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なぜ今「クルド独立」か:対テロ戦争とIS台頭で加速した「国をもたない世界最大の少数民族」の挑戦

六辻彰二国際政治学者
トルコ南部ディヤルバルクでのクルド独立支持者らによるデモ(2017.9.17)(写真:ロイター/アフロ)

 9月15日、イラクのクルド自治議会は、イラクからの独立の賛否を問う住民投票を9月25日に実施することを承認。住民投票が実施されれば、賛成が多数を占めると見込まれます。

 イラクやその周辺国に散らばって居住するクルド人は、かねてから独立を求めてきました。しかし、「9月25日の住民投票」に関しては、9月19日にイラク最高裁が延期を命じる暫定命令を出しており、それでも実施された場合にはイラク政府は軍事介入も辞さない構えです

 スペインからの独立をめぐる住民投票の実施がカタルーニャ州で求められるなど、国内の一地方や少数民族が独立を求める機運は世界的に広がっています。ただし、そのほとんどのケースは各国の内政であり、外国政府が賛否を論じることは稀です。

 ところが、クルド独立に関しては、イラク政府だけでなく、欧米諸国や周辺国も必ずしも好意的でない態度をみせています。それは、「クルド独立」が実現した場合、イラクにとどまらず、中東一帯に大きな変動をもたらすとみられるからです。

クルド人とは何者か

 クルド人はイラク、シリア、トルコ、イラン、アルメニアなどに居住しています。その合計は約2500~3500万人にのぼり、中東一帯で4番目に人口の多い民族といわれます

 その多くはイスラームのスンニ派で、クルド語など独自の文化をもちます。しかし、国家をもたないクルド人は「国をもたない世界最大の少数民族」とも呼ばれます。

 クルド人が暮らす地域はユーラシア大陸の要衝にあたり、古くから多くの帝国が勃興し、覇を競った土地でした。そのなかでクルド人は軍人として多くの帝国に召し抱えられる立場にあり、その居住地域の多くは16世紀以降オスマン帝国によって支配されました。

 しかし、第一次世界大戦後、オスマン帝国は崩壊。その混乱のなか、中東進出を加速させていた英国の支援のもと、クルド人たちはイラクでクルディスタン王国(1922-24)、南トルコでアララート共和国(1927-30)の建国を相次いで宣言しました。しかし、オスマン帝国の実質的な継承者であるトルコ共和国の軍事介入により、いずれも崩壊。それと並行して、近隣のイラクやシリアが独立するなかで、クルド人の居住地は分断されていったのです。

二級市民としてのクルド人

 居住する各国において、程度の差はあれ、クルド人は差別的な扱いを受けてきました。

 例えば、トルコ人中心のトルコで、人口(約8000万人)の15~20パーセントを占めるクルド人は「山岳トルコ人」と位置づけられ、独立以来トルコ政府はクルド語の使用やクルド名も禁じてきました

 アラブ人が多数派のシリアでは、クルド人は全人口(約2240万人)の10パーセント近くを占めます。しかし、1960年代からクルド人居住地域にアラブ人を移住させる「アラブ化」政策が進められるなど、シリアでもやはりクルド人は抑圧されてきました。

 これに対して、イラクでは人口(約3720万人)の15~20パーセントを占めるクルド人が1958年に少数民族として公式に認定されました。この点だけみれば、イラクにおけるクルド人の扱いはやや「まし」だったといえます。ただし、その自治権は中央政府に一貫して拒絶され続け、さらにクルド人が多く、大油田を抱えるキルクーク一帯が「アラブ化」されるなど、主流派アラブ人の風下に立たされてきました

 このような背景のもと、各国でクルド人は抵抗運動を組織。なかでもトルコでは、冷戦期の1978年にソ連の支援で結成されたクルド労働者党(PKK)が、トルコ政府への攻撃を開始。PKKはトルコだけでなく、米国をはじめ西側先進国から「テロ組織」に指定されています。

 その他、シリアやイラクでもそれぞれクルド人組織の武装闘争はみられましたが、いずれも政府から鎮圧の対象となり、イラクでは1988年にフセイン政権による毒ガス攻撃にさらされました

対テロ戦争とISの衝撃

 このような構図のもとでクルド人に鬱積していた独立願望は、対テロ戦争とIS台頭によって加速していきました

 2003年のイラク戦争後に採択されたイラク新憲法では、少数派の権利が擁護され、連邦制が採用されました。これによりクルド人居住地域も、それ以前より大きな自治権を獲得。これはイラクだけでなく、各国におけるクルド人の独立願望をさらに触発しました。

 ところが、イラクでは2005年の選挙を経て生まれたマリキ政権が、当初こそ民族・宗派間の融和を訴えていたものの、人口で多数を占めるシーア派を徐々に優遇し始めました。政府要職はマリキ氏の出身母体であるシーア派で固められ、クルド人と約束していた油田権益の引き渡しは先延ばしされ続けたのです。この状況はクルド人にとって、「フセイン時代から支配する宗派が変わっただけ」と映ったといえるでしょう

 この背景のもと、2014年にISがイラク、シリアで急速に勢力を拡大。これに対して、当初シーア派中心のイラク軍は後退し続けました。そのなかで、クルドの民兵組織ペシュメルガはISとの戦闘を重ねる一方、「ISの脅威」を大義としてキルクーク一帯を実質的に管理し始めたのです。

 戦争の勝利に貢献したグループが権利の拡大を求めることは、第一次世界大戦後の米国で戦時体制を支えた女性に参政権が認められたように、歴史の常です。これに照らせば、モスル奪還に象徴されるように、イラクにおけるISの勢力が衰えつつあるのと入れ違いに、IS包囲網の一角を担い続けたクルド人の間で独立への機運が一気に高まったことは、不思議ではありません。

