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なぜ今サウジ油田が攻撃されたか――思惑の渦巻く対イラン制裁の緩和

六辻彰二国際政治学者
サウジアラムコ本部にあるロゴ(2018.5.23)(写真:ロイター/アフロ)
  • サウジアラムコへのドローン攻撃は、イエメンのフーシ派によるとみられている
  • そうだとすると、このタイミングでの攻撃の背景には、アメリカがイラン制裁の緩和の兆しをみせていることがある
  • それは「簡単に取引しない」というメッセージをアメリカに発する「ディールのための攻撃」といえる

 サウジアラビアの油田に対するドローン攻撃は、アメリカのイラン制裁の行方にも影響を及ぼすが、これによってトランプ大統領が難しい判断を迫られることは間違いない。

ドローン攻撃の衝撃

 サウジ最大の石油企業サウジアラムコの設備2カ所を9月13日、ドローンがほぼ同時に攻撃。その直後、隣国イエメンの武装組織フーシ派が犯行声明を出した。

 これに関して、アメリカのポンペオ国務長官はフーシ派の後ろ盾イランの関与を示唆しているが、イランはこれを否定している。

 フーシ派はイエメン政府と対立する武装組織で、イランとはイスラームの宗派(シーア派)で一致する。これに対して、サウジアラビアはイランと宗派が異なる(スンニ派)だけでなく、イエメン政府を支援しており、さらにアメリカによるイラン制裁にも協力的だ。

 そのため、フーシ派はこれまでにもしばしば、サウジの油田や国際空港などにドローンやロケットで攻撃してきた。

 しかし、今回の攻撃は、そのインパクトの大きさからいって、これまでの比ではない。「アラブの大国」としてのサウジの権威に傷がついたばかりか、サウジの原油生産量は50%減少したと見込まれている。

なぜ今なのか?

 仮に今回の攻撃がフーシ派によるもので、イランもこれを黙認していたとすれば、そのインパクトは政治的な意味においても大きい。それは、「なぜ今なのか」という問題だ。

 フーシ派を支援するイランは、核開発問題をめぐりトランプ政権から「最大限の圧力」を受けてきた。

 しかし、トランプ政権にはここにきてイランへの圧力を緩和する兆しもうかがわれる。9月10日、強硬派のボルトン大統領補佐官が突如解任されたが、これはトランプ氏との間でイラン制裁緩和に関して意見が一致しなかったためと報じられている。

 ボルトン氏は2003年のイラク侵攻の「張本人」の一人で、イランへの厳しい態度でも知られる。その解任はトランプ氏の軟化をうかがわせる。

イランへの圧力緩和の兆し

 トランプ大統領は2015年のイラン核合意を一方的に破棄した後、各国にイランとの取引の制限を強要し、ホルムズ海峡一帯での安全の確保を名目に有志連合の結成を呼び掛け、軍事的圧力も加える姿勢をみせてきた。

 しかし、イランは対抗姿勢を鮮明にしているうえ、トランプ氏が国際的に支持されているとはいえない。実際、有志連合への参加を表明したのは、イギリス、バーレーン、オーストラリアの3カ国にとどまる。

 来年の大統領選挙に向けて有利な材料を揃えたいトランプ氏にとって、このままイラン制裁を加速させても、期待される成果が得られるかは疑わしい。その意味で、ボルトン氏を解任してでもイラン制裁の緩和に向かうこと自体は不思議ではない。

 そのタイミングでの攻撃は、いかにもアメリカの出鼻をくじくものに映る。だとすれば、フーシ派やイランは、アメリカとの交渉を望んでいないようにも思われる。

ディールのための攻撃か

 しかし、見方を変えると、イランやフーシ派が今回の攻撃を行ったとすれば、このタイミングだったからこそともいえる。

 相手に侮られて不利な取引を結ぶことを避けるために、自らの存在感を大きく見せるため、あえて交渉決裂も辞さない行動に出ることは、交渉では珍しくない。これはトランプ氏の常とう手段でもあり、例えば中国との貿易摩擦に関して、今年1月に予定されていた中国の閣僚2人の渡米が突如中止された。

 ただし、これはトランプ氏の専売特許ではない。アフガニスタンからの撤退を進めたいトランプ政権はタリバンとの交渉を進めていたが、そのさなかの9月5日にタリバンは首都カブールで自爆テロを引き起こし、米兵12名が死亡。これに関して、アフガンのNGO代表ミラド・セカンダリ氏は「交渉の手段としてのテロ」と指摘している。

 この観点からすれば、イランやフーシ派にとって、今回の攻撃は「安売りはしない」というアメリカへのメッセージになる。

 緊張の発端がアメリカの一方的な行動であるだけに、イラン政府はこれまで「交渉の余地はない」と強調してきた。実際、トランプ氏と交渉すれば2015年の核合意見直しに着手する可能性が大きいため、イランにしてみれば交渉そのものを避けたいはずだ。

 とはいえ、イランやフーシ派にとって、アメリカが無条件で手を引くこととともに、アメリカと正面衝突を避けることも大前提だ。

 したがって、イランやフーシ派はトランプ氏に「このまま本当にイランとの衝突に至ることはまずい」と思わせる程度に、アメリカの施設やアメリカ人を傷つけない範囲で、今後とも軍事行動を定期的に行うとみられる。

イランにとってのリスク

 ただし、仮にこうした方針のもとにイランやフーシ派が今回の攻撃を行ったとしても、そこにはリスクもある

 ボルトン氏とともに強硬派のポンペオ国務長官は、攻撃を受けてイランを批判し、各国に協力を呼び掛けている。ポンペオ氏にすれば、イラン制裁緩和に向かい始めた大統領を引き戻す絶好の機会だ。

 そのうえ、サウジアラビアを刺激することも間違いない。サウジのムハンマド皇太子は15日、トランプ氏と電話で会談して「サウジが反撃の意志も能力もある」と伝えたと報じられている。

 アメリカ以上に反イラン的なサウジアラビアが「アメリカぬきでも行動する」という意志を示したことは、トランプ氏に行動を起こさせるプレッシャーとなる。

 一方、もともとトランプ氏に、国内向けに「悪いイランに立ち向かうヒーロー」としての演出以上にイランと本格的に対峙する意図があったかは疑問だ。そのため、今回の攻撃がアメリカ政府タカ派やサウジを刺激するものであるだけに、トランプ大統領もより強硬な態度をとらざるを得ないが、もしトランプ氏が国内事情を優先させて実質的に動かなかった場合、アメリカとサウジにはすきま風が吹くことにもなり得る。

 こうしてみたとき、今回の攻撃はイランをめぐる緊張の一つの分岐点になるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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