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中国に追い抜かれた国連分担金―経済大国から魅力大国への転換期

六辻彰二国際政治学者
(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)
  • 国連に拠出する分担金の比率で、日本は中国に抜かれ、第3位となった。これを指して、日本の国際的な影響力の低下を懸念する声もある。
  • しかし、経済力は国際的な影響力の一つの源ではあるものの、経済力が小さくとも影響力を発揮することは不可能ではない。
  • 日本にとってこの状況は、経済力にのみ頼った外交から脱皮する転機と捉え直すべきだが、そのためには海外からみた「魅力」の構築が欠かせない。

 国連への分担金の金額で日中が逆転し、アメリカに次ぐ2位から3位になったことを悲観的に捉える向きもあるが、今後日本が爆発的に経済を成長させるのが難しい以上、この状態をむしろ経済力にのみ頼る外交から脱皮する転機にするしかない

国連分担金の削減

 国連総会は12月22日、来年から向こう3年間の各国が拠出する分担金の割り当てを決定した。それによると、日本は2016〜2018年の9.680パーセントから2019〜2021年の8.564パーセントに低下し、入れ違いに中国は7.921パーセントから12.005パーセントに上昇する。国連への負担が大きすぎると文句を言い続けるアメリカは、変更なしの22パーセントのままで、出資比率1位の座にとどまった。

 国連分担金の比率は各国の経済力に比例して割り当てられる。日本はバブル期の1986年以来、2位の座を保ってきたが、その座を中国に明け渡すことになった。

 これに関して、当然のように「日本の影響力が衰えるのではないか」という悲観的な見方もある。日本政府は1990年代以来、国連改革を訴え、安全保障理事会の常任理事国の座をうかがってきたが、そのより所となってきたのが「アメリカに次ぐ資金面での貢献」だったことを考えれば、その悲観論は無理もないことだ。

 さらに、日本政府は開発途上国に援助する際、相手国政府に「国連改革への賛同」を求めることが多いが、中国がケタ外れの援助をするようになっている現在、その影がかつてより薄いことも、この悲観論に拍車をかけるかもしれない。

影響力のある国とは

 とはいえ、安保理常任理事国になることの是非はともかく、中国の経済成長が続いている以上、この事態は遅かれ早かれやってきたことだ。

 むしろ、この状況は、経済力のみに頼って国際的な影響力を高めようとする日本のあり方を考える好機と捉えるべきだろう。

 一般的に国際的な影響力というと、軍事力や経済力で測られやすい。もちろん、経済力や軍事力は「影響力の源」にはなる。しかし、影響力とはそもそも相手に「無視できない」と思わせるもので、そのリソースは経済力や軍事力だけとは限らない

 個人同士の関係でも、肩書きや役職、決定権の大きさが発言力に比例することは珍しくない。ただし、他の人が知らない情報を持っている人、他の人のニーズを汲みあげて議論を整理できる人、それまでになかったアイデアを提案できる人、そういう人は相手を説得しやすく、ポジションにかかわらず一定の影響力をもてる。

 逆にいえば、いくら肩書きや役職が立派でも、それだけで多くの人が引きつけられるわけではない。

 同じことは、国家間の関係についてもいえる。トランプ政権の一方的な言動は、アメリカが超大国であるがゆえに無視されないが、それは「力にまかせた存在感」であって、多くの国にとって説得力のある言動とはいえない。

 逆に、例えばカナダのGDPは1兆6530億ドルで、日本(4兆8721億ドル)の約3分の1に過ぎないが、それでもカナダは1970年代には国交のなかった米中の橋渡し(ピンポン外交)をしたり、1997年には地雷の保有や使用を禁じた対人地雷禁止条約の署名を各国に働きかけたりした他、最近ではヨーロッパ諸国とともに難民に関する国際的な取り決め、難民に関するグローバル・コンパクトの取りまとめも主導してきた。

 つまり、経済力の大きい方が外交の展開で有利だろうが、他の国から一目置かれる発言ができるかは、経済力や軍事力の大きさだけでは測れない

ヨーロッパの影響力とは

 この観点から作成されたアメリカ・南カリフォルニア大学公共外交センターの国別ランキングによると、2018年の上位10カ国は以下のようになっている。

1位 イギリス

2位 フランス

3位 ドイツ

4位 アメリカ

5位 日本

6位 カナダ

7位 スイス

8位 スウェーデン

9位 オランダ

10位 オーストラリア

 ヨーロッパ諸国が上位3カ国を独占することに、違和感を覚える人もあるかもしれない。

 イギリスのEU離脱問題を含め、移民問題、テロ、さらにフランスのイエローベストやドイツでの極右の台頭など、ヨーロッパには混乱の印象が強い。

 しかし、その一方で、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国が国際的なシーンで指導的な役割を演じることは少なくない。アメリカが地球温暖化防止のためのパリ協定やイラン核合意から一方的に離脱するなか、ヨーロッパ諸国はこれに明確に反対の意志を示し、多くの国が参加する枠組みを維持するための働きかけを続け、議論を主導してきた。

