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天理大学がハンデを乗り越えた背景。大学選手権総括+極私的ベストフィフティーン+α【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
球を持って直進するフィフィタ。強さに柔らかさが付与。(写真:つのだよしお/アフロ)

 ラグビーの大学選手権が11日、天理大の初優勝で幕を閉じた。

「ありがとうございまーす! むっちゃくちゃ嬉しいです!」

 松岡大和主将はマイクを向けられ、大粒の涙を流した。

「メンバーの23人が身体を張ったのもそう(確か)ですけど…。天理大ラグビー部員全員と、この4年間サポートして下さった皆さんと、いままでの先輩たちが培ってきたもの…。皆がいい準備をしてくれた結果(おかげで)、きょう、優勝できたと、思っています!」

 2020年度の大学ラグビーシーンは、リスタートのきっかけとなった。新型コロナウイルスの感染拡大でストップして以来、初めておこなわれた公式戦が大学のゲームだったのだ。

 上位校が出そろう関東大学対抗戦Aと同リーグ戦1部が10月に、天理大が加盟する関西大学Aリーグが11月に開幕し、同月下旬から始まった選手権では12月中旬から東西の上位校が参戦した。

 従来あった春から夏までの練習試合や公式戦がなくなったなか、複数の監督や指導者は「試合を通じて課題を見つけ、修正する」との趣旨で決意表明。そのロードマップを首尾よく描けたチームのひとつが、天理大だったと言える。

 左プロップとしてスクラム、肉弾戦で献身の谷口裕一郎が語る。

「関西リーグが始まる前は自分のなかで焦りはありました。ただ、試合のなかで成長していける実感がありました。1試合、1試合でどんどん変わっていけた。1試合、1試合で考え、レビューもしっかりした」

■急成長の裏側は

 特筆すべきは、天理大に与えられた「試合」の数が他校よりも少なかったことだ。

 関東の優勝候補勢が9月から練習試合を、10月には公式戦を始めていた一方、天理大は6月に活動を本格化させながら8月中旬からの約1か月、活動を自粛している。

 部内でのクラスター発生を受けてのことだ。10月からの交流戦、短縮化した11月からのリーグ戦では大勝こそすれ攻撃中のミス、防御の切れ目も散見された。

 それでも選手権に入ると、一気に状態を上げる。

 準々決勝では、3回戦で筑波大と19―19と競った流経大を78―17と一蹴。さらに準決勝以降は、明大、早大をそれぞれ41―15、55―28で破った。ちなみに、この両校と天理大の直近の選手権での対戦時は早大が昨季の準決勝で54―12、明大が一昨季の決勝で22-17と勝っている。

 天理大はいったいなぜ、ライバルも驚く急成長を遂げられたのか。 

 考えられるのは、ひとつの試合から「修正」すべき「課題」を見つける力が高く備わっていたことか。

 今季は1年時からレギュラーだった4年生が多く、一昨季からは常に全国4強以上へ進んでいる。昨季以前の積み重ねは厚い。とりわけスクラムハーフの藤原忍、スタンドオフの松永拓朗と、司令塔団の顔ぶれが変わらない。熟練者が多ければ、的確な振り返りがしやすい。

 前出の谷口は、シーズン序盤こそ「全然、コミュニケーションが足りていなかった」と述懐。時間を追うごとに選手間の呼吸を合わせながら、「チームのアタック、もっとこうしよう、みたいに(話した)」と、採用する攻撃陣形の微修正も重ねていったという。

 松岡大和主将は、控え組も含めた全部員の献身があってこそだと強調する。

「僕以外に引っ張ってくれる人がいる。上のチーム(レギュラー)だけが試合を意識して練習していても、下のチームがそうではなかったら練習にならない。ただ、(今季は)下のチームの4回生も協力してくれる。下のチームのプレッシャーのおかげで、いい練習ができる」

