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引退発表・大野均が振り返るイングランド大会南アフリカ代表戦【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
ひたすら刺さる。(写真:ロイター/アフロ)

 東芝ラグビー部は5月18日、日本代表最多キャップ(98=代表戦出場数)保持者の大野均の現役引退を発表した。

 大野は身長192センチ、体重105キロの42歳。地元の福島県にキャンパスのある日大工学部でラグビーを始めながら2001年に東芝入りし、2004年に初の日本代表選出を決めた異色の経歴の持ち主だ。

 4年に1度のワールドカップには2015年のイングランド大会までに3大会連続で出場。長髪を振り乱して骨惜しみなく戦うプレースタイルに加え、朴訥としていながら酒や仲間をこよなく愛するキャラクターもファンに親しまれた。

 今回の発表については、22日に本人が会見する。本稿では、2015年のイングランド大会後の単独取材時の談話を紹介する(取材は2016年)。イングランド大会では過去優勝2回の南アフリカ代表などから歴史的3勝を挙げている。

 以下、共同取材時、および単独取材時の一問一答の一部(編集箇所あり)。

――大会前の宮崎合宿は過酷そのものでした。

「修行ですね。人生のなかでこれほど汗をかいて、ラグビーだけに特化した生活を送るって、そうそうないだろうなと思った。きつかったですけど、逆にこれだけのトッププレーヤーたちとそんな時間を共有できていることを、逆にポジティブに捉えました。

 それまで12年代表にいて経験できないことを、12年目に経験できている。キツイとか辛いとか、そういうマイナスの面もありますけど、プラスの面もある。で、宮崎というところで、あんなにいいホテルで何か月も滞在しながら、自分の好きなラグビーを出来ているということ。それはそれで、楽しかったですよね。

 しんどかったですけど、ウェイトトレーニングの数値が目に見えて上がっているのがわかったので、やりがいは感じていましたよね。それは自分がそう感じていただけで、他の選手はただただ辛いだけだったかもしれませんが、まぁ、プラスの面に集中しながらやっていました。それは、マイナスの面だけをみていたら、それこそ鬱になりそうだったので。ポジティブな考えにもっていこう、と」

――合宿終盤の8月26日、内々で大会登録メンバーが発表されました。

「外れるメンバーはその日の午前中にエディー(・ジョーンズ=当時の日本代表ヘッドコーチ)さんに通達されて、午後に全体ミーティングがあって、リーチ(マイケルキャプテン)の方から『●●(落選選手)が帰ります』と。その日が来ることは皆が覚悟していたなかで、実際そういうことがあった時に、何人かの選手が、泣いてたんですよね。いままではそういうことがなかったんです。セレクション合宿があった時も、解散した後に電話連絡で、という感じだった。でも目の前でいままで一緒に厳しい練習をしていた仲間が帰らなくてはいけなくなったというのは、自分にとっても初めての経験だったので、本当に複雑でした。自分が残れた嬉しさもあったんですけど…。だからこそ、ワールドカップに入ってからも、皆『外れた選手の分まで』と言っていたんです。そういう意味では、あのイベントがチームにプラスに作用したのかなと思います」

――そして、南アフリカ代表戦。戦前は「もしこれで勝てなかったら、今後日本代表が世界で勝つのは難しいのでは」と思ったとか。

「南アフリカ代表戦の前にふとそんなことを考えた時に、漠然と不安が出てきたというのはありましたね。自分自身、自信というものはなかったですね。ただ、やるしかないと」

――当日、手ごたえを掴んだのは。

「前半いい試合をして折り返した。でも、日本代表には後半途中まではいい試合をするという歴史があった。前半をいい試合したからといって後半も、とはならないと思っていた。ただ、後半、(相手が)ペナルティーでショットを狙ってきたところですかね。タッチ出されてモール組まれるのが一番嫌だった。南アフリカ代表は最初、大差で勝ってやろうという意気込みで来たと思います。ただ、途中から僅差でもいいから勝ち逃げしようというメンタルが見えてきた時、イケる、と言うか、いままでとは違うなと感じました。

 この(2015年までの)4年間はオールブラックスともウェールズ代表とも試合をした。その経験は大きかったですね。4年前のニュージーランドワールドカップ前の4年間、その前のフランスワールドカップ前の4年間は、一番大きな大会はパシフィック・ネーションズカップ。サモア代表、トンガ代表、フィジー代表との試合です。彼らはフィジカルは強いですけど、レイジーな部分もある。ただし2015年までの間での、フィジカルも強くてスピードもあってオーガナイズされたチームと戦ってきた経験が、客観的に南アフリカ代表の強さをわからせてくれた。それこそウェールズだったり、オールブラックスは、毎年、南アフリカ代表と試合をしている。南アフリカ代表とやったことはないですけど、彼らと試合をしているチームとやっていたのは大きかったです」

 この大会では歴史的な3勝をマーク。日本大会への礎を作った。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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