 つまり、このランキングは「その言動にどの程度の説得力があるか」の順と思ってよい。その上位3カ国は、日本よりGDPが小さい。

 一方、日本は2015年には9位だったが、毎年一つずつ順位をあげ、2018年には5位になった。

 ちなみに、これによると中国は27位で、ロシアは上位30カ国の圏外だ。

ソフトパワーの作られ方

 このランキングはどのように作られるのか。

 南カリフォルニア大学のランキングは、正式には「ソフトパワー30」という。ソフトパワーとはアメリカの国際政治学者ジョセフ・ナイが生んだ言葉で、報酬で相手を「釣る」経済力や、相手に何かを強制する軍事力(これらはハードパワーと呼ばれる)と異なり、自発的に協力してくれる国を増やす「魅力」を指す。

 一般的に外交というと、政府と政府の関係をイメージしやすいが、自国の「魅力」で相手を引きつけるなら、相手国の市民にも働きかける必要がある。相手国の市民を対象にアプローチし、自国への潜在的なファンを増やす活動を公共外交と呼ぶ。

 南カリフォルニア大学のランキングはナイの考え方を発展させたもので、以下の6つの基準に沿って測定される。

  • デジタル(デジタル環境の整備とその運用)
  • 文化(文化発信の程度。ポップカルチャーと伝統文化の両方)
  • 企業(経済モデル、ビジネスしやすさ、イノベーション能力の魅力)
  • 教育(人的資本の育成レベル、奨学制度、外国人留学生からみた魅力)
  • 外国との関係(外交的ネットワークの強さ、グローバルな課題や開発への関与)
  • 政府(自由、人権、民主主義へのコミット、政治制度の質)

 これに世界各国で1万1000人に投票してもらった一般投票の結果を加味してランキングが算出される(細かな計算式は省略)。

 ちなみに、日本の各項目における順位の年ごとの変化は、以下のようになる。

画像

日本のライフステージ

 繰り返しになるが、日本の場合、既に経済は成熟していて、これ以上の爆発的な成長を期待することが難しい以上、これまでのように経済力のみに頼って国際的な影響力を保つことには限界がある。

 その意味で、既にもつリソースの有効活用と、それによるソフトパワーの充実が、日本にとって重要な解題となる。

 それは外交だけの問題ではない。南カリフォルニア大学のランキングは企業、教育、デジタル環境など、各国の国内の状況にも深く関わっている。

 情報化が進み、準公用語として英語が普及した現在では、外国の事情を簡単に、しかも直接知ることができる。その環境のもと、他国から一目置かれる発言をしようとするなら、これまで以上に自国内の状況を「外からみられて恥ずかしくない状態」にしなければ、説得力に乏しい

 この観点から南カリフォルニア大学のランキングをみると、一般投票を除いた日本に関する評価でも項目ごとに差がある。「外国との関係」は2016年から5位につけているが、逆に「企業」は徐々に低下して2018年には9位にまで下落しており、「文化」や「政府」は一桁になったことがない。

 特に「政治」の17位は、国内分裂が深刻化するイギリス(11位)やアメリカ(16位)より低い。日本の場合、メディアの自由度や子どもの貧困率が先進国中ほぼ最下位であることや、LGBTや技能実習生を含む外国人の権利保護の遅れ、ヘイトスピーチの取り締まりの緩さ、投票率の低さなど、さまざまな要因が考えられる。

 また、文化に関していうと、日本政府の文化発信は予算消化のための形式的で一過性のものになりやすい。海外での日本食ブームや禅ブームなども、日本自身の働きかけの結果というより、ミシュランをはじめ外部のプラットフォームの影響が大きい。南カリフォルニア大学は報告のなかで「日本文化にもっと接することを容易にするプラットフォームを作るべき」と勧めたうえで、「多くの者に愛され、尊敬される国にする文化の力の構築は、日本が地域・世界で大国としての立場を築く手助けとなる」と結論している。

 国連分担金の比率で中国に抜かれたことは、日本という国のライフステージが変わったことを象徴する。人間と同じように国もまた、いつまでも成長し続け、元気であり続けることは難しい。ならばいっそ成熟段階に入った国らしくなることを目指した方が、日本の影響力を高めるという観点から建設的だ。言い換えると、国際的な影響力を高めようとするなら、分担金の比率の減少を嘆くより、まず足元から見直すべきだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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