑わしい。中国やインドだけでなく、最貧国の多いアフリカにもロシア批判と距離を置く国は目立ち、そこには西側の求心力の低下を見出せる。

ロシア批判を控えるアフリカ

 ウクライナ侵攻をきっかけに、当事者同士の非難の応酬はもはや珍しくもないが、その一方で沈黙にスポットが当たることはあまりない。

ロシアのウクライナ侵攻を避難する決議を採択した国連総会(2022.3.2)
ロシアのウクライナ侵攻を避難する決議を採択した国連総会(2022.3.2)写真:ロイター/アフロ

 とりわけアフリカには、そのことの良し悪しはともかく、西側のロシア批判と距離を置く国が少なくない。それは国連総会での決議からみて取れる。

 国連総会では3月2日、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議が、193カ国中141カ国の賛成で採択され、反対したのはベラルーシや北朝鮮など5カ国にとどまった。つまり、世界全体でみればロシア非難決議は圧倒的多数で採択されたことになる。

 ただし、アフリカに関しては事情が異なる。

 アフリカ大陸の国連加盟国54カ国のうち、3月2日のロシア非難決議に賛成したのは、28カ国だった。これに対して、反対票を投じたのはエリトリアだけだったが、棄権・無投票は合計25カ国にのぼった。要するに、明確にロシアを批判したのはアフリカの約半数にとどまったのだ。

冷戦時代より鮮明な分断

 この分断は、アフリカが東西両陣営に分かれていた冷戦時代より鮮明になっているといえる。

 1980年、その前年にソ連がアフガニスタンに侵攻したことを受け、アメリカなどの提唱によって国連総会でソ連非難決議の採択が行われた。これに賛成したのは104カ国で、当時の国連加盟国の68%を占めた。

 一方、今回のロシア非難決議に賛成した141カ国は、現在の加盟国全体の73%に当たる。これだけ比べると、アフガン侵攻の頃と比べて、ロシア非難に回る国は多い。

 しかし、アフリカに限れば、むしろ逆の傾向がみえる。アフリカのなかで1980年のソ連非難決議に賛成した国は54%だったが、今回のロシア非難決議に賛成した国は52%で、わずかながらも減少したからだ

ロシアへの「義理」

 なぜアフリカにはロシア非難に消極的な国が目立つのか。

 ロシア非難決議に賛成しなかった国のなかにはタンザニアやウガンダなど、冷戦時代から大国間の争いと距離を置いてきた国も多い。

 その一方で、アフリカには冷戦時代からロシア(ソ連)に「義理」のある国も少なくないアンゴラやモザンビークなどは、ソ連からの軍事援助を受けてポルトガルの植民地支配に抵抗した勢力が現在でも政権を握っている。

 また、南アフリカでは1994年、白人による人種隔離政策(アパルトヘイト)が終結し、多数派である黒人の権利が回復したが、反アパルトヘイト運動を最初に支援したのはアフリカ諸国と当時の東側共産圏だった。西側は南アフリカの当時の白人政権と友好関係にあり、反アパルトヘイト運動を当初「テロリスト」とみなしていたからだ。

 もっとも、先に反アパルトヘイト運動を支持したのは、ソ連の方がアメリカなどより人種差別的でなかったからというより、西側に対するイデオロギー批判の目的の方が大きかったといえる。

 とはいえ、どんな目的であれソ連の方が先に人種差別撤廃を求めるアフリカの声に応じたことは間違いなく、その意味でアフリカのなかにある根深い反欧米感情が、ロシアへの義理と結びついても不思議ではない。

ロシア人傭兵に頼る国

 過去の義理だけでなく、現在ロシアに頼っている国も少なくない。内乱が続くマリ、中央アフリカ、マダガスカルなどでは、ロシアの軍事企業「ワーグナー・グループ」の活動が目立つ。ワーグナーは要するに傭兵集団で、ロシア政府との深い結びつきも深く、ウクライナでの活動も指摘されている。

 しかし、アフリカではイスラーム過激派の台頭などによって国内の治安を十分に保てない政府が、ワーグナーと契約することが増えている。その一因は、西側先進国がアフリカの紛争への関与を控えるようになっていることだ。

