Yahoo!ニュース

ジョージ・スミス逮捕から考えること。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ボールを持つ選手がスミス。(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

 日本最高峰のラグビートップリーグで2連覇を達成したサントリーのジョージ・スミスが、12月31日に強盗致傷の容疑で現行犯逮捕されていたことが、1月17日、報道でわかった。

 詳細は『ラグビーリパブリック』の記事が詳しい。一部、抜粋する。

 1月17日に開かれた日本ラグビー協会の定例理事会(筆者注・夕方以降にある定例理事会後の取材機会で概要が明かされる)で、サントリーのジョージ・スミスが起こした不祥事が参加理事たちに報告された。

 同日の各社報道によると、スミスは2017年12月30日深夜、東京都府中市内でタクシー料金を支払わず、その場を立ち去ろうとした。その際、追いかけてきたドライバーに暴行をはたらいたため、目撃者の通報により駆けつけた警察官に現行犯逮捕された。

 所属するサントリーから1月1日に日本ラグビー協会に報告があったが、本人が否認するなど事実が確認されていなかったため、公表を控えてきたという。

 日本協会内では、同チームの日本選手権への出場辞退についても話し合われた。しかし、ことの内容が未確認のままでは決められないと、決定は見送られた。同様の検討、判断は、サントリー内でもおこなわれたと日本協会は報告を受けている。

 スミスは現在も容疑を否認して拘留中。その影響で事態に進展がないため、サントリーは1月13日におこなわれた日本選手権決勝も戦い、12-8とパナソニックを破り日本一の座に就いた。

 同選手は昨年10月21日のパナソニック戦を最後に試合には出場していなかった。怪我のため長期離脱することが決まり、チームはオーストラリア代表のショーン・マクマーンと契約。そのため、スミスはトップリーグの選手登録から外れていた。

 つまるところ、この国のラグビー界を統括する日本協会、ラグビー部を保有するサントリーホールディングスは、本人の名誉を鑑みた末に逮捕直後の公表を控えた。もっとも「公表はしていないが隠蔽ではない」という論理へは、多くの疑問が残っただろう。

 大一番の直前に起こった部員の問題を公にしていた例は過去にもある(※1)。たとえば日本選手権の前に「真相不明」であるのを前提に逮捕の事実を公開していたら、少なくとも「現場が心にしこりを残したまま勝負をしなくてはならない」という構図だけは避けられたはずだ。

 もっともサントリーのグラウンド内の指揮権を持つ沢木敬介監督は「まず被害者の方にお詫びをしたいと思います」とし、こう続ける。

「事実関係がわかってから、ということです。自分たちがやるべき協会とのコミュニケーションなどは、できていたと思います」

 一般論として、現場には公表の可否に関する権限はない。その意味では、事実がわかるまで情報をオープンにしないという決定について、現場はコントロールできなかった可能性もある。

※1 2008年度のトップリーグを戦っていた東芝は、シーズンの終盤になって立て続けに海外出身選手の不祥事が発覚。当時の部長が辞任するなどの処分が下るなか、チームはプレーオフ優勝を決めている。

外国人選手全員にとっての責任には…

 以下、筆者が事件そのものについては知るところ(例えば巻き込まれたとするタクシー会社の名前など)が少なすぎて言及できないこと、そもそも事件を調査することは当方の領域とは異なること、もし事件が正真正銘の事実だった場合は擁護しづらそうだということを前提としてお読みいただきたい。

 報道から数日が経ち、現場に近しい人物の声を聞けるようになった。それを受けて改めて強調できる点は、12月30日にスミスがしたとされることとそれまでの間にスミスが残してきたことは別個で考えるべき、ということだろう。

 強豪のオーストラリア代表として111キャップ(国際間の真剣勝負への出場数)を誇るスミスは、おもにフランカーというポジションを務めて肉弾戦でのボール奪取能力に長けていた。その動きは本人のニックネームに伴いジャッカルという名称がついている。当の本人はジャッカルの肝について「ジャッカルに行くべきところ、行かないほうがいいところを見極めている」と話している。

 ジャッカルは、タイミング次第では「成立したラック(ランナーが寝た密集)密集の球に手をかける行為」などの反則と見なされるリスクも伴う。そもそも、当該の接点に相手チームの分厚いサポートがあれば、無理に腕を差し込んでも効果は薄い。ジャッカルを決めるには、球へ絡んだ際の上腕や足腰の強靭さに加え、繰り出すべきか否かを判断する眼力も問われるのである。

 近年はスミスをはじめとした大物フランカーのジャッカル成功に対し「日本のレフリーは彼らをリスペクトし過ぎなのでは」という議論も出ている。しかし、各選手がその日にとって最適な順法精神を貫こうとしているのは概ね間違いない。

 何よりスミスが貴ばれているわけは、グラウンド外での献身にある。東京都府中市にあるグラウンドでは、スミスが同じポジションの選手たちを集めてジャッカルなどの個別練習をおこなう姿がよく見られた。クラブハウス2階の共用スペースなどでは、試合映像を見ながら選手にアドバイスを送ってもいた。

 ワールドカップでの南アフリカ代表撃破で一大ブームを巻き起こした前日本代表のエディー・ジョーンズも、若き日本人フランカーには代表に入りたくば「スミスをスマッシュしにいくべき」と何度も発言。身長180センチと同ポジションの国際的選手にしては小柄なスミスは、長らくこの列島の手本であり越えるべき壁と見なされてきた。