 歴史的背景も関係するか。

 天理大は、小松節夫監督の就任7年目にあたる2001年に関西のAリーグへ昇格。現指揮官がコーチで入閣した1993年は、Cリーグに降格していた。

 低迷を脱却し、35年ぶり5度目の関西制覇を果たすまでの間、ゲインライン(攻防の境界線)周辺でのパス交換を磨いてきた。死角へ放り、死角へ走り込む。新人の獲得合戦で苦しんだとしても、力勝負に頼らぬ技巧と論理で活路を見出してきた。

 現在はスクラムや肉体強化にも注力するが、天理大の根っこには「持たざる者」の着想がある。ピンチに耐えてしぶとく、明るく鍛える精神性は、いまの選手たちにも根付いていた。

 小松監督は言う。

「自らきついことをやる感じは、あるかもしれないですね。その点、この子ら(選手)は偉いなと。同じフィットネスメニューをだまーってやるチームもあれば、『よっしゃ、行こうぜ!』と言ってやるチームもある。他のチームのことはよくわからんし、前者が悪いというわけではないけど、うちの子たちは、後者の方ですね」

■相手を知ること

 天理大の根源的な強さが発揮されたと言える今年の選手権。敗れた早大、明大にとっては、対戦校の力が読みにくかったようにも映る。

 繰り返せば、秋の天理大と冬の天理大とでは質が異なっていた。

 決勝戦では、こんなシーンが数多くあった。

 天理大のキックを捕球した早大が、フルバックの河瀬諒介のカウンターで局面の打開を図る。グラウンドの中央ではなく、端を攻め込む。

 ここで、天理大の堅陣に包まれる。その後に中央へ折り返すも、やはり相手の鋭い出足に潰される…。

 キックオフ早々には、この流れから天理大の右プロップ、小鍜治悠太がボール奪取。手渡しで球を受け取ったロックのアシペリ・モアラが突進する。まもなく敵陣へ進み、先制トライの下地を作った。

「最初の分析ではミドルエリア(グラウンドの中央あたり)のディフェンスは厚いと。そこに行くのではなく、サイドに仕掛けてからアタックを…という話でした…」

 河瀬がこう言えば、相良南海夫監督も頷く。

「結果的にあそこで(攻めきれなかったのを契機に)何本かスコアされるなか、用意していたことをやり続けたことが仇になった。(他にも)接点でのプレッシャー、強度などで、想定していたよりも天理大に力があった。選手に申し訳ないと思います。これも、コロナ禍ですかね。色んなチームと切磋琢磨できなかったことで、我々の引き出しが少なかった」

 かたや天理大の小松監督は、戦前にこう漏らしていた。

「関西のチームをここまで分析するとはねぇ…」

 前年度の準決勝で、早大にラインアウトできつい圧力をかけられたのを受けての発言だ。ただし今年は、相手を知るという領域で上回れた。

■コロナ禍の教訓は

 1月16日、国内トップリーグがスタートする予定だった。ところが、複数のクラブから多くの陽性反応者が出たのを受け開幕は延期。雌伏期間は早くとも2月上旬までは続く。

 天理大はクラスターを発生させて以来、原則的に天理市から出るのを禁じた。優勝を逃した多くのチームも、寮生の外出を制限してきた。

 トップリーグの選手は学生と違い、家族を持ち、経済的、時間的な自由を持つ。そのため大学生が実践してきた「ロックダウン」で感染を防ぐのは難しい。ただ、立ち直るための態度についてなら、天理大に学ぶところもありそうだ。

 開幕節があるはずだった16日、クボタの立川理道がチーム主催のオンラインイベントに登壇。2011年度の天理大主将としてチーム初の大学選手権準優勝を果たしたスタンドオフ兼インサイドセンターは、こう宣言した。

「こういう日本の状況では、誰が(感染者と)なってもおかしくない。チームとしても、個人としても、感染予防をしているなかで出てしまったのは、仕方がないこと。また、自分たちからは出ていない…というのも関係なくて。あまり外のニュースに振り回されず、自分たちができることをしっかりやって、次の試合へ準備していくだけだと思います」

