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G20大阪サミットの焦点・プラごみ規制――「日本主導の議論」の落とし穴

六辻彰二国際政治学者
インドネシア、ジャカルタの海岸線に集まったプラごみ(2019.6.21)(写真:ロイター/アフロ)
  • 日本政府はG20大阪サミットでプラスチックごみ規制の議論を主導すると言ってきた
  • しかし、軽井沢での関係閣僚会合での合意は、事前に日本政府が打ち出していた方針はほとんど反映されていない
  • そのうえ、日本政府はリサイクルを重視しながらも、国内のリサイクル問題には手をつけようとしていない

 海洋汚染の原因とされるプラスチックごみの規制はG20大阪サミットの一つの焦点で、日本政府は「議長国として議論を主導する」と力説してきた。しかし、事前の閣僚会合で合意された内容は、当初の野心的な目標からかけ離れたものだった。

G20大阪サミットに向けて

 日本政府にとってプラごみ規制は因縁のあるテーマだ。日本は昨年6月のG7サミットで、英、仏、独、伊、加の5カ国が提出した「海洋プラスチック憲章」をアメリカとともに拒絶した経緯がある。

 当時アメリカを含む欧米諸国ではスターバックスがプラ製ストローの廃止を進めるなど、すでにプラごみ規制の気運が高まりつつあったが、日本はそれに出遅れていた。

 ところが、昨年から日本でも関心が急速に高まり、内外から「環境保護に熱心でない」とみられることへの警戒感が政府で強まった。さらに、国内でリサイクルしきれないプラごみの主な「輸出先」だった中国が受け入れをやめたことは、これに拍車をかけた。

 そのため、日本政府はすでにプラごみ排出国になっている新興国が多く参加するG20でプラごみ規制の議論を主導する方針に転換。昨年末に環境省は、G20サミットに向けての提案として「プラスチック循環資源戦略」を取りまとめている。

G20関係閣僚会合で合意されたこと

 それでは、日本はどのように「議論を主導」するのか。その内容をG20大阪サミットに先立って6月15〜16日に開催された関係閣僚会合での合意からみていこう。

 この会議は環境省と経済産業省の共催により軽井沢で開かれ、G20参加国・地域のエネルギーと環境の担当者が顔を揃えた。

 ここではプラごみ削減の取り組みを報告・共有する枠組み(G20海洋プラスチックごみ対策実施枠組)の創設が合意された。進捗状況などの情報を共有し、透明性を高めることで、G20メンバーはお互いに監視し合うことになり、そこに緩やかな拘束力が期待されるのである。

プラスチック資源循環戦略からの後退

 ただし、この合意は大きな一歩とまではいえない。「いつまでにどのくらい削減する」といった期限や数値目標が盛り込まれていないため、「各国ができることを、できる範囲でやればいい」となりやすいからだ。

 おまけに、環境省は「我が国が主導して」と強調しているが、この合意には日本政府が事前に打ち出していた方針がほとんど反映されていない

 例えば、昨年末、環境省が取りまとめたプラスチック循環資源戦略では以下のような目標が設定されていた。

  • 2025年までにプラ製容器包装などのデザインを…技術的に分別容易かつリユース、リサイクル可能にすること
  • 2030年までにワンウェイ(使い捨て)のプラ製品を累積25%排出抑制すること
  • 2035年までにすへての使用済みプラ製品を熱回収も含め100% 有効利用すること

 これらは野心的ともいえるもので、昨年のG7サミットで提出された海洋プラスチック憲章にも劣らない水準だった。ところが、こうした期限や目標の設定はG20関係閣僚会合の合意では跡形もない。

選択肢なき緩やかな合意

 こうした合意に至った背景としては、G20各国の間の取り組みや関心の差がしばしば指摘される。

 例えば、中国やインドネシアでは、いまだに河川にプラごみが捨てられることが珍しくない。一方、フランスやアメリカのカリフォルニア州などではレジ袋の使用が禁じられており、インドではレジ袋の使用に最大4万円相当の罰金が科される州さえある。

