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イラン情勢をめぐるチキン・ゲームの行方

六辻彰二国際政治学者

ジェームス・ディーン主演の『理由なき反抗』で、中盤のクライマックスとなったのがチキン・ゲームのシーンでした。2人の若者が2台の自動車にそれぞれ乗り、崖に向かって突っ込む。先にブレーキをかけた方が負けで、「チキン(腰抜け)」と呼ばれる。やり方は色々で、2台が正面から突っ込むというものもありますが、いずれにしても先に危険を回避した方が負け、というルールは同じです。「何のためにそんなゲームを」と尋ねるのは野暮というもの。まさに若者同士の、「理由なき」勝負なのです。

しかし、ただひたすら相手より自分が優位にあることを証明したい若者の無謀なゲームと同様の構図は、世界の各地でみられます。核開発をめぐって対立が深刻化する、イランと欧米諸国、なかでもアメリカと、さらにイスラエルは、いまや「チキン・ゲーム」の最中にあると言っていいでしょう。

この問題は昨年11月のIAEA報告書で、イランの核開発疑惑が取り上げられたことを直接のきっかけにしています。翌月には、アメリカ連邦議会が、イラン中央銀行と取り引きのある各国金融機関を規制する法案を可決。これを受けて、日本や韓国、さらに中国までがイランからの原油輸入を一時取りやめるなど、その影響はまさに世界規模に拡大しました。

イラン政府自身は、8月末にテヘランで開催された非同盟諸国首脳会議でも「世界の非核化」を主張しており、自国の核開発疑惑を一貫して否定しています。その一方で、平和目的の原子力開発自体は「国家としての権利」として譲りません。これを「信用できない」と捉えるのは、欧米諸国だけでなく、パレスチナ問題をめぐって敵対するイスラエルも同様です。イランは、やはりイスラエルと敵対するシリアや、レバノンの反イスラエル武装組織「ヒズボラ」を支援しており、両陣営の相互不信はいわゆる「文明の衝突」の様相を呈しています。

とはいえ、イランも欧米諸国も、自らの優位や正当性を確保することに高い優先順位を置きながらも、それを得るために正面衝突することは避けたいところです。イランからみて、欧米諸国と敵対し続けることは、経済制裁の対象となり続けることを意味します。9月30日、イスラエル財務相は「イラン経済が崩壊寸前」という観方を示しました。同様の見解はアメリカ国務省も示しています。少なくとも、主要な輸出品である原油の販売先が限りなく制限される状況が半年以上続いているなか、イランの通貨リアルの対ドル相場は9月末の一週間で25パーセントも下落していることに鑑みれば、核(原子力)開発を放棄しない状況がイランにマイナス要素をもたらしていることは確かです。

一方で、欧米諸国にとってもイランへの制裁は両刃の剣です。原油価格が相変わらず高止まりを続ける状況下、世界第二の産出国イラン産の原油が国際市場に出回らないことは、より一層原油価格を押し上げる効果があります。このなかで、既に経済制裁のほころびは見え始めています。韓国は9月末、イラン産原油の輸入再開に踏み切りました。経済的な側面だけでなく、イランを追い詰めすぎることは、イラン政府だけでなくイラン国民の反欧米感情を増幅させる効果も持ち合わせているため、より不測の事態を招く危険性すらあります。

他方、イラン政府にしても、欧米諸国政府にしても、おりしもイスラームの預言者ムハンマドを侮辱する映像をめぐって、相手に対する不信感が国民の間に根深くあるなかでは、簡単に勝負を降りるわけにもいきません。それをすれば、自分たちが自国民から非難されるからです。ことにイランの場合、簡単に妥協すれば、自らのイスラーム体制の否定にすら繋がりかねません。

以上に鑑みれば、イランと欧米諸国はできるだけ早く勝負を終わらせたいけれども、自分からはやめることはできず、相手にプレッシャーをかけ続けざるを得ず、そのなかでできるだけ早く相手が「参った」というのを期待している状況だといえます。つまり、チキンゲームと同じ構図です。

このなかで、外交的に問題を処理することは可能なのでしょうか。国連総会で、オバマ大統領はイランの核開発を決して容認しない立場を改めて強調した一方で、イスラエルが対イラン政策において設定を求めた「レッドライン(超えてはいけない一線)」については触れませんでした。これは「イランのウラン濃縮が半年以内に核開発に可能なレベルまできている」と主張し、欧米諸国よりさらに危機意識が強いイスラエルが暴発するのを、アメリカが抑えようとしていることを示します。しかし、これはせいぜい対立が引火するのを先延ばしにする効果しかありません。

経済制裁の効果によってイランが内部崩壊するのが早いか、イランの核開発が早いか、あるいはまた、それにしびれを切らしたイスラエルが先制攻撃するのが早いか。いずれが早いとしても、チキンゲームの過熱によって、イランをめぐる対立が今後急速に安定に向かうことは想像し難く、どのような形であれ、近い将来に戦火が起こるのは避けにくい状況にまできているといえるでしょう。それを回避できるか否かは、為政者たちの「回避する勇気」にかかっているのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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