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NZテロ実行犯が献金していたアイデンティタリアン運動とは何か

六辻彰二国際政治学者
ドイツ統一26周年記念式典に集まったアイデンティタリアン(2016.10.3)(写真:ロイター/アフロ)
  • クライストチャーチ事件で逮捕されたタラント容疑者は、ヨーロッパの白人至上主義団体「アイデンティティ運動」に傾倒していたとみられる
  • アイデンティティ運動は既存の国境を前提とするナショナリズムと異なり、白人世界としてのヨーロッパを非白人から守ることを強調する
  • そのイデオロギーは、ヨーロッパを超えて、やはり白人中心とみられていたオーストラリアやニュージーランドなどで移民・難民に反感を募らせる白人に波及しやすい

 ニュージーランドのクライストチャーチで50人を殺害したブラントン・タラント容疑者は、犯行そのものを単独で行ったとしても、孤立無援だったとはいえない。タラント容疑者は、ヨーロッパで広がる白人至上主義ネットワーク「アイデンティタリアン運動(IM)」に共鳴して犯行に及んだ可能性が高いからだ。

アメリカで入国拒否された白人至上主義者

 日本ではまだ知名度の低いIMだが、これに対する関心は各国で広がっている。

 3月28日、アメリカ当局はオーストリア人マルティン・セルナー氏の入国を拒否した。セルナー氏はオーストリアIMの代表で、オーストリア当局によると、クライストチャーチ事件で逮捕されたタラント容疑者は昨年、この団体に1500ユーロ寄付していた

 この入国拒否に関してアメリカ当局は詳しく説明していないが、セルナー氏自身はYouTube上で「アメリカの入管は自分(セルナー氏)の政治活動が理由であることを否定しなかった」と述べている。

 ヨーロッパで知名度の高い白人至上主義者のセルナー氏が入国拒否されるのは、これが初めてではない。昨年には、イギリスでやはり入国できなかった。

アイデンティタリアン運動とは

 それでは、各国の当局が警戒感を隠さないセルナー氏とは何者か。IMとは何か。

 IMは2002年にフランスで生まれた「反移民、反EU、反グローバリズム」を掲げる比較的新しい右翼勢力だ。ドイツ、イタリア、イギリス、スウェーデンなどヨーロッパ各国に拠点があり、セルナー氏はオーストリアの責任者とみられる。

 

 IMは別名「アイデンティティ世代(Generation Identity)」といい、主に若年層を対象にYouTubeやFacebookなどでメッセージを発信し、リクルートしている。その活動には、環境保護団体やフェミニスト団体など左翼系の手法に似た直接行動が目立つ。

  • 北アフリカから地中海を超えてくる不法移民船の上陸を、船を出して妨害すること
  • ドイツのブランデンブルク門など人目につく場所の占拠
  • 公共の場で突然パフォーマンスを行うフラッシュモブ

 また、こうした活動の資金源の一つがクラウドファンディングであることも、支持層が比較的若い世代であることをうかがわせる。

そのイデオロギー的特徴

 アイデンティタリアン(アイデンティティ主義者)という名称からも分かるように、彼らは「ヨーロッパ人(白人)としての自覚」を強調し、ヨーロッパ文化の保全を目指す。セルナー氏はYouTube上などで、そのメッセージを広く発信するスポークスマンの一人でもある。

「我々は民族的なアイデンティティを保持したいが、それは排外主義的な方法や他者を劣ったものとみなしたりする方法によってではなく、彼らを根絶したいわけでもない。我々は他者を犠牲にすることなく、我々の民族の文化的アイデンティティや我々の伝統を保持したいのだ」

出典:https://hopenothate.com/2017/10/31/hnh-explains-identitarian-movement-alt-right/

 「自分たちの独自性を守りたい」だけなら、至極穏当な言い分にも聞こえる。また、文化や伝統の強調は、保守派に幅広くみられる。

 しかし、IMの主張は紛れもなく白人至上主義的であるだけでなく、他の右翼勢力との違いも含む。そこには、主に以下の三つのポイントがある。

  • 「大いなる置き換え(Great Replacement)」
  • ヨーロッパ意識の強さ
  • 民族多元主義(ethnopluralism)

「白人が虐殺されようとしている」

 このうち、最初の「大いなる置き換え」とは、フランス人作家ルノー・カミュ氏が2008年の著作で用いたことで広く知られるようになった言葉で、「(かつてヨーロッパ人が支配した)アラブ人、アフリカ人などの移民・難民が増加し、その人口増加率が高いため、ヨーロッパがやがて非白人に乗っ取られる」という考え方だ。IMは多くの右翼と同じく、これを唱道している。