 状況の異なる各国の賛成を得ようと思えば、参加のハードルを下げるしかなく、そのために各国の自主的な取り組みが重視され、数値目標の導入は見送られた。それはよく言えば立場の違いを超えた協力を促すものだが、悪く言えばどこに向かうか分からないものともいえる。

プラ製品の製造に関する温度差

 もっとも、どこに向かうか分からない合意の成立は、「議論を主導した」日本政府にとっても実は悪いことではない。なぜなら、それによって日本政府は欧米諸国のトレンドと距離を置けるからだ

 なぜ、日本政府は欧米と距離を置きたいのか。ここで、日本と欧米諸国の違いを確認しよう。

 日本と欧米諸国(そしてほとんどのG20メンバー)はリサイクルやリユースの拡大、再生利用な新素材の開発、ワンウェイの削減、海洋プラごみの科学的調査の促進などで原則的に一致しているが、プラ製品の製造そのものの削減で立場が分かれる。

 単純化すれば、欧米諸国ではプラ製品の製造そのものを削減する議論が勢いを増しているが、日本政府はそこに踏み込んでいない(この立場は多くの新興国・開発途上国に近い)。

 例えば、欧米諸国ではファスト・ファッションの見直しを求める声が強まっている。短期間で廃棄される衣類が多ければ、それだけ資源消費が多くなるだけでなく、化学繊維の破片が洗濯で押し流されることで、海洋汚染の原因といわれるマイクロプラスチック(微細なプラスチック粒子)を増やすからだ。

 そのため、海洋プラスチック憲章では「マイクロプラスチックのもとになる産業とともに取り組むこと」が謳われている他、プラスチックの代替品の使用を奨励することが掲げられている。

 これに対して、環境省のプラスチック資源循環戦略では「2020年までにマイクロプラスチックの海洋への流出を抑制する」とあるものの、製造の削減には触れられていない。この違いは、日本で環境団体の発言力が欧米諸国ほど強くなく、政府が産業界の意向に傾きやすいことが大きい。環境省より経済産業省の方が発言力が強いこともあるだろう。

 ともあれ、各国の自主性が重視されたG20関係閣僚会合では、数値目標だけでなく「何に優先的に取り組むか」の共通目標も設定されなかった。それは結果的に、各国がゴール設定をすることを意味する。

 つまり、国際的な立場として「先進国の一国であること」を何より優先させたい日本政府にとって、共通のゴール設定が曖昧なG20の合意は、「仲間うち」のトレンドに合わせないことを正当化できるのである。

リサイクル問題の先送り

 ただし、プラ製品の削減に消極的で、その裏返しでリサイクルを重視しながらも、日本政府は国内のリサイクルが抱える問題に手をつけようとしていない

 日本のリサイクル技術は優れたものだが、これまでにも回収済みプラごみのうちリサイクルしきれないものが開発途上国に輸出されており、その量は年間150万トンにも及ぶ。

 その最大の要因はコストにある。

 現行の容器包装プラスチックのリサイクル制度は企業の負担が軽く、自治体の負担が重い。例えば、シャンプーやリンスのボトルでいうと、内容物の製造元と容器の製造元の負担は一本あたり2〜4円だが、収集、分別、保管、廃棄などの自治体の負担はこの約5倍といわれる。

 そのため、環境省のアンケートでは、容器包装プラスチックのリサイクル制度への不満として、64.7%の自治体が「市町村の収集・選別・廃棄にかかる費用負担を軽減すること」をあげている。

 このコストの問題は自治体が中国などにプラごみを輸出する一因になってきたが、その最大の輸出先だった中国が門戸を閉ざした以上、少なくとも現行制度でのリサイクル重視には限界がある。

 繰り返しになるが、G20で「日本が主導した」議論の着地点は、各国の自主的な取り組みを尊重するものだ。しかし、それは結果的に日本国内のリサイクル行政の問題を先送りさせかねない。日本政府は外向けに成果を誇る前に、足元を見直す必要があるだろう。

【追記】

 6月29日に採択されたG20大阪首脳宣言では「2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指す」と明記されたものの、「どのようにして」までは触れられておらず、ここで述べたプラ製品の製造の削減の有無は明確でない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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