■極私的大会MVP&新人王&ベストフィフティーン

 MVP、新人賞、ベストフィフティーンは勝利への貢献度やプレーの一貫性を基準に独自で選定。MIPはグラウンド外での態度なども加味。

★MVP シオサイア・フィフィタ(天理大学、アウトサイドセンター)…天理大の整理された攻撃陣形の一角として、相手と間合いを取りながら駆け上がり、適宜、相手の背後へのオフロードパス、キックを繰り出す。プレーの選択肢を増やしたことで、いざ得意の突進を選んだ際の威力も増した。

★新人賞 江良楓(帝京大学、フッカー)…防御の分厚いエリアへ鋭く駆け込んでパスをもらう。まっすぐ突進する相手へ正面から突き刺さる。1対1の攻防における「痛いプレー」を重ねた。

★MIP 坂本侑翼(流通経済大学、オープンサイドフランカー)…天理大に17-78と大差をつけられた準々決勝で、地を這うタックルを重ねた。3回戦では筑波大に抽選勝ち。静かにガッツポーズ。

★大会ベストフィフティーン

1、谷口裕一郎(天理大学)…スクラムで優勢。フィールドでもよく顔を出す。

2、佐藤康(天理大学)…密集脇からのトライ、再三のロータックル、防御をひきつけてのパス。「槍」のイメージのスクラムをリードした。

3、細木康太郎(帝京大学)…2試合ともスクラムで好プッシュ連発。準々決勝(東海大戦)の後半14分には、中央から右中間のスペースへ駆けあがってバックフリップパスでトライを演出。

4、アシペリ・モアラ(天理大学)…準決勝の後半24分、相手に渡った流れを引き戻すジャッカルを披露する。決勝戦でも密集戦、1対1で強さ発揮。

5、中鹿駿(天理大学)…ジャッカル、カウンターラックで相手のテンポを鈍化。攻めては中央のポッドに入り鋭く杭を打つ。

6、相良昌彦(早稲田大学)…相手を押し戻すタックル。

7、丸尾崇真(早稲田大学)…主将。ナンバーエイトとしてサイドアタックでの加速、自陣ゴール前でのジャッカル、相手を押し戻すタックルでチームをけん引。防戦一方に映った決勝でも天理大に当たり勝っていた1人。

8、箸本龍雅(明治大学)…ひたすらパスコースへ駆け込んだ。壁に亀裂を入れる。

9、藤原忍(天理大学)…緩急自在の球さばき。敵陣ゴール前へ入ってからの死角へのラストパス。

10、高本幹也(帝京大学)…上記細木の好プレーの前に、2度続けて好判断を下す(左側に残る味方へのパス、おとり役の後方から駆け上がっての突破)。アイデア豊富。

11、マナセ・ハビリ(天理大学)…キックチェイス、ラインブレイク。決勝では傾きかけた流れを引き戻すジャッカルも披露。

12、市川敬太(天理大学)…決勝ではギャップを逃さぬ走りで4トライを決めたうえ、ピンチも防いた。前半20分に連続攻撃からトライされるまでの間、中央で相手ランナーを刺し返すタックル、左隅へのカバーなどでチームを支えた。10点リードで迎えた前半27分頃の鋭い出足は、相手の反則を誘った。

13、シオサイア・フィフィタ(天理大学)…決勝戦。22―7とリードしていた前半34分頃からの約1分間で、敵陣で左隅、右隅のスペースへ1本ずつキックを放つ。そのまま敵陣に居座り、41分、敵陣ゴール前右中間のスクラムからの攻めで防御2枚をひきつけてパス。トライを演出し、だめを押した。自らの力と速さをおとりにした。

14、石川貴大(明治大学)…相手タックラーを蹴散らしたり、かわしたりと持ち場の右サイドでトライを重ねる。決定力。

15、河瀬諒介(早稲田大学)…フルバックとして何度もラインブレイク。決勝戦では序盤に得意のカウンターアタックを阻まれながら、ハイボールキャッチ、パスへの走り込みで存在感を示した。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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