 人口バランスが変化するという予測そのものは、やや誇張があるとしても、それほど珍しくない。「大いなる置き換え」に特徴的なのは、この人口バランスの変化が「移動の自由」などを強調するEU官僚などによって進められてきており、彼らは「白人の大虐殺(White Genocide)を目論んでいるが、左翼的なメディアや人権NGOはそれを隠ぺいしていると捉えることだ。

 断片的な事実を我田引水の論理で再構成し、「悪意ある第三者によって自分たちの安全が脅かされている」と説明しようとすることには、陰謀論としての特徴が色濃くある。

 「大いなる置き換え」は、クライストチャーチ事件のタラント容疑者がフェイスブック上に掲載した犯行声明のタイトルでもある。セルナー氏とタラント容疑者の個人的な関係には、現状では不明なところが多いが、両者が少なくとも思想的に共鳴していたことがうかがわれる。

「ヨーロッパを守れ」

 IMの第二の特徴は、「ヨーロッパ意識」の強さだ。移民を「侵略者」と捉えるIMは、自国ではなくヨーロッパをその脅威から守ることを強調し、「ヨーロッパを守れ(Defend Europe)」をスローガンにしている。

 こうした「ヨーロッパ意識」は、そのマークからも見て取れる。IM支持者はギリシャ文字のЛ(アルファベットのLにあたる)をかたどったマークが描かれた旗などをかざすことが珍しくない。このマークは古代ギリシャの都市国家の一つスパルタを表し(スパルタ人は自らをラケダイモンと称した)、Лの周囲にある円は盾を示している。

 その念頭にあるのは、紀元前480年に古代ギリシャとペルシャ帝国の間で起こったテルモピュライの戦いだ。この戦いで、わずか300人のスパルタ軍兵士は2万人のペルシャ兵と対峙し、その勇猛さを示したといわれる(2006年のアメリカ映画「300」はこれをモチーフにしている)。つまり、ギリシャ文字Лには「ヨーロッパ文明を外敵から守る」というメッセージが込められている。

 ただし、哲人王プラトンが開いた学園アカデメイアで北アフリカやトルコの出身者も多く学んでいたように、古代ギリシャ文明は地中海一帯の人の往来によって花開いたものであり、ヨーロッパの専有物でないことを彼らは無視しているようだ。

 いずれにせよ、「ヨーロッパ」を強調する点で、IMはそれぞれの国家に基づくナショナリズムと異なる

「他者と接触するべきでない」

 そして最後に、IMは他の右翼勢力以上に人種の純血を強調する。IMに影響を及ぼしたフランスのジャーナリスト、ギュレーム・フェイ氏はその著作で「アイデンティティの基本は生物的なものだ。それを欠いた文化は、…持続性がない」と述べている。

 「生物的」とは、骨格、体形、肌や髪の色といった身体的特徴を意味する。つまり、白人以外がヨーロッパの文化を吸収したり、「ヨーロッパ人」になったりすることは不可能と言っているのに等しい。

 そのうえでIMは多文化主義ではなく「民族多元主義」を唱導する。民族多元主義とは、文化の独自性や純粋さを尊重する立場から、異なる文化の共存ではなく、別々の領域に分断して暮らすことをよしとする考え方だ。

 ただし、先述のように、IMにとって文化の純粋性は「生物的条件」によって成り立つ。そのため、この考え方を推し進めれば、異なる人種や民族は接触しない方がよいことになる。これは要するに、かつて南アフリカで採用されていた、黒人が狭い居住区に押し込められ、一切の権利を剥奪されていた人種隔離政策(アパルトヘイト)と同じ発想だ

 この観点からみれば、先述のセルナー氏のいうところの「他者を犠牲にすることなく、我々の民族の文化的アイデンティティや我々の伝統を保持すること」は、白人とそれ以外が交流をなくすことを意味する。その場合、当然のように、人種や民族を超えた結婚などは論外になる。

EUとは異なる「一つのヨーロッパ」

 少なくとも公式には、IMはテロを唱導してはいない。とはいえ、その主張を突き詰めれば、白人世界としてのヨーロッパから非白人を排除することが正義となる。このイデオロギーはヨーロッパだけでなく、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど、かつては白人世界とみなされていた土地で移民に反感を募らせる白人にも波及しやすく、タラント容疑者はそのメッセージに感化したとみられる。

 一国単位のナショナリズムがその国を超えてもつ影響は限られている。しかし、ヨーロッパ(=白人世界)と枠を広げることで、IMは国境を越えた影響力をもつ。国境に縛られないIMは、それがいかに誇大妄想的であるにせよ、EUとは全く異なる形で「一つのヨーロッパ」を目指すものともいえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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