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コロナで息を吹き返すボコ・ハラム――高校生集団誘拐は氷山の一角

六辻彰二国際政治学者
ボコ・ハラム指導者シェカウ容疑者(提供:Shutterstock/アフロ)
  • イスラーム過激派ボコ・ハラムに誘拐された300人以上の高校生は釈放されたと報じられている
  • しかし、ナイジェリアではテロ事件が今年に入ってから増加しており、今回の事件は氷山の一角に過ぎない
  • そこにはコロナ禍が軍の人手をコロナ対策に向かわせ、さらにボコ・ハラムのリクルート対象である生活困窮者が増えていることがある

寄宿学校を襲い、300人以上の男子高校生を誘拐したことでボコ・ハラムは再び世界の注目を集めたが、そこにはコロナが少なからず影響している。

不透明な解放劇

 アフリカ西部のナイジェリアでは12日、同国カチナ州にある寄宿制学校が襲撃され、300人以上の男子高校生が誘拐された。翌日、イスラーム過激派ボコ・ハラムが犯行声明を出した。

 ボコ・ハラムは2014年にも270人以上の女子高生を誘拐し、世界の注目を集めた。そればかりか、治安を維持できないナイジェリア政府への不満を高め、同年の大統領選挙でジョナサン大統領(当時)が敗れた一因にもなった。

 しかし、今回の事件でナイジェリア当局の対応は素早かった。カチナ州のマサリ知事は17日、「犯行はボコ・ハラムではなく野盗の仕業」と断定したうえで、「344人の学生は救出しており、近く保護者のもとに戻る」と強調した。

 2014年の誘拐事件の際、高校生が家族のもとに帰ったのは1年以上が経ってからだった。それと比べると今回の対応は素早いが、知事は「身代金は払っていない」という以外、詳しく説明していない。

 いずれにしても、知事が「素早い救出」をアピールしたのは、2014年のように政治問題化するのを避けるためと見られる。

氷山の一角

 ただし、仮に高校生らが解放されたとしても、それで「めでたし」とはならない。ナイジェリアではテロが増加しており、今回の誘拐事件はその一つに過ぎないからだ。

 とりわけ、今回の事件が発生したカチナ州を含む北西部では、2017年に年間500件以下だったテロ組織による事件が、今年は12 月初旬までで2500件を超えている。

 この地域はもともとボコ・ハラムによる被害が少なかった。ボコ・ハラムはナイジェリアの北東部を拠点としてきたからだ。

 しかし、近年ではこの地域で野盗が出没し、誘拐や牛の強奪、殺人などが横行している。その一部はボコ・ハラムに忠誠を誓っている。いわば地方の小さなヤクザ組織が巨大暴力団の傘下に収まるようなものだ。

 そのため、カチナ州知事はボコ・ハラム対策の成果を強調したいがゆえに「誘拐犯は(世界的に名の知られた)ボコ・ハラムでなかった」と力説したのかもしれないが、たとえボコ・ハラムが実行犯でなかったとしても、政府の治安対策が効果をあげているかは疑問だ。

 そのうえ、ボコ・ハラムの本拠地である北東部でも、テロ事件は今年に入って増加している。武力紛争・事件データベース・プロジェクトによると、ボコ・ハラム対策が強化されて以来、確かに北東部のテロ事件は減少し続け、2017年に3000件以上だったものが、2019年には約2500件にまで減った。しかし、これが今年は12 月初旬までに3500件を超えている。

「コロナは神罰」

 ボコ・ハラムはコロナを、彼らがいうところの「ジハード」の宣伝材料にしている。

 ボコ・ハラムの指導者アブバカル・シェカウは4月、ネット上でメッセージを発し、「コロナは人間の悪行がもたらした」と主張。「人間への神罰」と断定した。

 さらにシェカウは、不信仰者がソーシャルディスタンスなどのコロナ対策を行なっても無意味であるうえ、人が集まるのを禁じることは、礼拝所に集まるムスリムの習慣に反すると述べたうえで、「真のムスリムだけが救われる」と強調した。

 「我々は1日5回、集まって礼拝する。(以前と同じように)手を取り合い、一つの器から食物を皆で手で食べているが、皆絶好調だ。我々にはコロナはない」。

 「信仰こそコロナ対策」というプロパガンダのもと、ボコ・ハラムはコロナ対策にあたる医療機関なども襲撃の対象にしてきた。

「稼ぎ時」としてのコロナ禍

 もっとも、こうしたプロパガンダがボコ・ハラムの求心力を高めたかは疑わしい。むしろ、いったん勢力を衰えさせていたボコ・ハラムが息を吹き返した背景には、コロナがもたらした2つの影響があげられる。

 第一に、軍隊の人手がコロナ対策に回されたことだ。

 ナイジェリアの軍事予算は年間約20 億ドルにのぼり、アフリカでは南アフリカに次ぐ規模だ。しかし、組織に汚職が蔓延しているため、もともとコストパフォーマンスの悪さが指摘されていた。

 そのうえ、コロナ蔓延にともなうロックダウン実施や食糧輸送などで軍隊は人手を割かれた。これにより、もともと不安のあった治安対策にさらにブレーキがかかったといわれる。

 第二に、コロナによる経済停滞が、これまで以上にボコ・ハラムに参加する者を増やしていることだ。

 ナイジェリアはアフリカ一の産油国だが、ほとんどの人はその恩恵に与れず、貧困層は人口の約60%を占める。コロナ蔓延で石油価格が急落したことで、ナイジェリア経済はさらに苦境に立たされた。

 こうした状況は、ボコ・ハラムへの参加を「数少ない儲け口」にする。ボコ・ハラムは戦闘員に月額600〜800ドルを支給すると約束しているが、これは現地の最低賃金の約10倍にあたるからだ。

 こうしてコロナはボコ・ハラムにとって追い風になっている。だとすると、今回の事件が収束しても、ボコ・ハラムがなくなるわけではない。いわばコロナは生活のためのテロリストにとって「稼ぎ時」なのだから。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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