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「浮かれていた」で勝つのは強さの証? 大学ラグビーに学ぶ不安定の深層。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
話題を集める東洋大学の齋藤良明慈縁(筆者撮影)。

 ずっとクオリティを保つのは難しい。

 東洋大ラグビー部は9月25日、埼玉・セナリオハウスフィールド三郷で勝ちながらも反省した。

 加盟する関東大学リーグ戦1部の開幕2連勝を受け、齋藤良明慈縁主将は負けたかのように言う。

「本日は…そうですね、ちょっと、浮ついていたのかな、というところが、80分間を通してあったのかなと思います。関東学院大学さんに素晴らしいプレーがあったこともありますが、自分たちにフォーカスするとしたら、自分たちの首を絞めたプレーが多かったので」

 初戦黒星の関東学院大学を前に、なかなかボールを確保できなかった。

 試合開始早々、相手のキックオフを確保したかと思いきや相手フルバックのラリー・ティポアイ-ルーテルにターンオーバーされた。先制した前半5分以降に畳みかける機会を得ながら、パスミスに泣いた。

 セットプレーを起点に大外のスペースを攻略されることは何度かあり、26―20でリードの後半初頭にも落球でチャンスを逃した。

 さかのぼって10日、東京・秩父宮ラグビー場での初戦で4連覇中の東海大を27―24で破っていた。29年ぶりの1部昇格を果たしたチームにとって、大きな勝利だった。その様子は『ラグビーマガジン』最新号の表紙になった。話題を集めた。

 福永昇三監督は、関東学院大学戦後の会見で言う。

「(東海大学戦後は)一夜にして状況が変化しています。2週間前のああいった試合を経て、色んな所で取り上げていただいた。そもそもこうした記者会見の場ですらなかなか経験できなかった皆が、このようなステージで戦っています。いくら『いつも通りに』と言っても、そこは学生。かなり影響が出るんだろうなと感じていました」

 この福永監督に「心の強い選手」と貴ばれるのが、セネガルと日本にルーツを持つ齋藤主将である。大学シーン屈指の精神的支柱は、今度の2戦目に向けて気が緩まぬよう心掛けた。

 引き合いに出したのは、人気漫画『SLAM DUNK』のエピソードだ。

 主人公の桜木花道がプレーする湘北高校のバスケットボール部は、全国大会2回戦で名門の山王工業高校を撃破。そして続く3回戦では、本編のト書きによると『ウソのようにボロ負けした』。齋藤は伝えた。

「自分たちは、そうならないようにしよう」

 何より、それを言わなくても周りに緩んだ空気はなかったと強調する。

 それでもいざ本番になると、納得感が得られなかった。人間、まして若者の共同作業だ。外的要因に惑わされずに一定水準を保つのは、そう簡単ではなかろう。齋藤の後述。

「先週の試合がセンセーショナルだったなか、浮つかないよう、気を引き締めてやっていこうと、私も、チームメイトも、しっかり意識してやっていました。…この試合が難しくなると、皆、わかっていたと思います。それで(ますます)前のめりになって、自滅したというのも、あると思います。積極的にプレーしていこうという焦りのせいで、ノックオン(落球)が増えてしまったと感じました」

 裏を返せば、今季注目の東洋大学はかえって地力を示したと言える。

 リーダーが「浮かれていた」と言うほど芳しくない状態だったにもかかわらず、久々の1部で昨季4位という関東学院大学を制しているのだ。

 38―31と7点リードで迎えた後半ロスタイム。自陣22メートルエリアで反則を犯す。

 残り時間はあと数分あった。関東学院大学がペナルティーゴールを決めて4点差とし、最終局面で逆転を狙うというシナリオも見え隠れした。

 ところが関東学院大学は、それまでやや優勢だったスクラムを選んだ。トライとコンバージョンの成功で、同点に追いつくのを目指した。

 齋藤はどう感じたか。

「少し言葉は悪いですが、かかってこいという感じです。そこ(ピンチ)で止めるのが東洋大学のディフェンスだと、自信を持っていたので」

 待っていたのは、言葉通りの展開だった。

 トンガを経て日本の高校を出たフランカーのタニエラ・ヴェアが、同じくフランカーで米軍兵士を父に持つ田中翔が、2年の浪人生活を経てこのチームにたどり着いたスクラムハーフ兼スタンドオフの神田悠作が地を這っていた。

 タックルの嵐は、関東学院大学のミスでノーサイドを迎えるまで止まらず。揃いの濃紺ジャージィでタックルをし続けるひとりひとりが、別個の物語の主人公だったことにも妙味があった。

 東洋大学は10月、改めて上位陣とぶつかる。2日には前年度3位の大東文化大学に、16日には同2位の日本大学にいずれも三郷で挑む。齋藤はかねて言っていた。

「東洋大学は毎年、秋のシーズンを通して強くなっていきます。去年も、最初のうちは(2部で)ランキング的に下のチームとそこそこいい勝負をしてしまっていた。ただ、その間にどんどんレベルアップして、入替戦で勝利できた。(今季も)これからフィジカル、ラグビーの技術、理解ともにレベルアップしていって、強くなりたいと考えています」

 自分たちが不安定かもしれぬことを受け入れ、成長過程を楽しんでいる。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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