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トランプ大統領とシリアにとっての「IS指導者の殺害」の意味

六辻彰二国際政治学者
バグダディ殺害を発表するトランプ大統領(2019.10.27)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ大統領はIS指導者アル・バグダディ容疑者を殺害したと発表した
  • これが確かなら、ISは求心力を低下させることはほぼ確実だが、各地に飛散したIS戦闘員による強盗まがいの活動はおさまらないとみられる
  • これに加えて、「バグダディ殺害」によってトランプ氏は念願だったシリアからの撤退に弾みをつけたが、これによってロシアが中東での影響力を伸ばすとみられる

 トランプ大統領は27日、「イスラーム国」(IS)指導者アル・バグダディ容疑者を殺害したと発表した。これが本当なら2014年に「建国」を宣言したISは大きなダメージを負うことになる。その一方で、その真偽にかかわらず、「バグダディ殺害」そのものがアメリカとロシアの「手打ち」になるといえる。

トロフィを手にしたトランプ大統領

 ISと敵対する各国にとって、バグダディ容疑者はいわば「トロフィ」だ。そのため、これまでに何度もロシア、シリア、イラクなど関係各国が「バグダディ殺害」を発表したが、その度にISはこれを否定し、バグダディ容疑者本人のものとされる肉声メッセージがネット上で発表されてきた。

 今回のトランプ氏の声明に対して、ISが今後どのように反応するかは不明だが、仮にこれを認めた場合、ISの求心力がこれまで以上に低下することは間違いない。

 そればかりか、「バグダディ殺害」はトランプ氏個人にとっても大きな意味をもつ。

 トランプ氏は2016年大統領選挙でシリアからの撤退を掲げた。これに最も強く抵抗したのは、「IS対策」の必要性を訴えるアメリカ軍自身だった。

 「バグダディ殺害」が確かなら、アメリカ軍の撤退に弾みがつく。それはトランプ氏にとって来年の大統領選挙に向けての有利な材料となる。

国際的なメンツも立つ

 また、「バグダディ殺害」はトランプ氏の国際的な面目をもほどこすことになる。

 10月上旬からアメリカ軍は、トルコ軍によるクルド攻撃と歩調を合わせて部分的に撤退し始めだが、これはシリア内戦で支援してきたクルド人を見捨てるものと批判を呼んだ。

 「バグダディ殺害」でISの勢力がこれまで以上に低下すると見込まれるなら、トランプ政権は大手を振って撤退できる。

 また、今回のトランプ氏の声明に前後して、バグダディ殺害作戦に協力したとみられるシリアのクルド人勢力もアメリカ政府に謝意を表明している。これも「クルド人を見捨てた」という悪評を緩和するものといえる。

「バグダディ殺害」で消えない傷

 とはいえ、「バグダディ殺害」が確かなら、ISが勢力を落とすことは間違いないとしても、それでISがなくなるわけでもない。

 シリアやイラクでの旗色が悪くなるにつれ、すでにISは世界各地に飛散している。

 そうしたグループの中には、本部からの資金援助や人員補充が難しいため、「真面目に」テロ活動をするより、身代金目当ての外国人誘拐や資源などの違法採掘など強盗と変わらない活動を増やすものも少なくない。フィリピンのアブサヤフ、ナイジェリアのボコ・ハラムなどは、その典型だ。

 指導者と組織的バックアップを失い、それでも娑婆に帰れない戦闘員たちは、今後さらに強盗まがいの活動に向かう公算は高い

 実際、トランプ大統領も声明の中で「対テロ戦争が終わった」とは言わず、「世界はより平和になった」と述べるにとどめている。

焦点としてのISの反応

 その一方で、(事実にかかわらず)仮にISがトランプ氏の発表を否定するなら、やや事情は変わってくる。

 まず、ISの求心力が大きく損なわれることは期待できない。

 そればかりか、「トランプ氏のトロフィ」への疑問が浮上する。

 その場合、トランプ大統領は間違いなくISの発表を「フェイク」と切り捨てるだろう。しかし、言い分が食い違ったとき、どちらが真実かは容易に判断できない

 「フセイン政権が大量破壊兵器を持っている」と主張してイラク侵攻に踏み切ったように、トランプ政権以前からアメリカ政府がしばしばフェイクの出元になってきたことは、多くの人が知っている。また、トランプ大統領に物事を誇張するクセがあることも有名だ。

 これまでISは「バグダディ殺害」の噂が立つと、あまり日をおかずに否定してきたことからすると、今後ISの反応が一つの焦点になる。

花と実

 ただし、ISがどんな反応をするにせよ、対テロ戦争がすぐに終わることがないだけでなく、シリア情勢も基本的に変化しない。

 ISの反応にかかわらず、アメリカ軍は「トロフィ」を強調しながらシリアから撤退する公算が高い。その場合、アメリカはすでに大半をロシアが押さえたシリアからの「栄光ある撤退」という花を手に入れ、シリアではロシアが影響力を握り続けるという実を手にするとみられる。トランプ氏が声明の中で、「ロシアなどの協力」に謝意を表明したことは示唆的だ。

 つまり、ISだけでなくシリア政府とも対立するアメリカ軍が撤退することで、シリア政府を支援し続けたロシアの主導によるシリア内戦終結が実質的にほぼ完成することになる。

 だとすると、その真偽にかかわらず、「バグダディ殺害」は行き詰ったシリア政策をアメリカ政府が転換させることの煙幕になるとみられる。それは中東でロシアが今後、これまで以上に大きな存在感をもつ前兆といえるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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