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イラン攻撃を命令しながら直前に撤回したトランプ――気まぐれか、計算か?

六辻彰二国際政治学者
イラン攻撃命令の撤回に関するトランプ氏のツイート(2019.6.21)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ大統領はイランのレーダー基地などへの攻撃を命令したが、直前になって命令を撤回した
  • そこには攻撃すると威嚇してイランを協議の場に引きずり出そうとしたが結果的に失敗した、という可能性と、直前になって影響の大きさを初めて真剣に考えた、という2つの可能性がある
  • いずれの場合も、イランとの神経戦でアメリカが優位に立っていない点で共通する

 トランプ大統領がイラン攻撃を命令しながら直前になってこれを撤回したことは、イランをめぐる神経戦でアメリカが優位に立っていないことを示す。

攻撃命令の撤回

 トランプ大統領は21日、イランのレーダー基地などを標的とする攻撃命令を下した。これは20日、アメリカの無人偵察機グローバル・ホークがイラン近海で撃墜されたことを受けてのものだった。

 これをいち早く報じたニューヨーク・タイムズによると、トランプ政権の内部ではポンペオ国務長官、ボルトン国家安全保障補佐官、ハスペルCIA長官らが攻撃に賛成していた一方、国防総省は「周辺地域に展開するアメリカ軍兵士を危険にさらす」と反対していた。

 ところが、命令によってアメリカ軍が配備についたものの、直前になってトランプ氏は命令を撤回した。これはトランプ大統領が議会の上下両院の責任者らと会合を開いた後のことだった。

 これに関してトランプ大統領は「軍からの報告で150人以上が死亡することが分かったので、10分前に止めた。無人偵察機が撃墜されたことと釣り合いが合わないからだ」と説明している。

なぜ撤回されたか

 筆者は以前、アメリカにとってのイラン攻撃のリスクについて整理した。その観点からすれば、攻撃しなかったのは合理的な判断ともいえる。

 とはいえ、トランプ大統領の説明を額面通り受け止めることはできず、多くの疑問が残る。

 これも以前から述べてきたように、ペルシャ湾一帯で緊張を高めてきたのは、イランよりむしろアメリカだ。その意味で、「無人偵察機が公海上で撃墜された(イランは「無人偵察機が領空侵犯をしたと主張している)」ことは、攻撃には絶好の大義だった。このタイミングで急に釣り合いを持ち出されても、これまでイランに限らず相手との釣り合いを無視して一方的な行動を繰り返してきたのが他ならないトランプ氏であるだけに、違和感がある。

 そのうえ、本格的な衝突の口火になりかねないだけに、報復攻撃で想定されるダメージといった基本的なことをあらかじめ確認しなかったとは考えにくい。

 今回の攻撃命令は、ポンペイオ氏やボルトン氏などトランプ氏以上のタカ派の勢いが政権内で増していることをうかがわせるが、主要閣僚の意見をトランプ氏が一旦受け入れたとするなら、なぜ命令を撤回したのかがなおさら疑問となる。

議会への配慮?

 こうした疑問に関する有力な見方としては、議会への配慮がある。

 アメリカ合衆国憲法では、大統領による開戦の宣言には議会の承認が必要になる。歴史上、その例外は、2001年同時多発テロ事件直後の軍事行動など、「国家に差し迫った脅威」があった時だけだ。一方、イランの場合、その装備からして、アメリカ本土が攻撃される可能性は極めて低い(最近ポンペオ国務長官らが「イランがアルカイダとつながっている」という真偽の疑わしい言説を振りまいていることは、この文脈から理解できる)。

 つまり、少なくとも現段階では、共和党が過半数を占める上院はともかく、民主党が過半数を占める下院の支持を得ることが難しい。だとすれば、議会関係者との会合の後、トランプ氏が命令を撤回したことは不思議ではない。

「物分かりのいい刑事役」か

 しかし、この説明でもまだ疑問は残る。攻撃でイランに与えるダメージと同じく、下院の支持を取りつけるのが難しいことも、事前に予測がついただろうということだ。

 これらの疑問を積み重ねていくと、トランプ氏は最初から撤回するつもりで攻撃命令を出したという説も成り立つ。

 この観点から重要なことは、攻撃命令を出した後、トランプ氏がイラン政府に攻撃を予告していたと報じられたことだ。

 ロイター通信は21日、イラン政府関係者の証言として、トランプ氏がオマーン政府を通じてイランに「攻撃が差し迫っている」、「自分としては攻撃に反対である」と伝えたうえで、攻撃を止めるために協議に応じるよう呼びかけたと報じた。

 ロイターによると、このメッセージに対してイラン政府関係者は、これまで一方的に圧力を加えてきたアメリカ政府との協議に否定的な態度をみせたという。

 もしロイターの報道が正しければ、トランプ氏はポンペオ氏やボルトン氏ら政権内タカ派をいわばダシにして、「彼らを抑えられるのは自分だけ」と匂わせることで、イランに譲歩を迫ったものと理解できる。言い換えると、取り調べ室における強面の刑事と物分かりのいい刑事のうち、トランプ氏は物分かりのいい刑事を演じたとみられる。

 その場合、イランに突っぱねられたことで、トランプ氏は攻撃を引っ込めざるを得なかくなり、作戦は失敗したといえる。

あるいは一人相撲か

 ところが、「物分かりのいい刑事作戦の失敗」説には一つ問題がある。ロイター通信の報道に関してイラン最高国家安全保障評議会のスポークスマンが21日、「アメリカから何もメッセージは何も受け取っていない」と全否定したことだ。

 イラン政府の言い分が正しければ、トランプ氏は事前予告もなしに、しかも一旦受け入れたはずの政権幹部の意見を反故にして、決定を翻したことになる。そうなるとまさにトランプ氏以外は誰も理由を知らないことになる。その理由を推し量るとすれば、それまで度外視してきた攻撃のリスクを直前になって考慮し始めたということかもしれない。

 しかし、そうだとすると、これは「作戦失敗」の場合より、ある意味でタチが悪い。それは戦略的な目標も、緊張が高まることによる影響も、もともとあまり深く考えていなかったことを意味するからだ。それはいわば、トランプ氏の一人相撲とも呼べる

 「作戦失敗」と「一人相撲」のいずれが真実に近いかは定かでない。しかし、いずれの場合も、イランとの神経戦においてアメリカが優位に立っていない点では共通する。

 ただし、その一方で、これからもトランプ氏の動向がカギを握ることもまた確かだ。そのため、アメリカが胸を張って引き上げられる口実を見つけられるまで、同様の事態は繰り返されるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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