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ドイツ移民銃撃事件――これまでの右翼テロと異なる3つの兆候

六辻彰二国際政治学者
事件後にハーナウのモスクで金曜礼拝に出席した男性(2020.2.21)(写真:ロイター/アフロ)
  • フランクフルト郊外で発生した移民銃撃事件は、これまでドイツで発生した右翼テロ事件のほとんどと異なり、銃を用いた大量殺人だった
  • さらに、標的になったのは、これまでのようにイスラームの宗教施設ではなく、ソフトターゲットと呼べるバーだった
  • そのうえ、これまで極右の台頭が指摘されていたドイツ東部ではなく西部で事件が発生したことからも、右翼テロの脅威がかつてないレベルでドイツ全域に広がりつつあることがうかがえる

 フランクフルト郊外で発生した移民銃撃事件は、「法と秩序の国」ドイツで右翼テロが今後さらに増える懸念を抱かせる。そこには3つの理由がある。

ハーナウの惨劇

 ドイツ西部フランクフルト郊外のハーナウで2月19日、中東で広く愛好される水煙草を吸うためのバー(シーシャ)2軒が相次いで銃撃され、9人が死亡、4人が負傷した。容疑者のドイツ人男性トビアス・ラシン容疑者は、2件目の犯行現場に近い、労働者階級の集まる区画にある自宅で、母親とともに遺体で発見された。

 母親を殺害し、自殺したとみられるラシン容疑者は、自身のホームページ上で犯行声明を掲載していた。

 そこでは中東や北アフリカの国名をあげ、その民族を「絶滅すべき」と主張している。その一方で、「ドイツ人が世界で最も優秀」と賛美しながらも、移民系もいるとして、これらを識別して扱うべきとも強調していた。

 こうした主張などから、昨年3月に発生したNZクライストチャーチのモスク銃撃事件などと同じく、移民や外国人への敵意に基づくテロとみて、ほぼ間違いないだろう。

 メルケル首相は事件を受け、「差別主義やヘイトは社会にとっての毒」と非難している。

監視の網の目からこぼれ落ちた容疑者

 今回の事件がドイツに与えた衝撃は大きい

 白人至上主義者によるテロは、アメリカをはじめ欧米諸国で広がっている。

 ドイツでも反移民感情の高まりとともに極右の台頭が警戒されてきた。国際反テロセンターによると、2016年だけで極右による暴力事件が1600件にのぼった。また、昨年6月には、移民受け入れを支持していたヘッセン州の州議が極右に殺害されたが、こうした標的をまとめた「死のリスト」も右翼活動家の間で出回っているといわれる。

 こうした状況にドイツ当局は取り締まりを強めてきた。

 「暴力的」とみなされた右翼活動家の銃器の没収などが行われてきた一方、ドイツ政府は2月19日、ネット上でのヘイトスピーチ規制を強化する法案を作成。議会に送るばかりになっていた。

 ところが、こうした対策が進むなか、今回の事件が発生したのだ。当局は主な右翼活動家を監視下に置いていたが、ラシン容疑者に関しては網の目にかかっていなかった。

 それだけに、この事件は右翼テロの裾野がドイツで広がっていることを示しているが、それだけでなく今後の同様の事件に大きな影響を残すとみられる。そこには大きく3つの理由があげられる。

ドイツにおける銃乱射の先行事例

 第一に、多くの人を銃殺した事件であることだ。

 銃乱射はアメリカではもはや珍しくない。しかし、銃の所持が合法の国すべてで乱射事件が頻繁に発生するわけでもない。

 実際、ドイツでも一定の条件のもとに銃の所持は認められているが、これまでの右翼テロ事件による死者は刃物などによるものが多く、一件あたりの犠牲者も3人以下のものがほとんどだった(米FBIの定義によると、ほぼ同時に4人以上の死者を出す事件をmass murder、大量殺人と呼ぶ)。

 つまり、今回の事件はドイツでの右翼テロに、銃乱射による大量殺人の先例を作ったといえる。こうした事件の場合、後に続く者が先行事例から影響を受けやすい。そのため、影響はこれからのドイツにおよぶとみられる。

水煙草のバーが狙われた意味

 第二に、宗教施設でない場所が狙われたことだ。

 これまでの白人右翼テロ事件では、移民政策を担う政治関係者が狙われることもあったが、ほとんどの場合、イスラームやユダヤ教の礼拝所が標的にされた。

 実際、ドイツで2月14日、全国13カ所で10人以上の右翼活動家が「武器を集めてイスラームの礼拝所(モスク)を襲撃し、内乱を引き起こそうとした」容疑で一斉に検挙された際、白人至上主義者からの報復を恐れたイスラーム団体は警察にモスクの警備強化を要請している。

 ところが、今回の事件で標的になったのは水煙草のバー、シーシャだった。これは警備や監視がされにくい、いわゆるソフトターゲットの部類に入る

 宗教、政治、教育関係の施設の警戒が強化された結果、ソフトターゲットを狙うことは、イスラーム過激派の場合、もはや常とう手段となっている。2015年11月のパリ同時多発テロでコンサートホールなどが襲撃されたことは、その象徴だ。

 だとすると、今回の事件は白人右翼もソフトターゲットを意識する転機になり得る。

中年独身男性の反乱か

 最後に、現場になったのがフランクフルト近郊のハーナウだったことだ。これはドイツ西部に当たる。

 これまでドイツでは、主に東部で白人至上主義者の活動が活発だった。東西冷戦時代の旧東ドイツに当たる東部では、いまも西部と比べて所得水準が低く、こうした社会背景が白人右翼テロの温床になってきたといってよい。

 ところが、西部のハーナウで今回の事件が発生したことは、ドイツ全域が白人右翼テロの脅威にさらされていることを示す。

 それは同時に、ドイツ全域で社会的な不満が生まれやすい状態にあることをも暗示する

 今回の事件の犯人とみられる43歳(筆者とあまり変わらない)のラシン容疑者がホームページに残した記述からは、排外主義的なイデオロギーだけでなく日常生活への不満もうかがえる。

 「これまで女性と付き合ったことがない」。

 結婚や異性との交際を望みながらそれができない男性は近年、インセル(incel: involuntary celibateの略語、「非自発的独身者」)と呼ばれる。インセルのなかには自らの願望が実現できない原因が自分ではなく相手、つまり女性側にあると捉え、ひいては自分のことを「社会全体の犠牲者」とみなす者もいる。

 こうした、いわば一種の陰謀論に傾いたインセルは極右的な思想を抱きやすいという指摘もある。自分が好ましくない状況にあるのは他者(女性、移民)のせいと捉える点で、両者は共通するからだ

 2018年4月にカナダのトロントでバンを暴走させ、10人を死亡させたアレック・ミナシアンはFacebookに排外主義的な主張だけでなく、「インセルの反乱はもう始まっている!」とも書き込んでいる。

 もちろん、インセルの全てがテロリストになると考えるのは短絡的だ。しかし、それなりに満足のいく社会生活を営めないことが、後戻りできない暴力行為に向かう原動力になることは、あらゆるテロや革命、そして通り魔事件に共通する。

 インセルに代表される社会的な不満が、もはやドイツ東部だけでなく西部にも広がっているとすれば、ハーナウの事件は今後この国で右翼テロが広がる予兆とみることができるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)、『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)など。

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