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誰でもヤマハを理解できる話。清宮克幸監督、ラストゲーム後に。【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
五郎丸歩(右)は早稲田大学、ヤマハで清宮監督とともに戦った。(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 ラグビーの清宮克幸監督が1月19日、埼玉・熊谷ラグビー場で8季務めたヤマハの指揮官として最後のタクトを振るった。ゲームの後は会見し、持ち前のスピーチ力を示した。

 試合はトップリーグのカップ順位決定トーナメント2回戦。一時は大量リードを許すも35―31で勝利した。

 当の本人は「私にとってのラストゲームはサントリーとのプレーオフ準決勝(12月8日/東京・秩父宮ラグビー場/25―28で敗戦)」。レギュラーシーズンが12月に終わっていたとあり、代表選手の参加しないきまりがあったカップ戦については若手と引退予定者のための機会と捉えていた。

 清宮監督の今後の進路は、29日、都内で開かれる会見で明らかとなる見込み。

 

 以下、共同会見中の一問一答の一部(編集箇所あり)。

清宮

「きょうは言うまでもなく、引退者のためのラストゲーム。チームがひとつになって準備して戦いました。試合内容は、『お、これは忘れないだろうな』というシーンがたくさんあって、記憶に残るラストゲーム、ヤマハでの私自身の最後のゲームということになりました。選手たちも楽しんでやってくれたと思います。

 特に、隣に座っている仲谷(聖史)君。いま、37? (本人が頷く)僕にとって、思い入れのある選手の1人ですね。僕がヤマハに来た時は1年間けが人で29歳になる年。前年度のレギュラーでもなかった選手で、出術のため1年間プレーしていない、というのが僕と彼との出会いです。そういう選手が日本代表のキャップをいただいて、ミレニアムスタジアムで1番をつけてプレーするところまで…(2016年の出来事)。彼のストーリーは20分くらい語れるんですけど。

 きょうはたくさんの引退者がいるので、それぞれのヒストリーを語りたいのですけど、そういうわけにもいかない。ですので、彼(仲谷)に短く、短く、ヤマハのラグビーを語ってもらいたいと思います。はい」

仲谷

「本日は誠にありがとうございます。最後、勝って試合が終われた。こんな幸せなラグビー人生はないと思っております。グラウンドで全て出し尽くした試合でしたので悔いはございません。これが、ヤマハスタイル。清宮さんとやって来たスタイルを最後もしっかり出し切れたかなと思っております。色んな思いを持った引退する選手も、悔いなく自分を出せた。また、これからのヤマハを背負っていく若い世代の選手たちにとってもしっかり自分たちのやるべきことができた試合ではないかと思います」

――改めて8シーズンの振り返りを。達成感は。

清宮

「もちろんとっていないタイトルもありますし、もっとできることはいっぱいあったと思います。ただ、ヤマハの8年は充実したものでしたし、毎年、毎年、ストーリーがあって、ヤマハでしかできない経験をさせてもらった。新しい僕にとっての新しい8年間だった。詳しい話は、記者会見をしますので、そこでたっぷりお話しさせていただこうと思っています」

――試合終了後、スタンドからグラウンドへ降りた時はどんな気持ちだったか。

清宮

「僕自身は今日でジャージィを脱ぐ選手たちの試合だと位置づけていました。私にとってのラストゲームはサントリー戦。プレーオフ準決勝。今日はジャージィを脱ぐ選手へのリスペクトを頭に置いていましたので、それにふさわしい対応をしたつもりです」

――引退する宮澤正利選手について。身長170センチで長らくアウトサイドセンターのレギュラーとして活躍した選手です。

清宮

「サイズが足りない、スキルが足りない、スピードが足りない。そんな悩みを抱える多くの日本人選手にとって、彼は鏡のような存在。何が足りなくても、ひとつ、読みと勇気があればプレーができるということを証明した数少ない選手の1人ですよね。そういう選手だからこそ、セレクションに迷った時、僕は彼を優先して起用しましたし、彼はそれに応える選手だったと思います。

 そのうち、彼の存在自体が『ヤマハらしい』という表現に変わってきた。彼のように、他の選手に比べて身体的に劣った部分を、何か違う力でカバーすることを『ヤマハらしい』と呼ぶようになってきたと思います。

 例えばほとんど素人の状態で入ってきたデューク・クリシュナン(マレーシア出身)が1年でレギュラーになる。他のチームじゃ絶対にないことで、それも『ヤマハらしい』。身長170センチもないフッカーが試合に出る。それも『ヤマハらしい』(日本代表になった日野剛志を指しての言葉か)。

 来年に向けても(日野と同じ)1人、同志社大学の選手を採りました。身長160センチくらいかなと。おそらく他のチームでなら、書類選考の時点で160センチではNGとなるかもしれません。そういう選手を採用して試合に使うのが『ヤマハらしい』と、僕らやファンが表現したり、感じたりするきっかけになった選手が宮澤なのかなと思います」

――仲谷選手の引退の経緯は。

仲谷

「色々と経緯はあるんですけども、せやな…」

清宮

「代ろうか? 1年、1年、勝負してきたベテランたちにとって、今年の(レギュラーシーズンの)公式戦がないというのは大きい(2019年度のトップリーグが2020年1月に開幕する。2019年秋にワールドカップ日本大会があるための措置)。『あと1年、ギリギリ頑張れる』という選手は、他にもいるんですよ。でも、1年間準備だけのシーズンを前に『きりがいいところで辞めようか』と考えた選手は本当に多いです。宮澤もその1人で、僕もそのうちの1人かもしれません。

 この1年間、ワールドカップでいいことがある一方、スケジュールが変わる。これはトップリーグだけではなく、大学ラグビーもそうです。色んな影響を与える1年。本当に、総力を挙げて大成功させないといけないという風には思います」

――きょうもラストワンプレーがスクラムだった。

清宮

「いいシナリオライターがいるなと。スクラムでペナルティーを取ってウォーって叫んで試合が終わるんだろうと思ったら、その通りになりました。イヤホンをして試合を観ていると、現場の声が聞こえるんですよね。すると、スクラムのたびに仲谷と山村(亮、右プロップ)が吠えているんですよ。ボリュームが大きすぎてうるさくて、イヤホンを外したりもしました。それくらい、きょうはスクラムが盛り上がっていました。

 プロップにとっては本当に天国みたいなチームだと思うんですけど、なぜか、(大学生のプロップが)来ないんですよね。他のスクラムにこだわりのないようなチームに、どんどん大学の主要メンバーが行くという。どうなってんだ、って思いますよ。プロップならヤマハに来い、日本一のプロップになりたいならヤマハに来いって」

――今後の進路は29日にお話になるかと存じますが、現時点で今後ラグビーにどう関わっていきたいかをお話いただけますでしょうか。

清宮

「僕は、ヤマハが好きだということです。いい仲間と出会えて素敵な8年だったということです」

 かつては早稲田大学、サントリーでも指揮を執ってきた清宮監督は、時にたとえ話を用いながら、強みや他チームとの違いをキャッチーに表現。ラグビーをご存じでない方へも、ヤマハが「小柄な選手でも活躍できるスクラムにこだわるチーム」だと伝わるのではないか。このプレゼンテーション術の背景には、明確なプランニングも見え隠れする。清宮監督が去った後のヤマハは、どんな文化を紡いでゆくのだろうか。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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