住民投票のタイミング

 しかし、住民投票を9月25日に実施することに関しては、イラク政府や周辺諸国だけでなく、欧米諸国からも延期を求める声が出ています

 9月14日に国連のクビシュ特別代表、米国のシリマン大使、英国のベイカー大使は、クルド自治政府のバルザニ議長と会談し、イラク政府の同意なしの住民投票には(2014年にウクライナ政府の同意なしに住民投票を行ったクリミアと同様)国際法上の問題があると述べたうえで、「クルド人の自治権を尊重するがタイミングがよくない」として延期を求めました

 これまで欧米諸国ではクルド人に同情的な世論が目立っていただけでなく、クルド人の独立願望を知りながらもNATOはイラクやシリアへの支援も行なってきました。

 しかし、住民投票が実施されれば、IS包囲網をともに形成しているペシュメルガとイラク軍の間に亀裂が入り、大詰めを迎えているIS掃討作戦に支障が出ると想定されます。そのため、米国などはバルザニ議長との会談で、「ISに対するイラク軍とペシュメルガの共同作戦を優先させるべきこと」を強調したうえで、住民投票の延期を求めたのです。

「タイミング」だけが問題か

 ただし、関係各国が「タイミング」だけを問題視しているかは疑問です。言い換えれば、将来的に「クルド独立」が国際的に幅広く支持されるかは疑問です。そこには、「イラクにおけるクルド独立」が中東情勢におよぼす大きなインパクトがあります。

 まず、ほとんどの周辺国は、「クルド独立」に否定的です。9月16日、トルコ政府はドイツ大使を呼び出し、ケルンで約1万人のクルド系移民が住民投票を支持するデモを行なったことを受けて、「テロリスト」の支持者を厳重に取り締まるように要求。ここには、「イラクにおけるクルド独立」がトルコのそれを活性化させることへの警戒があります。周辺国政府は、多かれ少なかれこの点で一致しており、これらにとって「クルド独立」は「タイミング」以前の問題です

 その一方で、西側先進国にとっても、将来的な「クルド独立」を認めることにはリスクがともないます。

 例えばシリアでは、2011年からの内戦のなかでクルド人を中核とする人民防衛隊(YPG)が台頭し、アサド政権、IS、アルカイダ系のヌスラ戦線などと戦闘を重ね、イラク北部を実効支配するに至っています。この状況下、アサド政権と敵対する欧米諸国はYPGを支援してきましたが、他方でトルコはYPGがPKKと通じていると批判し、これを攻撃しています

 仮に欧米諸国が「イラクにおけるクルド独立」を承認すれば、トルコとの関係はこれまでになく悪化するとみられます。NATO加盟国であるトルコと欧米諸国の関係は、トルコ国内の人権問題などをめぐって既に悪化しており、これ以上両者の関係が悪化すれば、既に表面化しつつあるトルコとロシアの連携がさらに加速しかねず、これは西側にとっては避けたいところです

 逆に、欧米諸国が「クルド独立」を認めなければ、ペシュメルガだけでなくYPGとの連携に亀裂が入ることも避けられません。その場合、イラクにおけるIS掃討作戦に支障が出るだけでなく、シリア内戦におけるアサド政権=ロシアの優位がほぼ確定することになります

 つまり、イラクのクルド人が独立を宣言することは、西側先進国の外交・安全保障政策をより困難にしかねないのです。その意味で、住民投票の「延期」を求めている欧米諸国にとっても「将来的にも住民投票が行われない」方が無難であることは確かです

敵‐味方で識別できない世界

 クルド自治政府も、それは理解していることでしょう。

 クルド人にとっては、トルコなど周辺国だけでなく、欧米諸国も決して信用できる相手ではありません。欧米諸国はISやアサド政権といった「共通の敵」に対抗する手段としてクルド人を支援してきました。その一方で、NATO加盟国トルコを標的とするPKKは現在も「テロ組織」に指定されています。つまり、シリアやイラクでクルド人がISやアサド政権と戦うために欧米諸国からの支援を受け入れたのと同様、欧米諸国も自らの都合でクルド人を利用してきたといえます

 そのため、クルド人の側には欧米諸国が「住民投票の延期」でお茶を濁して、実質的に「クルド独立」を握りつぶすことに警戒があります9月14日の米国などとの会談後、バルザニ議長は「『保障』なしの延期は受け入れられない」と主張し、予定通り9月25日に住民投票を実施する方針を強調。「保障」を求めたことは、大国に翻弄されてきたクルド人たちの警戒感を示すといえるでしょう(これを受けて、フランスがトルコ、国連とともに「保障」について検討しているとも報じられている)。

 その欧米諸国に「クルド独立」を認めさせるためには、何らかの交渉材料が必要になります。つまり、イラクにおけるIS対策で大きな役割を果たしてきたペシュメルガがイラク軍とも争う事態になれば、大詰めを迎えているIS掃討作戦に大きな支障が出るという状況で住民投票を行うこと自体が、欧米諸国にクルド独立を呑ませようとする圧力になっているのです

 こうしてみたとき、そこに賛否はあっても、住民投票が行われること自体、周辺諸国にとって脅威で、欧米諸国にとって頭痛の種であるほど、イラクのクルド人にとっては大国を向こうに回した大きな賭けといえるでしょう。そのゆくえは予断を許しません。しかし、少なくとも、中東の一隅で起こっているクルド人問題のゆくえが、中東情勢、ひいては国際政治に小さくないインパクトをもつことは確かなのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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