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北朝鮮が「ICBM奇襲発射」で得たもの:冷戦期ソ連との比較から

六辻彰二国際政治学者
(写真:ロイター/アフロ)

 7月28日深夜、北朝鮮は慈江道(チャガンド)の舞坪里(ムピョンリ)から弾道ミサイル1発を発射。北海道・奥尻島付近の日本の排他的経済水域(EEZ)に落下しました。これに関して、北朝鮮政府は大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」の2回目の発射に成功したと発表しており、米国防総省も同様の認識を示しています

 北朝鮮による弾道ミサイルの発射は今年に入って11回目。直近では米国の建国記念日の前日にあたる7月3日、アラスカやハワイを射程に収めるICBMの発射実験に成功しています。しかし、今回発射されたミサイルは、米西海岸に到達する能力があったとみられるうえ、その発射そのものがこれまでのものとやや様相が異なります。

 内陸部の舞坪里から、しかも深夜にミサイルを発射することは、これまでほとんどありませんでした。これを敢えて行ったことから、今回の発射は北朝鮮がICBMによる「奇襲能力」を誇示したものとみられます

 ただし、それによって北朝鮮は、単にICBMという「ホコ」の攻撃能力を見せびらかせただけではありません。異例ずくめの発射により、北朝鮮は米国および日本を含むその同盟国に対して、「タテ」としての防衛能力があることを意識させたといえます。これに関して、冷戦期のソ連との対比からみていきます。

「絶対に破壊されない報復能力」

 冷戦時代、米ソはやはり核兵器を向け合って対峙し続けました。イデオロギー的に対立し、決して相いれない両者が最終的に核戦争に至らなかった最大の要因は、「核戦争に勝者はない」ことを相互に理解していたからといえます。

 開発当初、核による攻撃は、地上の固定基地からのものや爆撃機によるものと相場が決まっていました。しかし、1960年代から米ソがそれぞれ、潜水艦に弾道ミサイルを搭載する技術を徐々に本格化。これは米ソの膠着状態を決定づける大きな要因になったといえます。

 潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は、破壊力ではICBMに及ばないものの、潜水艦という隠密性の高い移動手段に搭載されているため、敵から捕捉されたり、破壊されたりする危険は格段に低くなります。

 そのため、膠着状態にしびれを切らした米ソのいずれかが「核による先制攻撃」の誘惑にかられ、ICBMを発射した場合、それによって敵国の都市や地上配備型の核兵器が灰になろうとも、SLBMはほぼ無傷で生き残ることになります。その場合、「先制攻撃された側」のSLBMがほぼ確実に「先制攻撃した側」に報復攻撃を行うことになります

 つまり、「絶対に破壊されない報復能力」であるSLBMの本格的な配備により、米ソはそれまで以上に「先制攻撃の誘惑」を抑えなければならなくなったのです。この状況は「相互確証破壊」と呼ばれ、相互に生存を保障されながらも、いずれも勝利できない膠着を生みました。そして、これにともない、それまで以上に核兵器は「実際には使いにくい兵器」になったのです。

北朝鮮にとっての「奇襲能力」の意味

 この観点からみると、今回の発射によって、北朝鮮は「ホコ」としてのICBMの能力の向上ぶりだけでなく、「ホコがタテになる」ことをも見せつけたといえます

 2017年2月、北朝鮮は射程およそ500キロのSLBM「北極星2号」の発射実験を行いました。これは、2016年8月に発射実験が行われたSLBMの改良型とみられています。つまり、北朝鮮は相手に直接届く攻撃能力だけでなく、「相手に攻撃を思いとどまらせる」報復能力をも着々と向上させているといえます。

 今回のICBM発射は、これをさらに強化するものといえます。異例ともいえる内陸部からの、しかも深夜のICBM発射によって、北朝鮮は「予測できないところからいきなり攻撃できる能力がある」ことを各国に認識させました。これにより北朝鮮は、原子力潜水艦やSLBMほど「絶対に破壊されにくい」かはともかく、少なくとも「破壊されにくい報復能力をもっている」とアピールしたことになります

