アメリカとイランの対立に翻弄されるクルド人――少数民族の憂鬱と悲哀

イランでの米軍の活動に抗議するデモ(イスタンブール、2020.1.5)(写真:ロイター/アフロ)

  • アメリカとイランの対立がエスカレートするなか、ソレイマニ司令官が殺害されたイラクでは「米軍撤退」の要求が高まっている
  • しかし、イラク全体が反米に傾いているわけではなく、少数民族クルド人は米軍撤退に反対している
  • クルド人はアメリカを信用しているわけではないが、イランを信用しているわけでもなく、両者の対立によって振り回されることへの苦悩は大きい

 「第三次世界大戦」への懸念すら生まれているアメリカとイランの対立に、誰よりも危機感を募らせているのは、その足元で踏みつけられてきたイラクの少数民族クルド人たちだろう。

イラク議会が米軍に撤退を要求

 イラク議会は1月5日「外国軍隊がイラクから撤退すること」を求める決議を採択した。ここでいう外国軍隊とは暗に、アメリカ主導の有志連合を指す。

 有志連合は、2014年にイスラーム国(IS)がイラクとシリアの国境付近で「建国」を宣言した後、当時のイラク政府の要請に基づいて、イラクに駐留してきた。

 しかし、その有志連合は、いまやイラクで敵意と憎悪に囲まれている。その直接の理由は「米軍が本来の任務にない軍事行動を勝手に行っている」。つまり、イラクの主権が脅かされている、というのだ。

 この決議を受けて6日、アブドル・マフディー首相はアメリカ大使に米軍撤退を要求した。これに関して、エスパー国防長官は「撤退の予定はない」と言明した。

「シーア派武装組織への攻撃」は主権侵害

 このイラク議会の決議のきっかけは、昨年末に米軍施設がロケット砲で攻撃されたことだった。

 米軍はこれを、イランに支援されたイラクのシーア派武装組織によるものと断定。その報復として12月30日、シーア派武装組織「カタイブ・ヒズボラ」を攻撃して25人を殺害した。

 これに関して、イラク政府への事前通告はなかった。そのうえ、イラク政府にとってシーア派武装組織は重要な支持基盤でもある。

 その結果、首都バグダッドのアメリカ大使館にデモ隊が押し寄せた。

 さらに米軍は1月3日、イラク北部の空港を空爆。イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官だけでなくイラクのシーア派武装組織の連合体「人民動員隊」の幹部も殺害したことで、イラクのシーア派の反米感情はピークに達した。

 今回の決議は、この背景のもとで採択されたのだ。

シーア派議員だけの決議

 ただし、イラク全体が反米に傾いているわけではない

 今回の決議が採択された時、議場にいたのは、ほぼシーア派の議員だけだった。

 シーア派はイラク人口の約6割を占める。その全員がシーア派の教義を重視する親イラン派ではなく、なかには外国の干渉を警戒する、より世俗的なナショナリストもいる。こうしたシーア派内の派閥抗争は、イラク政治の基軸になってきた。

 しかし、米軍がイラク国内でソレイマニ司令官らを殺害したことは、親イラン派とナショナリストを結びつけ、シーア派をこれまでになく結束させた

 そのシーア派は、議会の過半数を占める。「アメリカを追い出せ」と叫ぶシーア派議員だけで、米軍など有志連合への撤退を求める決議は採択されたのだ。

 これに対して、イラクでは少数派のスンニ派や少数民族クルド人の議員は、そのほとんどが決議に抗議して議場を退席した

 このうち、クルド人のシャムズ議員はアルジャズィーラのインタビューに「アメリカがたとえイラク政府の要請に反したとしても、それは政府同士で交渉すべきであって、議会が決めることではない」と答え、反米感情に突き動かされることに警鐘を鳴らした。

イランやシーア派への不信感

 なぜイラクの少数派、とりわけクルド人は、有志連合の撤退に消極的なのか。その背景には、大きく二つの理由があげられる。

 第一に、シーア派に引きずられることへの警戒感だ。

 イラクのクルド人たちは分離独立を求めてきたが、歴代政権によって常に抑えこまれてきた。それはスンニ派中心だったフセイン政権時代でも、フセイン政権の崩壊後に成立した、多数派であるシーア派中心の政府のもとでも、基本的には変わらない。

 クルド人は2014年に自治政府を発足させ、2017年には住民投票に基づいて独立を宣言。しかし、この住民投票はイラク最高裁から違憲判決を受け、クルド自治政府はこれを受け入れた一方、将来の独立に望みをつないでいる。

 このクルド人勢力は、ISからだけでなく、「イラクの一体性」を重視するシーア派武装組織からもしばしば攻撃を加えられてきた

 そのクルド人にとって、シーア派が反米をテコに挙国一致を図ることは、いわば「シーア派の立場=イラク人の立場」と位置づけるもので受け入れられない。

 そのうえ、クルド人の目には隣国イランがことさら友好的な相手とは映らない。クルド人はイランにもいるが、こちらでも分離独立運動を弾圧されてきたからだ

 だとすると、イラクのクルド人にとって、アメリカがイラク国内で勝手に軍事活動をすることに抵抗感があっても、シーア派やイランに付き合うのに消極的なのは不思議ではない。

アメリカも信用できないが…

 クルド人がアメリカ率いる有志連合の撤退に消極的な第二の理由は、それがISの台頭を促しかねないことだ。

 イラクやシリアで拠点を失ったISの一部は、イラク北部の山岳地帯に潜伏している。ところが、イラク情勢の混迷にともない、この地域でのパトロールなどは手薄になっている。

 アメリカ率いる有志連合がイランやシーア派武装組織を警戒するほど、ISにとっては好都合になる。昨年末の段階ですでに、クルド人武装勢力の諜報部門の責任者は英BBCのインタビューに「政治の不安定はISにとって天国か早くやってきたクリスマスみたいなものだ」と危惧の念を示した。

 クルド人2014年以降、ISと戦闘を続けてきたが、彼らにしてみればイランだけでなくアメリカも信用できない。アメリカはシリア内戦で、クルド人を利用しておいて見捨てた経緯がある

 しかし、IS復活の脅威に直面するクルド人にすれば、当面は有志連合との協力が不可欠になる。イランもIS対策では一致しているが、クルド人にとって信用できない以上、バランスをとるうえでなおさらアメリカを引きつけておく必要がある。

スンニ派の動向への懸念

 クルド人のこうした危機感に拍車をかけるのが、イラクでやはり少数派の立場にあるスンニ派の動向だ。

 もともとイラクのスンニ派は、クルド人以上にシーア派への敵対心が強い。スンニ派はフセイン政権時代に実権を握っていたが、現在ではシーア派中心の政府の風下に立たされてきたからだ。

 その反感と敵意は、2014年のIS台頭でさらに増幅した。当時イラク政府はIS対策としてシーア派住民に武器を配りながら、ISと戦うことを申し出たスンニ派住民にはこれを却下したのだ。イラクのスンニ派住民の間からISに自発的に協力する者が現れたことは、ただ宗派が一致するからではない。

 つまり、イラク情勢が混乱し、それに乗じてISが勢力を盛り返せば、再びスンニ派からISに協力する者が大挙して現れかねない。それはクルド人にとって、まさに悪夢だろう

 こうしてみたとき、イラクに暮らすクルド人にとって、アメリカとイランの対立は百害あって一利なしといえる。

 「国をもたない世界最大の少数民族」とも呼ばれるクルド人は、これまで周辺国に抑え込まれてきた。緊迫の度を増すイラク情勢に振り回される彼らの苦悩は、またもや大きくなっているのである。