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米議会に侵入「Q-Anonの祈祷師」とは何者か——トランプ支持をやめない日本人の罪

六辻彰二国際政治学者
米連邦議会(2021.1.7)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカの多くの心理学者はトランプ大統領に誇大妄想の特徴を見出している
  • 連邦議会に侵入し、これを占拠したデモ隊にも、その傾向がうかがえる
  • それらの尻馬に乗る日本のトランプ支持者は「愛国」を口にしながらも海外の同胞に想いが至っていない

 アメリカ史に残る汚点となった連邦議会暴動で議事堂に侵入したデモ参加者には、夢の国の住人としか呼べない人物さえ珍しくない。

Q-Anonの祈祷師とは

 アメリカ当局は11日、5人の死者を出した1月6日の連邦議会暴動で議事堂に侵入したトランプ支持のデモ参加者の一人、「Q-Anonの祈祷師(シャーマン)」と呼ばれるJ.A.チャンスレー氏を起訴したと発表した。

 歯止めの効かない群集心理丸出しの暴動の中でも、Q-Anonの祈祷師ことチャンスレー氏は、その独特の風貌で異彩を放っていた。牛と思われるツノをつけた熊皮のヘッドギアをかぶり、裸の上半身にはタトゥーが施され、顔を赤・白・青(星条旗の色)でペイントし、あげくに2メートル近い長さの槍をかついでいたからだ。

 確かにアメリカ先住民のシャーマンを思わせるいでたちではある。ハロウィンのパーティーならヒーローになれるかもしれない。

 しかし、問題は彼がハロウィンパーティーではなく連邦議会暴動でヒーローの一人になったということだ。本人はいたって真面目だったのかもしれないが、だったらなおさら始末が悪い。

夢の国の住人たち

 彼らの自己認識はともかく、第三者的にみればチャンスレー氏をはじめデモ参加者のしたことは、「アメリカがユダヤ人や諜報機関に乗っ取られている」というQ-Anonの陰謀論を信じ込み、「選挙で不正が行われた」というトランプ大統領の真偽の疑わしい主張を真に受け、いわば勝手に愛国心や正義感に燃えた挙句、アメリカ史に残る汚点を残したにすぎない。

 しかし、チャンスレー氏は起訴前のBBCのインタビューに対して、暴動の日を「美しい日だった」と回顧している。客観的な情勢判断と自分の思い込みのギャップを理解しようとしないその態度は、誇大妄想の気配さえ感じさせる。

 チャンスレー氏ほど際立った風貌でなかったとしても、多くのデモ参加者についてもほぼ同じことがいえる。

 連邦議会暴動での逮捕者はすでに80人以上にのぼり、逮捕・起訴ともに今後さらに増える見込みだが、捜査は比較的簡単だろう。なぜなら、議事堂を占拠した際にデモ参加者の多くが、議員の椅子にふんぞり返って座ったり、議会の備品を勝手に持ち出したりする様子の動画をソーシャルメディアにあげていたからだ。

 自分たちでは何かスゴいことをやっているつもりで、「特定してくれ」といわんばかりに動画をあげ、結果的に自分たちで証拠を残しているのでは、バイトテロをやらかして雇用先から巨額の損害賠償を請求される若者と同じだ。そこには「自分は絶対大丈夫」という根拠のない自信があるのだろう。

自己愛の果てに

 アメリカの多くの精神分析学者や心理学者はトランプ大統領を「自己愛性人格障害」とみている。「自分はかけがえのない存在」という思いが強すぎて、自分の失敗や欠点を認められず、他者からの批判に過剰に反応して攻撃的になるタイプだが、トランプ氏に関しては多くの専門家が強い劣等感の裏返しで、万能感、誇大妄想、賞賛への渇望の強さなどを見出している。

 Q-Anonの祈祷師チャンスレー氏の「美しい日」というコメントだけでなく、議事堂内でイキって(としか筆者には表現できない)動画を撮影しているデモ参加者の様子も、これを思い起こさせる。彼らにとって議事堂侵入は、並ぶもののない偉業だったのだろう。

 しかし、誇大妄想の強さは自分にとって不利な状況を認められない弱さの裏返しでもある。選挙結果を認められないトランプ大統領の姿は、その象徴だ。

 誇大妄想や万能感といった特徴でトランプ氏と共通するのがヒトラーだ。第二次世界大戦末期、ソ連軍がベルリンに迫るなか、ヒトラーは米英との和平交渉が可能と信じ、それも不可能と理解するや、ナチス要人がヒトラーを見限って次々とベルリンを離れるなか、人前に姿をみせなくなった。自分が描いた第三帝国の理想像とのギャップに耐えられなかったのかもしれない。

 現在のトランプ大統領の姿がベルリン陥落直前のヒトラーとダブってみえるのは筆者だけだろうか。

トランプ支持の日本人の罪

 日本に目を転じると、これまでトランプ支持の姿勢を示していたメディアや著名人のなかからも、知らぬ存ぜぬを決め込んだり、否定的な立場に回ったりする者が出始めているが、SNSやYouTubeではこの後に及んでなお「トランプの大逆転」を示唆する陰謀論が後を絶たない。

 ただ面白がっているだけなのかもしれないが、そうだとしても恐らく彼らは海外の同胞について全く想いが至らないのだろう。

 移民や性的少数者に敵意を隠さないトランプ大統領は、欧米諸国に広がる白人至上主義の一つの要、言い換えるとヘイトの後ろ盾になってきた。白人至上主義者の視点で世界をみてトランプを支持する日本人は、その時点で他者に精神的に従属していることになるのだが、そうした者に同情しなければならない義理はない。

 むしろ、ここで重要なことは、白人至上主義の観点からみてアジア系もまたヘイトの対象になるということだ。

 コロナ禍により欧米ではアジア系への差別・偏見が広がっており、例えばこの20年間でアジア系への暴力が減少していたアメリカでも、昨年上半期だけで2100件のヘイトクライムが報告されている。こうした兆候はアメリカに限らず、例えばイギリスでもアジア系へのヘイトクライムが21%増加したという報告がある。

 コロナ禍をきっかけとするアジア系差別は中国への不信感の表れといえるが、トランプ大統領の言動はこれに拍車をかけてきた。選挙に負けてもそれを認めないトランプの姿は、ただでさえコロナ禍で反アジア系の気運を高めていた白人至上主義者をさらに鼓舞する。

 ところで、ほとんどの欧米人の眼に日本人と中国人の区別はつかない。つまり、トランプ大統領を支持する日本人は、そのつもりのあるなしに関わらず、欧米に暮らす日本人が直面するリスクを喜んでいることになる。

 トランプ支持者のほとんどは「愛国」をしばしば口にするが、その言葉の重みはこれまでになく低下していると言わざるを得ないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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