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「特定選手のご家族」? 強豪撃破へあと一歩のブラックラムズはそれどころじゃない!【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ヒューズが意地のトライ(写真提供=JRLO)

 異例の通達だった。

 ジャパンラグビーリーグワン1部のリコーブラックラムズ東京は3月22日、報道陣向けに「リコーブラックラムズ東京、弊部の特定選手への取材について」なるリリースを配信。おもな内容はこうだ。

『現在、弊部の特定選手のご家族に関するお問い合わせを多数いただいております。ブラックラムズ東京では、選手が安心してラグビーに集中できる環境を守るため、当該選手のプライベート及びご家族についての取材はお受けしておりません』

『選手のプライベート及びご家族について、ラグビーに集中できる環境が担保できないリスクのある取材には対応いたしません。現在お問い合わせいただいている件について、メールや電話でのお問い合わせ、クラブハウスへの訪問はご遠慮下さい』

 クラブとして、選手のプライバシー権を守る決断を下した。

 そもそもこの件を問う以前に、本業でシビアな状況にさいなまれていた。

 12月中旬からのレギュラーシーズン第10節を終えて、2勝8敗で12チーム中10位。局所的に好守、好ランを披露も、その時々のレフリングに対処しきれず反則で後退を余儀なくされるのが目立った。

 3月2日の第8節では、昨季4位の東京サントリーサンゴリアスに0―62で敗れた。

 東京・秩父宮ラグビー場でのこのゲームに向けては、休養と鍛錬とのバランスにも課題を残した。コンディションの整わない主力選手をぶっつけ本番で先発させざるを得ず、目だった怪我のない主力もウォーミングアップの時点で重さを感じていた。

 チームは生き物で、試合は相手あってのことだ。前年度7位のブラックラムズにとって、ボタンの掛け違いを潜在化させたまま連勝街道を走れるほどリーグワンは甘くない。武井日向主将は言う。

「ブラックラムズは、ひとりひとりが100パーセントの力を出し切らないといい試合にもならない」

 裏を返せば、双方の当日に至るまでのテンション、当日のクオリティ次第で上位を倒す可能性を醸していた。

 そのポテンシャルを存分に示したのが、例のリリースから2日後の3月24日。秩父宮で目下2位の東芝ブレイブルーパス東京に33―40と迫った。

 前半は攻撃ラインへ首尾よく対処も隙を突かれる形で、14―33と苦しんでいた。ただし後半最初の自軍キックオフでテリトリー、攻撃権を確保すれば、堅調に差を埋める。

 特に21―33で迎えた後半13分からの約6分間は、フルバックのアイザック・ルーカスを軸にスリリングなアタックができた。

 相手に10分間の一時退場者が2人も出たためだ。数的優位を活かした。33―33にできた。

 ラグビーでは、週末のゲームに向けて平日に練習を重ねる。ブレイブルーパス戦前のセッションは、それ以前と変化はあったのか。

 33歳の山本昌太は、小さな差が大きな差になりうるという普遍を語った。

「やることは何も変わっていないです。トレーニング内容も、スケジュールも。ただ、そこに対して、徹底的に準備する。やり残したことはないか? やれることは全部やったか? チームや自分にできることを全てやって試合に臨もう。…と、言い続けていた1週間でした」

 1953年創部。昨年に創部70周年を迎えた古豪だ。一時は有名な海外選手を招くことで話題を集める一方、安定的なパフォーマンスの維持に苦慮したこともあった。

 2007年度には、当時のトップリーグから下部へ降格。捲土重来を期して招いたオーストラリア人ヘッドコーチは、猛練習を課して昇格を果たしたかと思えば就任3季目の途中で帰国した。古今東西。選手の忠誠心を削がれた状態でコンタクトスポーツに臨めば勝つのは難しい。

 2013年から8季、指揮官を務めた神鳥裕之氏(現明治大学監督)には、思い出深いエピソードがある。

 着任当初の地方合宿中、練習の直前になってグラウンドから離れたトイレへ出向く選手がいた。本人に悪気がないのだから、余計にもどかしかったろう。神鳥は言った。

「ラグビーは仕事だろう。会社の幹部が集まる大事なプレゼンの前に同じようなことをするか?」

 現ゼネラルマネージャーの西辻勤氏が現場に入ったのは、ちょうどそのシーズンだ。グラウンド内外の規範に関し、マニュアルを作った。

 そのマニュアルは当初こそ驚くほど基本的な内容に終始していたというが、時間を追うごとに先鋭化、簡素化してゆく。

 段階的に、高次のフェーズに突入していたからだ。

 オンライン大学を運営するビジネス・ブレイクスルーと提携し、競技に取り組む姿勢、目指すチームカラーを定義化し始めたのは2019年だ。

 初めのうちは「ラグビーと関係ないところに金をかけるな」と冷ややかな声を浴びたが、自分たちが粘りで勝つチームだと自覚していた2020年度はトップリーグラストシーズン8強入りした。

 22年のリーグワン元年から本格化させたのは、地域との連携だ。昭和女子大学とのコラボレーション企画を継続して女性ファンの獲得を目指したり、田園都市線の駅係員に応援シャツを着てもらってプレゼンスを高めたり。

 時を同じくして、大卒選手のリクルートでも成果を示し始めていた。

 最近では、オフ・ザ・フィールドの取り組みが人材採用にも好影響を及ぼしつつある。

 アーリーエントリーにより第11節でデビューの山本嶺二郎は、明大時代にやはり多くのクラブから声がかかったなかブラックラムズを選択。温かく応援してくれそうな空気に惹かれた。前述の武井も2020年度加入だが、複数クラブとの競合の末にブラックラムズを選んでいた。

 他クラブからの移籍組にも、世田谷区との協業に協力できればと話す選手がいた。

 外国人選手も、世界的な名声よりもクラブ文化への理解と献身を求められている。単年契約を望む大型タレントについては、「どんなにいい選手でも採るつもりはない」と西辻。元イングランド代表で加入2年目のネイサン・ヒューズは、オフに観光をする際も旅行カバンに体重計を忍ばせる。緩まぬよう努める。

 小さな積み重ねを大きな岩に変えようとしてきた延長線上に、今度の大接戦があった。

 リーグワン期からヘッドコーチとなったピーター・ヒューワットは、ある象徴的なシーンを挙げた。

 33―40と勝ち越された直後の自軍キックオフ。敵陣深い位置の接点から防御網をせり上げ、向こうの名手、リッチー・モウンガのキックをチャージした。

 インゴールへ転々と転がる球を追いかけるのは、ブラックラムズで育って日本代表になったアマト・ファカタヴァだ。少し触ればトライが記録されるなか、ふと、崩れ落ちるように倒れた。

 あと一歩。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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