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最後は、危機感に背中を押された。2023年の日本大学ラグビー部。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
貴重な追加点を挙げる前川(撮影=many smile)

 最後は4年生が頑張るのだ。

 日本の学生スポーツ界における普遍的な概念を、2023年度の日本大学ラグビー部は体現したようだ。

 加盟する関東大学リーグ戦1部では、1試合を残して1勝5敗。最終節の状況次第で、下部との入替戦に進みそうだった。

 この運命のゲームでぶつかる東洋大学は、昨季初昇格ながら8チーム中3位(日本大学は4位だった)。今季も日本大学戦の結果によっては、3位になって大学選手権に2季連続で進める状況だ。

 日本大学は、崖っぷちに立たされていた。ナンバーエイトで主将の佐川奨茉は、こう意識づけた。

「後輩たちに来年も1部でプレーさせてあげられるように。それが、最後の責任」

 11月25日。東京の秩父宮ラグビー場でその時を迎えた。20―12。日本大学が勝った。

 勢い余ってチャンスを逃すこともあったが、激しい防御で向こうのミスを誘うこともあった。

 陣地挽回のために誰かがキックを蹴れば、味方が鋭い出足でその弾道を追った。捕球役に圧をかけた。

 17―12と5点リードで迎えた後半28分以降は、反則による一時退場者が出ながらも「焦りが、うまいほうへ転んだ」と佐川は言う。

 その時間帯に光ったのは、ジョアペ・ナコ。3年生のセンターだ。自陣ゴール前での突進役へ、同中盤でパス回しをする選手へ強烈なタックルを放った。ピンチを防いだ。

「ずっと負けていて、悔しい気持ちもあって…。きょうはこれまでの試合を全部、忘れて、頑張ろう。そう、皆でまとまった」

 試合終盤でだめを押して8点差とすると、ロスタイム突入前の連続攻撃を佐川のジャッカルが遮断。まもなく、ノーサイドの笛を聞いた。

 就任1年目の窪田幸一郎監督は、かつてNECで快足ウイングとして活躍した45歳。普段はクールだが、この時ばかりはやや興奮した様子だった。

「最後に4年生が中心に、一丸となってくれた。皆、気持ちが入ったプレーを見せてくれた。感動しました。現役の頃、あまり気持ちという言葉は使っていなかったのですが、きょうは勝ちたい気持ちが強い方が勝つ(と伝えた)。最終的には選手の気持ちが強く固まった」

 試合後のロッカールームでは、大いに盛り上がった。その様子は、その近くに併設された記者会見場へも伝わった。東洋大学の陣営が悔しい思いを口にするなか、若者たちの野太い声が響いていた。船頭の佐川はこうだ。

「4年生が最後のプライドを見せて、勝ち切ることができたんで、嬉しいです」

 苦労してきた。昨季は当時のチームが唱えたプレースタイル変更に対応しきれず、8チーム中4位と一昨季から順位を2つ下げた。

 新たなシーズンに向け、現4年生の一部は学生主体で運営できるよう当局へ打診した。「(当時のコーチを)辞めさせろとは考えていなかったのでは。もっとこんな練習がしたいとか、そういう単純な要望だったと思う」とは、関係者の談だ。

 ふたを開ければ、何と、新体制の発足が決まった。この事象を受けて指揮官となったのが、OBの窪田だった。

 窪田にも、前体制下でバックスコーチを務めながら昨年末時点で解雇された経緯がある。突如として白羽の矢が立った状況を、本人はこのように振り返った。

「最後の1年はスタッフと選手との間に溝はあったと感じていて。特に(当時の)4年生がラストイヤーであるにもかかわらず意見を聞き入れてもらえない状態でした。どういう経緯で(監督就任の打診があったの)か、わからないですが、『日大のために、お受けします』と」

 効果はあった。

 攻防の起点となるスクラムでは、上位を争っていた頃に近い圧力をかけられるようになった。それを東洋大学戦の勝因にもできたし、6連覇する東海大学とも互角かそれ以上に組み合うことができた。