 アメリカはトランプ政権時代にアフリカへの関与を控え、結果的に中国のアフリカ進出を加速させる一因となった。バイデン政権はアフリカへのアプローチを強める姿勢をみせているが、アフガン撤退など「テロとの戦い」から手を引くなか、アフリカへの軍事援助には消極的だ

 さらに、「アフリカの憲兵」とも呼ばれ、軍事協力を通じて影響力を保ってきたフランスも、アフリカの対テロ作戦から徐々にフェードアウトし始めている。

 ロシアのアフリカ進出はこうした間隙を縫うものだが、その一方でワーグナーによる民間人の殺害など深刻な人権侵害も数多く報告されている。それでも、治安悪化による政権批判を抑えたいアフリカ各国政府にとって、いわば背に腹は変えられない。

公式と非公式の狭間

 もっとも、アフリカの残り半分は西側とともに、国連総会でロシア非難決議に賛成したわけで、そのなかでもケニアの国連大使はロシアによるウクライナ侵攻を「植民地主義の歴史の産物」と非難し、そのシーンは西側メディアで大きく取り上げられた。

 それにともない3月初旬、ケニアはロシアへの輸出を停止した。ケニアからロシアへは茶葉やコーヒー豆などが輸出されており、2021年段階でその輸出額は約8600万ドルにのぼっていたが、それを自ら棒に振ったのだ。

 ただし、ケニアのように経済制裁にまで踏み切る国は少ない。むしろ非難決議に賛成しても、それ以上かかわらない国の方が一般的だ

 例えば、コンゴ民主共和国(DRC)はロシア非難決議に賛成したものの、禁輸などの具体的措置はとっていない。DRCはリチウムイオン電池の生産に使用されるコバルトの大産出国で、外交的立場はもともと西側に近いが、2019年からワーグナーの活動も報告されている。

 つまり、DRC政府の行動は、いわば西側とロシアの間でバランスをとったものといえる。

 また、アフリカ大陸屈指の産油国ナイジェリアの石油相は5月3日、モロッコまでのパイプライン建設にロシアが投資の意欲をみせていると発表した。このプロジェクトは総延長5660kmに及ぶ大規模なもので、2016年に計画されながら、資金難から建設が遅れてきた。

 ナイジェリアもロシア非難決議に賛成しているが、石油相はロシアからの投資を断るとは明言していない。

フタマタを認めざるを得ない西側

 どの国も自国の生き残りを最優先にする以上、こうした‘フタマタ’はいわば国際政治の常識で、非難したところで何にもならない。そもそも国連での決議は、究極的には票の売り買いをする場とさえいえる

 むしろ重要なのは、アフリカにフタマタが目立つこと自体、先進国の求心力の低下を示すことだ。

 自国の経済状況が厳しさを増すなか、先進国は協力者に十分報いることができない。これをアフリカからみれば、立場を固定することによる報酬が少ないなら、西側とロシアの間でバランスを取ろうとする国が増えても不思議ではない。それはちょうど、給料の伸びない会社に忠誠を誓うより、ほどほどのところで副業に精を出すことに近い。

 それはウクライナ戦争が長期化するなか、より鮮明になる公算が高い。

 例えば、多くのアフリカ諸国もその他の国と同様、あるいはそれ以上に、食糧価格の高騰に苦しんでいる。小麦がアフリカ大陸のロシアからの輸入額の約90%、ウクライナからの輸入額の約50%を、それぞれ占めていることは、これに拍車をかけている。

 ところが、ロシア批判の急先鋒になったケニアに対して、5月初旬に15万トン以上の小麦の供給を約束したのは、アメリカ、カナダ、オーストラリア、フランスなどの西側の大輸出国ではなく、東欧のセルビアだった。セルビアは3月2日の国連総会決議ではロシア非難に賛成したものの、歴史的・民族的にロシアに近く、NATOにも加盟していない。

 「西側についても得られるものは多くない」と思われれば、アフガン侵攻の時より目立つアフリカの西側離れは、今後さらに進みかねない。しかもそれはアフリカに限らない。アフリカほど鮮明でなくとも、中東などその他の地域でも、ウクライナ侵攻への微妙な反応は目立つからだ。(続く)

【追記】文章中の国数の表記に誤りがあったので修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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