米国を本気にさせる「下準備」

 ただし、北朝鮮は今回の発射だけでICBMの「奇襲能力=報復能力」をみせつけたわけではありません。

 核抑止とは「相手を攻撃した時の成果」と「それにともなうコスト」を天秤にかける、相手の合理的判断に働きかけるものです。そのため、北朝鮮にしてみれば、米国に「北朝鮮を攻撃したら報復攻撃を受ける可能性が高い」と強く認識させる必要があります。実際に北朝鮮が(日本や韓国ではなく)米国を直接攻撃できる能力をもっているとみせつけなければ、信憑性がないからです。

 その意味で、7月3日の段階でアラスカやハワイを射程に収めるICBMの発射を成功させたことで、米国にこれまで以上に北朝鮮問題を「自分の問題」と認識させたことは、北朝鮮の戦術にとって欠かせないものだったといえます。

 そのうえで、米本土への到達能力を示した28日の「奇襲発射」は、米国にとって、北朝鮮の「核による報復攻撃」をこれまで以上に現実味をもって認知せざるを得なくするダメ押しになったといえます。それは北朝鮮にとって、「攻撃されにくい」防御壁を張り巡らしたのと同じ効果を期待できるのです。

北朝鮮の隘路

 こうしてみたとき、北朝鮮が「米国から攻撃されにくい環境」を作り出したことは、日本を含む各国にとって、北朝鮮問題への対応をより難しくしたことは確かです。一方、北朝鮮からすれば、今回の発射で攻撃能力とともに報復能力をも高めたことで、冷戦期のソ連と同様、米国と「対等の立場」で協議の席につき、「体制の維持」を確約させられれば、お釣りがくるほどの成果といえます。

 ただし、報復能力を高めたことで、北朝鮮政府もそれなりのコストを背負うことになります。そこには、大きく二つのポイントがあげられます。

 第一に、米国トランプ政権が「長期化を避ける」選択の可能性です。つまり、このペースでいけば北朝鮮がミサイル能力をますます向上させることが避けられないなか、トランプ政権が「まだ未熟なうちならリスクも最小限で抑えられる」という考え方に基づいて「北朝鮮体制の排除」を選択した場合、北朝鮮はかえって自らの首を絞めることになります。

 もちろん、日本や韓国などの同盟国のそれだけでなく、アラスカやハワイを含む自国民をも危険にさらすことになる選択をトランプ氏が行えるかは未知数です。ただし、「米国民の安全のため」という大義名分がもつ力は軽視できないものがあります。国内政治の混乱を一気に克服するために、外敵に目を向けさせることは、「独裁者」だけの専売特許ではありません。

 第二に、北朝鮮内部の暴発のリスクです。仮にトランプ政権が「戦略的忍耐」を選択すれば、膠着状態が常態化することになり得ますが、その緊張感はこれまで以上のものとなります。それは、北朝鮮政府自身が先導してきた反米感情に基づき、国内なかでも軍のなかで「米国に一撃喰わせる」ことへの渇望を、これまで以上に充満させることにもなりかねません

 間違っても米国と正面衝突することは避けたい点で、北朝鮮政府は冷戦時代のソ連と共通します。ただし、ソ連の場合、核による「恐怖の均衡」が成立するなか、開発途上国での「陣取り合戦」に向かうことで、米国との直接対決を回避する余地がありました。ところが、北朝鮮の場合、そのような代替措置はありません。なまじ「米国に一撃喰わせる」ことができる状況を作り出しただけに、体制を維持するために国内向けに先導してきた反米、反日的なスローガンによって、かえって自分の行動が縛られることにもなりかねないのです。

 以上に鑑みれば、「奇襲能力を誇示したこと」によって攻撃されにくくした北朝鮮政府も、必ずしも枕を高くしているとは思えません。いずれにせよ、ソ連の場合と異なり、例え非対称的であったとしても、米朝間に「核の均衡」ができつつあることは確かです。したがって、トランプ政権だけでなく日韓を含めた各国が次に打つ一手は、北東アジアの長期的な安全保障環境を大きく左右することになるとみられるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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