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「第二次世界大戦は終わっていない」ドイツ新右翼ー陰謀論を信じる心理の生まれ方

六辻彰二国際政治学者
閲兵式に臨むアドルフ・ヒトラーの後ろ姿(1933)(写真:Shutterstock/アフロ)

 「アポロの月面着陸はハリウッドで撮影された」、「地球温暖化はねつ造」、「9.11はアメリカ政府によって仕組まれた」などの陰謀論は昔から多いが、ドイツでは新しいタイプの陰謀論が広がっており、しかもそれは国家や社会にとっての脅威にまでなっている。

 ドイツの情報機関、連邦憲法擁護庁(BfV)は7月、右翼グループ「帝国の市民」の支持者が約1万8000人にまで増えており、武装が進んでいると警告。監視の強化を明らかにした。

 「帝国の市民」には確固たる指導者や組織がなく、小規模な集団や個人の緩やかなネットワークであるため、メンバーの考え方にはそれぞれ多少の違いがある。しかし、多くは「今のドイツはアメリカに占領されており、正当な国家ではないため、その法に従わなくてよい」と捉える点で共通する。

 なぜ、一般的に当たり前とされることを否定し、しかも客観的事実によって立証できない陰謀論に傾く人々がいるのか。心理学の最新の研究は、人が陰謀論を信じるメカニズムの一端を明らかにしている。

勢力を広げる「帝国の市民」

 まず、陰謀論の一つの典型として「帝国の市民」の考え方をみておこう。

 「帝国の市民」については以前に取り上げたので、詳しくはそちらを参照してもらいたいが、他の右翼集団と異なるその最大の特徴は、現在のドイツ連邦共和国の正当性を全く認めないことにある。

 「帝国の市民」は第二次世界大戦末期のドイツと連合国の間の終戦協定を無効と考える。だとすると、戦争は終わっていないだけでなく、戦後のドイツ連邦共和国は正当な国家でない。だから、その法に従わなければならない義務はなく、税金を納めなくて構わない。

 それにもかかわらず、多くのドイツ人が疑いすら抱かないのは、ドイツの政治、経済、文化やメディアを陰で操るアメリカやユダヤ人に騙されているから、というのだ。

市長候補から「国王」へ

 多くのドイツ人にとって、「帝国の市民」の主張は荒唐無稽な世迷い言に過ぎない。それにもかかわらず、なぜこのような陰謀論が広がるのか。これを考えるために、代表的な二人の「帝国の市民」を紹介しよう。

 一人目は、ドイツからの独立を宣言したペーター・フィツェック氏だ。現在のドイツ国家の正当性を認めない同氏は2012年、自ら国王を名乗り、東部ザクセン・アンハルト州の廃病院を拠点に「新ドイツ王国」の設立を宣言し、国際的に関心を集めた。

 2016年3月、当局はフィツェック氏を逮捕。容疑は独自の銀行を設立し、約600人の「国民」から100万ユーロ(約1億2600万円)以上を横領したことだった。「国民」は四散し、2017年3月に裁判所はフィツェック被告に4年間の懲役を命じた。

 客観的にみれば詐欺にすぎないが、多くの人々を巻き込んだ手腕からは、フィツェック氏がプロデューサーとしてそれなりの才覚をもつことがうかがえる。しかし、ドイツメディアによると、その経歴には挫折が目立つ。

 2018年段階で51歳のフィツェック氏は調理師を皮切りにスポーツインストラクターやタトゥースタジオ経営者などを転々とした後、ザクセン・アンハルト州で市長選挙に立候補。しかし、わずか0.7パーセントの得票で惨敗し、民主主義に幻滅して「帝国の市民」に傾倒するなか、「王国」建国に至った。

美男子の転落

 もう一人の代表的「帝国の市民」アドリアン・ウルサチェ氏も、多少なりとも社会で評価される才能をもつ(少なくともその自信がある)者が、挫折を契機に、陰謀論者になった点でフィツェック氏と共通する。

 ウルサチェ氏は、やはり東部ザクセン・アンハルト州の自宅を独立国家「ウル」と宣言し、2016年8月に家宅捜索に入ろうとした警官に銃を発砲。殺人未遂で逮捕された。

  現在44歳のウルサチェ氏は、1998年に「ミスター・ドイツ」コンテストで優勝。モデルとして活動するなか、「ミス・ドイツ」受賞歴のある女性と結婚し、2人の子どもをもうけた。しかし、その後、起業するものの事業に行き詰まり、数十万ユーロの借金を負うなかで「帝国の市民」に傾倒したとみられる。

なぜ陰謀論を信じるか

 これら2人の「帝国の市民」に典型的に表れているように、実生活での挫折と陰謀論には密接な関係があるとみられる。

 アメリカ心理学会の権威ある雑誌『心理学の新動向』に2017年12月に掲載されたイギリス人心理学者カレン・ダグラス博士らの論文は、陰謀論に傾く人の心理状態を、大きく以下の3つに整理して

  1. 現実を理解し、確実性を高める欲求
  2. 自分の問題を自分で処理することで安全性を高める欲求
  3. 自己イメージをよくする欲求

出典:Douglas, K. M., Sutton, R. M., & Cichocka, A. (2017). The psychology of conspiracy theories. Current Directions in Psychological Science, 26, 538-542.