 2シーズンぶりに復帰の今田洋介コーチが、スクラムの練習量を大幅に増やしていた。「前の体制をどうこう言うつもりはないです」と前置きし、こう説く。

「ただ、物理的に(スクラムの練習量が)減ったのは事実でした。それを、元に戻した」

 続くのは、現役部員を讃える言葉だ。東洋大学戦では、最前列勢の先発の3名中2名が4年生だった。左プロップの春野星翔、フッカーの井上風雅だ。今田コーチの証言。

「僕がどうこうではなく、学生たちが練習後も残って個人でスクラムマシンに当たるなど、すごく頑張っていた。その成果です。個人の努力、スクラムにかける思いが、今年の4年生にはありました」

 それでも低迷したのは、心に波があったからか。

 9月開幕のリーグ戦ではまず、立正大学、法政大学と、春季大会で快勝した相手に続けて連敗した。

 1年時から主力だったスクラムハーフの前川李蘭は、「まあ『正直いけるだろう』みたいな雰囲気があって…」と認める。コーチのひとりは、夏合宿で2試合しか組めなかったことで試合勘が不足していたのを悔やんだ。

 何より追い打ちをかけたのは、外野の声だった。

 選手の証言と事実関係を総合すると、すでに退部した部員の素行が広く報じられたのは法政大学戦の直前だった。

 センセーショナルなタッチの文言が世に出回ったのを受け、撮影禁止に定めていた試合前日練習にあちこちからレンズが向けられた。

 本来ならば連携面の最終確認をしたいところだったが、「これでは、気が散る」とある4年生。いまの自分たちが何をしたというのだ、と、もどかしさを抱えていたところへ、SNSのダイレクトメッセージでバッシングが届いた。

 大学ラグビー界は、これから世界に挑戦する部員と卒業後に競技を辞める部員が混在するステージだ。誰しもが外的要因に惑わされないとは、限らない。

 徐々にフィールド内の動きにフォーカスできるようになったものの、10月には今季躍進の大東文化大学、6連覇する東海大学といった難敵に敗れた。

 スクラム、1対1のコンタクトとどのチームにも対抗できるパートがありながら、黒星先行のままラストゲームを迎えることとなった。前川の述懐。

「ラグビーに集中できない部分など、色々とあって…。どこかで少し、緩んでいる。あと一歩、集中できない。それが、試合の結果にも出ているんですけど…」

 東洋大学戦へは、それまで捕球に苦しんでいたラインアウトを見直した。何より、前川曰く「(東洋大学戦前の)最後の2 週間はマジでやろう。最後は 4 年生。ずっとそう話していた」。テクニカル、メンタルの見直しをパフォーマンスに繋げ、最終結果を2勝5敗の6位にできた。

 徒労感でエナジーを失い、危機感に背中を押された学生たちの姿を、窪田監督はこのように見ていた。

「シーズン当初は個人に頼る状況を作り出し過ぎていましたが、きょうは、チームで隣同士(の選手が)助け合うというか、真面目に、運動量を高くやってくれた

 日本大学ラグビー部は1928年創部。グラウンド内外の様々な問題と向き合いながらも、その時々の学生が最適解を模索しながら歴史を紡いできた。

 今回の就任を受け、窪田はそれまで前監督がおこなってきた高校生のスカウト、そのための関係構築にゼロから向き合っている。開幕前の談話はこうだ。

「ノウハウがないなかでしたが、手探りで(チーム運営を)軌道に乗せられたかなと」

 前川は、自分たちを自分たちで律する文化を作ろうとしてきたのがよかったと強調する。

「今年、僕たちが新体制を選んだという形になって、こういう結果になり申し訳ない気持ちが強いです。ただ、僕たちが今年からやってきたことを、(後輩は)背中で見てくれたと思います。寮内規律、私生活を見直しての1年間でした。朝の掃除を適当にやらない、食事をちゃんと摂る、学校で単位を取る、点呼で門限厳守…。あとは、練習20分前にグラウンドへ出る…。だらけないで、メリハリをつけるようにと。佐川が頑張ってくれていたんで、4年生も協力しようという感じでした。これで、ラグビーのできる環境は整ったと思う。選手権出場と言わず、全国ベスト 4 の壁を超えて欲しいです」

 2024年度の4年生は、このほど渡されたバトンをどうつないでゆくのだろうか。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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