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「カリフォルニア大火災は左翼テロ」――米大統領選挙の最中に広がる噂

六辻彰二国際政治学者
山火事をみつめるロスアンゼルス群消防士(2020.9.19)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカでは、カリフォルニアなどでの過去最悪の山火事が極左集団アンティファの放火によるという噂がSNSなどで拡散している
  • 警察はこれを否定しており、噂は極右団体やロシアメディアを通じて拡散したとみられる
  • 大統領選挙の最中に広がるこの噂は、「黒人差別反対デモをアンティファが扇動している」と主張するトランプ陣営を後押しするといえる

 トランプ大統領がコロナに感染して入院しているが、その一方では「アメリカ西海岸で広がる山火事は極左アンティファによる放火が原因」という噂も拡散しており、こちらも大統領選挙の行方を左右するものとみられる。

被害額200億ドル 過去最悪の山火事

 カリフォルニア、オレゴン、ワシントンなどアメリカ西海岸に広がる山火事は、10月初めまでに162万ヘクタール以上を消失させながら、今も範囲を広げている。これは過去最悪のレベルで、9月末にはワイン産地として有名なナパバレーに火が迫るなど産業にも影響を及ぼしており、トータルの被害額は200億ドル以上にのぼるとも見積もられている。

 コロナで世界最多の犠牲者を出すなか、泣きっつらにハチともいえるが、アメリカではSNS上で、この大火が「極左集団アンティファの放火によるもの」という噂が飛び交っている。

 あらゆる差別に反対するアンティファは、トランプ政権にも批判的で、5月から全米で続く黒人差別反対の抗議デモ(BLM)にも参加してきた。トランプ政権はBLM参加者の一部が過激化したことをアンティファの扇動と断定し、「無政府主義者」「国内テロ」と呼んでいる。

 そのアンティファが山火事を引き起こしたという噂に対して、オレゴン州ダグラス郡の保安官事務所は「‘放火の疑いで6人のアンティファが逮捕された’という噂が広がり、確認しようとする連絡がたくさんあるが、全く正しくない情報だ」とのべ、誤った噂を拡散しないよう協力を求めた。

 連邦捜査局(FBI)も同様に「アンティファ逮捕」を否定し、デマの拡散に注意を促している。

 FBIを含むアメリカの捜査機関はこれまでしばしば「アンティファのテロ」を警告してきた。そのFBI自身が否定している以上、少なくとも現段階においてアンティファの関与を断定するのは誤報あるいはフェイクニュースと言わざるを得ない。

陰謀論を広める極右

 アンティファを放火犯と断定する陰謀論は、主に白人至上主義的な極右集団が出元とみられている

 例えば、Facebookに開設されている極右メディア、ロー・エンフォースメント・トゥデイは根拠を示さないまま「放火は計画的に準備されたものだった」と主張し、この投稿には33万以上のコメントが寄せられた。

 また、トランプ支持が鮮明なFOXニュースが運営するネットニュース、Q13FOXはさらに具体的に「ワシントン州ピュアラップで36歳のアンティファの男性メンバー、ジェフ・アコードが逮捕された」と報じたが、これも当局によって否定されている。

 アメリカ大統領選挙が本格化するなか、西海岸に広がるかつてない大火災を、アメリカ極右は政治的に利用しているようだ。

 各種の世論調査でみる限り、選挙戦は混戦が続く。その最中の大火災の責任をアンティファに被せることは、最終的にはアンティファを「国内テロ」と呼ぶトランプ氏を後押しすることになる。

ロシアの選挙干渉か

 マザージョーンズの取材によると、ネット上で拡散するこうしたフェイクニュースには、ロシアの関与も見受けられる

 「アンティファ放火説」がSNSで大量に出回り始める直前の9月9日、ロシア・トゥデイ(RT)は「オレゴン州ポートランドの警察署がアンティファメンバーに、山火事が広がっているので、デモなどで火を用いないよう求めた」と報じた。

 ポートランド警察の発表そのものは事実だ。

 しかし、この記事でRTは極右活動家として知られ、アンティファやBLMにも批判的なアンディ・ンゴ氏のツイートを再三引用している。ンゴ氏はポートランド警察の「デモ参加者には火の使用を控えるよう求める。最近の強い風と乾燥により、火は広がりやすく、多くの生命を脅かす」というツイートを「アンティファはこれを聞いてワクワクしていた」と引用リツイートしたが、RTはこれもそのまま掲載している。

 ポートランド警察は「ワクワクしている」とは発言しておらず、ンゴ氏のツイートやそれをそのまま引用したRTの記事は控えめに言ってもただの思い込みで、よりはっきり言えば印象操作に当たる。

 RTはロシア政府系メディアである。

 2016年の大統領選挙でも、フェイクニュースを通じたロシアの干渉は指摘されていた。カリフォルニア大火災をめぐるRTの報道からは、今回もロシアがアメリカ大統領選挙に関わろうとしていることがうかがえる。

スケープゴートを求める人々

 歴史上、権力者に批判的な人々への弾圧に、大火が口実として用いられた例は多い。

 ローマ大火(64年)の後、信者を増やしつつあったキリスト教徒が犯人と決めつけられ、多くが処刑された。また、1933年のドイツ国会議事堂炎上は共産主義者の仕業と決めつけられ、その後のナチス支配を確立させる一歩となった。

 近年では昨年8月、アマゾン大火災で初動対応の遅れなどを批判されたブラジルのボルソナロ大統領が、証拠を示さないまま「環境NGOが放火したかもしれない」と発言して物議を醸した。ボルソナロ大統領は農業振興のためアマゾン開発を推し進め、農家の野焼きを放置してきたと環境NGOは批判してきた。

 カリフォルニア大火災をめぐる極右の陰謀論は、これらを思い起こさせるものだ。

 極右やRTが広げた陰謀論を簡単に信じた人がいるように、陰謀論の拡散は発信者の問題であることは言うまでもないが、受け手の問題でもある。

 何か災厄に見舞われた時、人は他人とりわけ自分が嫌いな者のせいにしがちだ。

 これまでになく「責任」が問われる風潮は、これに拍車をかけているとみられる。地球温暖化のように「自分たちにも責任がある」ような原因ではなく、悪意をもった誰かのせいにする方が気楽だし、間違っていても自分たちは責任を負わなくてよいからだ。

 しかも、出来事やニュースの回転が速く、一つひとつのことがらに時間をかけて考えなくなっているなかでは、よりシンプルな、イメージしやすい解が求められやすい。そうしたなか、ネット上で気に入った情報だけをつまみ食いする傾向は、これを助長する。

 その意味では、現代人にはとりわけ陰謀論を信じやすい特徴があり、これが利用されているといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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