状況の理解による安心感

 一つずつみていこう。まず、「現実を理解し、確実性を高める欲求」。

 世の中や自分の生活が不安定になった時、現実を柔軟に受け入れることが難しければ、「なぜこうなったのか」を理解することは、精神的安定の第一歩になる

 その際、状況の変動が大きく、予測不能であるほど、そして多くの原因が複雑に絡まっているほど、個別の理由を検討するより、なんらかのストーリーに沿って、全体を単純化して理解しようとしやすくなる。

 先述の2人の場合、自分の経済的困窮の原因を、ドイツの財政状況、EUの金融政策、国際情勢の変化など複雑な要素から理解するより、「ドイツがアメリカあるいはユダヤ人に牛耳られているから」と理解した方が、明快であったかもしれない。

 ただし、単純化されたストーリーの完成を優先させると、精神的安定のために、都合の悪い事実や考え方は無視されやすくなる。例えば、経済的に行き詰まった時に自分の不手際や無作為を反省することは、原因に関する思考を複雑にするため、大きなストレスになる。

 こうしてみたとき、ダグラス博士らはそこまで明言していないが、困難な状況に直面した時に現実と折り合いをつけることが苦手な人、一つ一つ事実を積み上げた着実な思考が苦手な人、「自分の責任」と向き合うことが苦手な人ほど陰謀論に傾きやすいとも考えられる

干渉されないことによる安全

 次に、「自分の問題を自分で処理することで安全性を高める欲求」。これはつまり、外部との接触を制限することで、自分以外からの悪影響を避けようとする欲求だ。

 一般的に人間は、自分の命運が自分の手の中にある時に安心感を覚え、それを他人に委ねる時に不安を覚えやすい。自分の才覚や技量に自信のある者ほど、その傾向は強い。運転に自信のある人ほど、他人が運転する車に同乗した時に落ち着かなくなる。

 ダグラス博士らによると、自分に関する決定権が自分にあるのか不安を抱きやすい者、これに関する無力感の強い者に、陰謀論に傾きやすい傾向があるという。自分が不利な状況に立たされることへの警戒感が、「悪意ある他者」の影響から逃れようとする欲求を強めるというのだ。

 だとすると、対人不信が強い者、自信と無力感が同居する者ほど、陰謀論者になりやすいといえる。先述の2人の「帝国の市民」は、それぞれ多少なりとも自分の才覚や能力に自信があったとみられるが、いずれも思うようにいかず、経済的に行き詰まるなか、社会から隔絶した「自分の国」を作り出した。

よくみられたい願望

 最後に、「自己イメージをよくする欲求」について。

 低所得など社会的に不利な立場にある者にとって、「力のある他者」を非難することは、自分の力や正しさをアピールし、自分を認めさせる意味がある。そのこと自体は多くの政治活動に共通するが、陰謀論者はとりわけ「脅威が迫っていること」を強調することで、自分たちの正当性を主張する傾向が強い。

 ダグラス博士らによれば、それは往々にして「社会全体や自分が所属する陰謀論者の狭い世界で自分を認めさせる」ことにつながる。承認欲求に突き動かされるとすれば、陰謀論者が「人が知らないことを自分は知っている」と吹聴したがることは、不思議でない。

 この心理は、「力のある者」や社会全般に対する、倒錯した優越感になりやすい。ダグラス博士らは、陰謀論に傾いた集団が多くの人々から理解されないことを自覚しながら「力のある者」への非難をやめないことを、「集団的ナルシズム」に基づくものと指摘する。

 こうしてみたとき、「帝国の市民」がドイツ社会で排除されても、「抑圧」は陰謀論者にとって、かえって培養土にさえなりかねないといえる。

陰謀論者の時代

 「帝国の市民」の台頭は、海外からみて一種の笑劇かもしれない。

 しかし、格差や個人の疎外といった社会の歪みが大きくなるにつれ、その被害者としての意識をもち、国家や社会を糾弾する陰謀論者は、多くの国で支持者を動員し始めている。

 トランプ氏が自らに批判的なメディアを「フェイクニュース」と断じ、それが一定の支持を集めることは、「エリートの陰謀」を確信する有権者が数多くいることを示している。いわばトランプ氏は陰謀論を支持獲得のために利用しているのだが、それは疑心暗鬼や相互不信を加熱させる一因にもなっている。

 つまり、陰謀論がもつ影響力は、もはや笑って済ませられないレベルにまできているのだ。ダグラス博士らの研究にみられるように、欧米諸国では陰謀論に関する研究が活発化しているが、これは陰謀論に対する警戒感の現れである。

 その意味で、数ある陰謀論のなかでも荒唐無稽ぶりで際立つ「帝国の市民」の台頭は、各国にとってむしろ学ぶべき教訓といえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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