 2013年8月27日、当の本人は筆者との問答でかく語っていた。

――首脳陣には、「周りのレベルを引き上げる選手」として期待されています。その点はどうお考えですか。

「外国人選手全員にとっての責任には、自分たちの持っているスキルや能力を他の選手たちに伝えていくことも含まれます。(プレー以外の)私の役割は、スコッドのスタンダードを今後も保っていくことです」

 2011年から3シーズン在籍し、フランスでのプレーを経て2016年に日本復帰。今季も、例えば10月21日のパナソニック戦(この日は敗戦も決勝でも再戦して勝利)に向けてはさながら選手兼コーチといった風情でコミット。相手の擁するオーストラリア代表フランカーのデービッド・ポーコックにジャッカルをさせないよう、攻撃中の接点への素早いサポートを意識づけさせていたようだ(練習自体は非公開だったが、直後の複数選手による証言で判明)。

 今回の件の公開時期について「事実がわかるまでは」という態度を取った背景にも、サントリー側の関係者曰く「万が一、事実と違った場合はスミスへの人権侵害になる」といった配慮が重なっていたようだ(結果、不起訴処分となっている)。第三者から見れば、スミスがここまで残してきた功績が、かえって今度の決断を揺らしたとも取れる。「隠蔽」ではないものの「隠蔽と見られる状態」の、それが背景だった。

 一部では首脳陣の管理を問題視する声もあるようだが、怪我をした勤勉なプロ選手の私生活を徹底管理するのは非現実的だ。また、こちらは個人的な記憶にて恐縮だが、スミスが酒席にいるところを見たことがある。他のラグビー選手と同じく酒量こそ常人と異なるのだろうが、穏やかな顔つきで仲間と語らっていた以上の印象はない。

 何より前提として、スミスは日本以上にラグビー人気の高い国で長い間代表を張ってきた選手だ。人目に触れる場所での振る舞いには日本人選手以上に敏感と考えるのが自然である。また今回の件を受けての関係者への取材なども鑑みると、あの日、スミスの体内環境などがよほど普段と異なっていたとも見られる。

 だからといって被害者に贖罪しなくてよいと言いたいのではない。そもそも心身の状態は本人にしかわからない。ただ、ひとつの事件報道が個人を徹底糾弾する理由にならない。

読解力と後悔

 筆者の仕事を人気商売という分類でくくれば、ラグビーを愛する国民を敵に回すことはご法度だろう。しかしこの問題を通し、「日本人の読解力の劣化」も痛感したと言わざるを得ない。

 一例を挙げれば、発覚(隠していたことが明るみに出ること)と発表(ものごとを表向きに知らせること)の違いについて。一部報道によって事件が発覚したのが17日の日中で、日本協会が事件について認めたと発表したのはその日の夕方以降だった。

 それにも関わらず、インターネット上では陽が落ちる前から「日本選手権後の発表なんてけしからん」との書き込みが乱立していた。「(報道などによる)発覚」と「(公式機関の)発表」の違いもわからない人間の意見が「いいね!」と言われる国で、影響力のある人が本当の気持ちを話そうなどとは決して思うまい。

 また「隠蔽」と「隠蔽と見られる状況」では意味が違うことは本文でお伝えした通りだが、その点の理解にも不安定さがにじんでいた。読解力の劣化は、開かれた議論を阻害しうる。ラグビー界というより、国全体で見つめ直すべき課題ではないだろうか。

 最も残念なことは、他にある。決勝前日のサントリーの練習を取材したのにも関わらず、筆者自身がチーム内の異変に気付かなかったことだ。

 シーズン最後の決戦へ向けた最終調整の場に年長者がいないことは、サントリーのクラブ文化を鑑みればどう考えても不自然だった。現に怪我で欠場の決まっていた他のベテラン選手は、その日の練習に参加していた。

 本当のことを知ったからといってすぐに行動は起こすかはわからないが、感度の鈍さが読者への正しい情報伝達を阻害するのは事実だ。

 クラブハウスで報道陣の取材を受ける流大キャプテンの声も、いま振り返ればどこか張りがなかったようにも思える。それさえも「きっと、半袖で歩いているところを捕まえられて困っていたのではないか」と結論づけたことには反省が残る。

 

 ちなみに、試合前日練習後の取材での流の発言に、「マクマーン選手はなぜチームへ素早くフィットしたか」があった。スミスの代役として登録されたオーストラリア代表26キャップのショーン・マクマーンが合流して間もないなか実力を発揮していることについて、理由や背景を聞かれた時の答えである。

「サントリーに来る外国人は、本当に日本やサントリーをリスペクトしてくれています。僕らがどうこうというよりも、その外国人選手が自分からサントリーに関わろうとする意識が強く、適応しようとしている。新しい選手は、サントリーがいままでもレジェンドのような選手がいたクラブだと認識して来てくれる(※2)。誰かが『そういう選手がいたクラブでできることを名誉に思っている』と話すインタビューも読みました」

 仲間への敬意をこう語った際の、心のありようやいかに。

※2 過去にはオーストラリア代表139キャップ(全世界最多)のジョージ・グレーガン、南アフリカ代表76キャップのフーリー・デュプレア、同86キャップのスカルク・バーガーらが在籍

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

すぐ人に話したくなるラグビー余話

税込550円/月初月無料投稿頻度:週1回程度(不定期)

有力選手やコーチのエピソードから、知る人ぞ知るあの人のインタビューまで。「ラグビーが好きでよかった」と思える話を伝えます。仕事や学業に置き換えられる話もある、かもしれません。もちろん、いわゆる「書くべきこと」からも逃げません。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

向風見也の最近の記事