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極右の騒乱はヨーロッパに飛び火するか――緊迫のアメリカ大統領就任式

六辻彰二国際政治学者
連邦議会議事堂に警備のため参集した州兵(2021.1.12)(写真:ロイター/アフロ)

  • アメリカだけでなくヨーロッパやオーストラリアなどでも白人極右の活動は増えている
  • これらのなかにはアメリカ連邦議会を占拠した暴動を支持・称賛する者が多い
  • アメリカの大統領就任式で騒乱が起これば、各国に飛び火しかねない

 1月20日のバイデン新大統領の就任式をきっかけに極右の騒乱が発生するリスクは、アメリカだけでなくヨーロッパなどにも広がっており、この状況で一番笑っているのはロシアのプーチン大統領だろう。 

「我々にとってのチャンス」

 バイデン新大統領の就任式は、ヨーロッパ各国にとっても大きな懸念材料になっている。これらにもトランプ支持の白人極右が数多くいるからだだが、1月6日のアメリカ連邦議会暴動はそれを改めて浮き彫りにした。

 例えば、イギリス人のケンタッキー大学留学生グレイシン・ダウンは18日、暴動に参加して議事堂の器材を盗んだとして起訴された。

 一方、暴動に参加していたアメリカの著名な極右活動家ニック・フエンテスには、1月初旬に世界中からビットコインで献金が寄せられていたが、そのなかには50万ドルを寄付したフランス人もいた。

東ヨーロッパでも、ウクライナ、ベラルーシ、セルビアなどの極右指導者たちが暴動を称賛する書き込みを相次いでSNSに投稿している。このうち、アメリカ国務省がマークするウクライナの過激派リーダー、セルゲイ・コロティクフは「これは我々にとってチャンスになる」と書き込んでいる。

 ヨーロッパだけではない。例えば、オーストラリアでもFacebookやTwitterに「奴らをノックアウトしろ」など、暴徒を支持する書き込みが相次いだ。

テロリストに称賛されるヒーロー

 白人極右にとって、黒人、ムスリム、性的少数者などに敵意を隠さないトランプは、いわばヒーローだ。2019年3月にNZクライストチャーチでモスクを銃撃し、51人を殺害したブラントン・タラントも犯行声明のなかでトランプを称賛していた。

 移民・難民が増加するだけでなく、政治的・経済的に非白人男性が大きな存在感を増すなか、欧米では「白人世界を守る」ことを掲げる極右の台頭が目立つ。それにともない各地で人種差別などに基づく嫌がらせや脅迫、暴行だけでなく、クライストチャーチ事件のような無差別殺人すら増えている。

 グローバル・テロリズム・インデックスによると、欧米では2019年だけで極右テロによる犠牲者が89人にのぼり、5年間で7倍以上に増えた。

 白人極右は組織だってではなく、基本的に単独で行動することが多いが、全く単独というわけでもなく、SNSなどで緩やかなネットワークを形成している。日本でも有名になったQ -Anon などが振りまく陰謀論やヘイトスピーチは、Facebookなど大手メディアよりむしろTelegram など規制の緩いメディアで発信され、国境を越えて白人極右を結びつけている。

 その彼らにとって、トランプ敗北は受け入れがたい「エリートの陰謀」だ。これまでにも別々の国の白人極右同士が外国のデモにお互いに参加しあったりして連携することは確認されてきたが、仮にコロナ蔓延で国境を越えた移動が制限されていなかったら、各地からアメリカに白人極右が集結していた公算が大きい。

1・20は狼煙になるか

 もっとも、たとえアメリカに集まることができなくても、各国の白人極右にとってもバイデンの大統領就任式が一大イベントであることは変わらない。

 そのなかで懸念されるのが、ヨーロッパなどでも白人極右による騒乱が起こることだ。大統領就任式に合わせて大規模なデモや流血の騒ぎが発生した場合、それは各地の白人極右を触発するのに十分だからである

 実際、例えばドイツ政府は自国の議会のセキュリティの見直しを始めただけでなく、アメリカの連邦議会暴動でデモ隊に協力した警官があったことから、治安機関のなかの思想検査も強化している。

 ドイツでは昨年8月、政府のコロナ対策に対する抗議デモに極右勢力が合流し、やはり議事堂に乱入しようとした経緯がある。この際、アメリカと異なり、議事堂占拠という事態はからくも免れたが、2018年にザクセン州ケムニッツで大規模な暴動が発生し、2019年には難民受け入れを擁護していたヘッセン州議ウォルター・リュブケが暗殺されるなど、ドイツでも極右の活動はこの数年、目立って過激化している。

 その結果、2018年だけで1000丁以上の銃器が活動家から押収されるなど取り締まりも強化されてきたが、そのドイツ政府の緊張感は多かれ少なかれヨーロッパ各国が共有するものといえる。

 ヨーロッパ以外でも、例えばカナダ政府はアメリカ極右プラウドボーイズのカナダ支部を「テロ組織」に指定するなど、警戒を強めている。

 つまり、大統領就任式に合わせてアメリカで大きな騒乱が発生すれば、その影響はアメリカにとどまらず、ヨーロッパをはじめ各地に飛び火しかねないのである。

プーチンは哄笑する

 この状況で笑う者があるとすれば、その筆頭はロシアのプーチン大統領だろう。

 ロシア政府は国内のイスラーム過激派を苛烈なまでの軍事作戦で鎮圧する一方、欧米と異なり性的少数者の権利に厳しい。そのため、多くの白人極右の眼に「白人キリスト教世界の伝統を守る模範的大国」と映りやすい。

 一方のロシアは、白人極右を通じて欧米圏への影響力を強めている

 フランスの「国民連合」やドイツの「ドイツのための選択肢」といった極右政党の指導者たちは、しばしばプーチン政権要人と面談し、クリミア危機以来の欧米による経済制裁を批判してきた。

 また、ロシアの極右勢力「ロシア帝国運動(RIM)」はサンクトペテルブルク近郊の施設に欧米各地から極右活動家を集めているといわれる。2017年にスウェーデンで発生した難民施設爆破事件の犯人たちはこの施設で軍事訓練を受けていたことが確認されている。

 要するに、大統領就任式をきっかけに各地で同時多発的に白人極右の騒乱が起これば、それだけプーチンの影響力が増しやすくなるとみられるのである。

 仮に大統領就任式で何も起こらなかったとしても、プーチンが失うものは何もない。トランプが退場しても白人極右は今後も活動を活発化させるとみられるからだ。少なくとも、今回の連邦議会暴動でアメリカ民主主義への信頼が国際的に損なわれたことだけでも、プーチンにとって悪い話ではない。

 トランプが当選した2016年大統領選挙はロシアの選挙介入が指摘されたものだった。その退場に至るまで、トランプはプーチンの手のひらで楽しく踊っていたといえるのかもしれない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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