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テキサス銃撃を「テロ」と認めた米当局――日本も無縁でない「身内のテロ」

六辻彰二国際政治学者
護送されるクルシウス容疑者(2019.8.3)(写真:REX/アフロ)
  • テキサス州エルパソで発生したスーパー銃撃事件は白人至上主義者によるヒスパニックへの攻撃とみられる
  • こうした犯罪は通常「ヘイトクライム」と呼ばれるが、アメリカ司法省はこの事件を「テロ」と認めた
  • ナショナリズムの高まりは「身内のテロ」を覆い隠しやすくするが、今回のアメリカ司法省の判断は白人至上主義者によるテロがもはやないことにできないレベルに達したことを象徴する

テキサスでの「テロ」

 8月3日、テキサス州エルパソで発生したスーパー銃撃事件は20人以上の死者を出す惨事となった。

 犯人として拘束された21歳のパトリック・クルシアス容疑者は、犯行直前にインターネット上の掲示板に「ヒスパニックの侵略からアメリカを守る」という趣旨の書き込みをしていた(エルパソはメキシコとの国境に隣接し、ヒスパニック系が住民の約80%を占める)。

 さらに、2月にNZクライストチャーチで発生した、49人の犠牲者を出したモスク襲撃事件の犯人ブレントン・タラント被告を支持する書き込みもあった。

 人種や宗教を理由とするこのような事件は一般的に「ヘイトクライム」と呼ばれる。

 ところが、アメリカ司法省は今回の事件を「国内のテロ事件として扱っている」ことを明らかにした。白人至上主義者による無差別殺傷をテロと認めたことは、アメリカ政府の姿勢の変化を表す。

覆い隠される「身内のテロ」

 白人によるテロは欧米諸国で新たな脅威として浮上しつつある。例えば、アメリカでは2008年から2016年までの間に、イスラーム過激派によるテロが63件だったのに対して、白人至上主義者によるものは115件だった。

 ところが、これまで欧米諸国では、白人右翼テロへの警戒や関心が必ずしも高くなかった。

 各国ではナショナリズムと排外主義の広がりにより、外国人の不法行為や関係のよくない国のマイナスの要素が大々的に報じられやすくなる一方、その逆は覆い隠されやすい。

 その象徴は、2018年2月にフロリダ州の高校で発生した、17人が犠牲となった銃乱射事件でのトランプ大統領のコメントだ。この事件の際、トランプ氏は犯人を「狂った人間」とよび、「教師が銃で防戦するべき」と持論を展開した。

 銃所持の問題はさておき、この主張は事件の犯人ニコラス・クルーズが白人至上主義に傾倒していたことや、犠牲者に数多くの有色人種がいたことなどを割り引いたもので、「個人の犯罪」に矮小化する論理といえる。このように、ナショナリズムの高まりは「身内のテロ」をないものと扱いやすくする。

なぜテキサスの事件は「テロ」になったか

 その意味で、アメリカ司法省がテキサスの事件をテロと認めたことの意味は大きい。

 「政治的、イデオロギー的な理由のために相手を脅すための暴力」と字義通りに考えれば今回の事件をテロと呼ぶことは当然だ。ただし、トランプ氏の支持者に多い白人至上主義者にとっては面白くないだろう。それにもかかわらず、司法省がテキサスの事件をテロと認めたのは、白人至上主義を取り巻く状況の変化を反映している。

 これまで白人至上主義者はイスラーム過激派と比べて国際的なネットワークに乏しく、イデオロギーの拡散や支持者のリクルートに限界があった。

 ところが、最近では「白人世界を有色人種や異教徒の侵入から守るべき」という主張を掲げるアイデンティタリアン運動がヨーロッパをはじめ、白人が多い各地で支持者を増やしている。クライストチャーチ事件のタラント被告もその影響を受けていたが、アイデンティタリアン運動はアメリカでも普及しつつあり、クルシアス容疑者もこれに感化していた可能性は高い。

 その勢力の拡大にともない、当局による取り締まりも強まっており、例えばドイツでは今年7月に連邦憲法擁護庁がアイデンティタリアン運動を「極右過激派」に指定。オーストリアでは昨年4月、アイデンティタリアン運動の幹部たちが家宅捜査された。

 テキサスの事件をアメリカ司法省がテロと呼んだことは、このように欧米諸国で「身内のテロ」がもはや覆い隠せなくなったことを象徴する。

「表現の不自由展」でのテロ

 日本に目を転じると、銃撃などの明白なテロではないにせよ、「身内のテロ」が覆い隠されやすい点では諸外国に共通する。

 テキサスの事件が発生したのとまさに同じ8月3日、あいちトリエンナーレで開催されていた「表現の不自由展・その後」が中止された。「平和の少女像」の展示をめぐり、河村たかし名古屋市長をはじめ各方面から異論が出ただけでなく、数多くの抗議の電話が殺到し、なかには「ガソリン携行缶をもってお邪魔する」といった脅迫まであったことから、中止に追い込まれたのである。

 韓国との外交関係が極度に悪化しているタイミングであることから、批判的な意見が出ること自体は不思議ではない。しかし、脅迫という名の暴力があったとなると、これは思想信条の異なる相手を脅すための暴力としてのテロと呼べる

 本来、好悪の感情と権利は別次元のもので、仮に「反日相手ならテロや暴力にならない」というなら、2005年に中国各地で反日デモが暴動にまで発展した際、「愛国無罪」を叫んで日本企業のショーウィンドウを叩き割った群衆と変わらない。

 ところが、政府や自治体からは、展示を企画した責任者らへの批判は出ても、脅迫者への批判はあまり聞こえてこない。また、常日頃「表現の自由」にやかましいはずの多くのメディアは、嫌韓世論に忖度したのか、熱心に報じようとしない。

 もちろん、脅迫と銃乱射では重みが違うにせよ、意見の相違を力で封殺することでは同じのはずだ。ここに「身内のテロ」への甘さがある。

 欧米における白人右翼テロの拡大からみてとれるのは、当局や世論が大目に見ている間に「身内のテロ」が増長したことだ。その意味で、愛知県警には脅迫者への断固たる措置が求められるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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