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出口戦略なきイラン「開戦」――パンドラの箱に手をかけたトランプ

六辻彰二国際政治学者
ソレイマニ司令官殺害後の会見のトランプ大統領(2020.1.3)(写真:ロイター/アフロ)
  • イラン革命防衛隊の司令官殺害で、アメリカとイランの軍事衝突は避け難くなった
  • 大統領選挙を控えたトランプ大統領はこれによって、「イランに鉄槌を下した大統領」として保守派の支持を得やすくなる
  • しかし、イラクを舞台に両国が戦闘に至った場合、アメリカはベトナムやアフガニスタンでの苦悩を再び味わうことになるとみられる

 アメリカ軍がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を爆殺したことはイランに「開戦」を宣言したに等しく、トランプ大統領はとうとう泥沼に両足を突っ込んだ。

初めての本格的な攻撃

 アメリカ軍は1月3日、イラク北部の空港をロケット攻撃。イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官らを殺害した。

 1979年に国交を断絶して以来、アメリカ軍が直接イランの要人を殺害したのは、これが初めてだ。この作戦はトランプ大統領自身が命令した

 ソレイマニ司令官の殺害は事実上、アメリカがイランに開戦を宣言したに等しい

 革命防衛隊はイランの正規軍ではなく、イランのイスラーム体制を護持することを任務としており、その人員は15万人以上とみられる。宗教指導者にも近く、イランでの影響力は正規軍にも匹敵する。

 その司令官が爆殺されたことで、イランの最高指導者ハメネイ師もアメリカへの「報復」を宣言している。

トランプ大統領が得るもの

 トランプ大統領はソレイマニ司令官の殺害を「戦争を避けるための措置」と説明している。これは例によって我田引水の主張で、もともとイランをめぐる危機はアメリカがエスカレートさせてきたものだ。

 2016年大統領選挙でトランプ氏は公約の一つに、2015年のイラン核合意からの離脱を掲げた。これは歴史的な核合意を成立させたオバマ政権との差別化を図るもので、イラン嫌いの保守派を惹きつけるものでもあった。

 トランプ政権発足後、アメリカは核合意から離脱し、イランへの経済封鎖を再開した。

 これに対して、イランも核合意で規制されているウラン濃縮を再開。緊張がエスカレートするなか、今回の攻撃に至った。

 この経緯に照らせば、今回の攻撃はトランプ氏にとって、国内の保守派の支持を期待できるものだ。北朝鮮情勢が膠着するなか、北朝鮮と違ってアメリカ本土を攻撃できるICBMやSLBMを持たないイランは、大統領選挙を控えていつも以上にヒーローを演じたいトランプ氏にとって、格好の「かませ犬」に映るかもしれない

 さらに、この危機で原油価格が上がれば、アメリカ経済も影響は免れないものの、シェールオイル開発ですでに世界屈指の産油国になったアメリカや、その同盟国でやはり世界屈指の産油国サウジアラビアにとっては悪い話ばかりでもない。

舞台はイラク

 アメリカとイランが衝突する場合、その舞台はイランの隣国で、ソレイマニ司令官が殺害された現場でもあるイラクとみられる。

 イラクでは、イランが支援するシーア派武装組織が大きな勢力をもっており、その連合体である人民動員隊は約15万人を抱えるといわれる。

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 一方、イラクにはもともとIS対策などのためにアメリカ軍も駐留していたが、ソレイマニ司令官の殺害後の1月4日、国防総省は3500人を追加派遣することを発表した。

 アメリカにとって、イラン本土の攻撃にはリスクが大きい。筆者は以前、イラン攻撃にともなう4つのリスクをあげた。

  • 「核の脅威」を理由に攻撃すれば、北朝鮮の態度をより硬化させる
  • イランの軍事的パートナーであるロシアの介入を招きかねない
  • シリアやイエメンなど周辺国で、イランから支援されるシーア派武装組織の活動が活発化しかねない
  • 原油価格の高騰による経済への悪影響

 これらに鑑みれば、トランプ氏にとって、イラクでの衝突の方がまだしも局地的な戦闘で抑えやすいと映っても不思議ではない(ただし、イラクで戦闘が激化すれば、イラク北部に潜伏しているISが勢力を増しかねない

 一方、イランにしても、いきなり本土決戦には持ち込みたくないだろうし、かといってアメリカ本土を攻撃するのは困難だ。その意味で、アメリカ軍が駐留し、さらにイランから支援される武装組織が数多くいるイラクは、格好の舞台だろう。

衝突は易し、終結は難し

 ただし、イランと衝突した場合、アメリカは終わらせるのが難しい戦闘に足を踏み入れることになる。

 トランプ氏はイランの体制転換(レジーム・チェンジ)を求めないと強調する一方、弾道ミサイルの保有だけでなく原子力の平和利用すら認めない。アメリカへの不信感の強いイランにとって、これは呑めない話だ(この構図は北朝鮮と同じ)。

 自分に有利な落とし所に持ち込むため、一撃食わせて恫喝するのがトランプ流だが、イランにしてみれば国家存亡の危機であって、譲歩の余地はない。つまり、空爆などでイランを外交交渉に引き出すことは難しく、戦闘が拡大する公算は大きい。

 その場合、近代兵器のデパートとも呼べるアメリカ軍が正面から攻撃すれば、イラクのシーア派武装組織やイラン革命防衛隊をイラクの要衝から排除することは難しくないかもしれない。

 しかし、たとえイラクの首都バグダードを制圧したとしても、アメリカが勝ったことにはならない

 アメリカの今回の相手は、イラク人口の多数派であるシーア派住民の大半から疎まれ、戦意も萎えがちだったフセイン政権時代のイラク軍ではない。精強で知られるイラン革命防衛隊と、それに支援されるシーア派武装組織だ。仮に要衝から排除されても、シーア派住民の支援を受け、ヒットアンドアウェイのゲリラ戦法で抵抗することが見込まれる。

 戦術的撤退を繰り返す相手には、戦闘がズルズルと長期化しやすくなる。アメリカにしてみれば疲弊するばかりで勝利は近づかず、イランにしてみれば負けなければそれが勝利になる。

 要するに、アメリカはベトナムやアフガニスタンで味わったのと同じ苦悩を強いられることになりかねない。大統領選挙を控えて大きな賭けに出たトランプ大統領は、いまやイランというパンドラの箱のふちに手をかけているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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