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トライ王・中鶴隆彰を生んだ4つのポイントとは。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ステップを踏むほど加速力を増す。(写真:アフロスポーツ)

トライシーンはラグビーの華。日本最高峰であるトップリーグの2016年度シーズンで、その瞬間を最も多く味わったのは中鶴(正式には雨冠に隹・鳥の順)隆彰である。優勝したサントリーに所属する「身長177センチ、体重80キロ」のウイングは、シーズンのMVPも受賞した。

早稲田大学から加わった2013年度からの3シーズンで通算15試合出場、10トライという記録を残していたが、昨季の公式戦での出番は2試合のみ。23歳で日本代表の松島幸太朗ら有望なランナーが揃うチームにあって、激しい競争の只中にいた。

勝負の季節を迎えた4年目の26歳は、今季、開幕節こそベンチ外も14試合に出場して17トライを奪取。前年度は9位と低迷も今年度15戦全勝を果たした攻撃型チームにあって、まさに象徴的な存在となった。

今季の中鶴がトライを量産した背景には、4つのポイントが浮かび上がる。これらを振り返れば、競技の奥深さに触れることができる。

その1 スピードという才能

大学選手権で7連覇を果たした帝京大学の岩出雅之監督は、雑談のさなかに身体のあちこちを指し、こんな話をしたことがあった。

「重さ、強さ、ココ(頭)、ココ(ハート)、スキルは育てられても、足と身長だけは育てられない」

背の高さと足の速さだけは、その人の先天的資質に頼るほかない、という論旨だろう。

帝京大学のトレーニングメソッドには個々の瞬発力強化も含まれているが、短距離走者さながらの図抜けた走力はそう簡単には作れない。ラグビー選手はぶつかり合いに耐えうる身体も作らねばならず、それに伴う体重アップは時にスピードを劣化させるからだ。持ち前の加速力でテストマッチ(国際真剣勝負)歴代最多トライ数記録をマークした元日本代表ウイングの大畑大介も「スピードだけは急に手に入るものではない」とする。

それだけ「ラグビーをしている足の速い選手」は希少で貴重なのだが、中鶴は十分にその隊列に加わる。学生時代の記録を辿れば、50メートルは5秒9。エディー・ジョーンズ元日本代表ヘッドコーチ(現イングランド代表監督)が「ワールドクラスのスピード」と評したウイングの福岡堅樹とほぼ同等のタイムだ。

その2 所属チームが充実

前方にパスできないラグビーの試合にあっては、後方端のウイングがパスを受け取る回数は限られる傾向が強い。

フォワードと呼ばれる前方8名の選手が肉弾戦で相手を凌駕し、その後ろに立つスクラムハーフ、スタンドオフが空いたスペースへ球を配球。さらにその後ろに立つセンターや最後尾のフルバックが防御網を引き寄せ、その後、ようやくウイングがボールがもらえる…。それが古くから続くラグビーの基本構造だ。

ジョーンズ氏は、2010年度からの2年間でサントリーを指揮して3つのタイトルを奪ったことがある。当時、「ウイングがたくさんトライしているのは、いい状態」と話していた。その心は、何度もウイングへボールを回せるほど持ち前の攻撃組織が機能していた、というものであった。

トップリーグで過去にウイングがトライ王となったケースは12回ある。そのうち9ケースでは、当該選手の所属先がその年度リーグ戦で4位以上に輝いていた(2008、14年度は2名のウイングが12トライで最多タイ。それぞれを1ケースずつと換算)。ウイングがたくさんトライを取るチームは、そもそもの攻撃回数が他チームよりも多いのである。

たぐいまれなスピードを持った中鶴のトライラッシュの裏にも、やはり15戦全勝したサントリーの攻撃組織がある。

前年度苦しんだサントリーでは今季、元日本代表コーチングコーディネーターの沢木敬介が新監督になった。元フランス代表のマルク・ダルマゾら、ジャパン時代にともに仕事をした専門コーチなどもスポットコーチとして定期的に招へいし、競技力を支える各項目の質を底上げした。

練習にも規律ある雰囲気を醸した。「同じアタッキングラグビーをするなかでもラグビーを進化できた」と話すように、縦、横と自在に球を運ぶ柔軟なシステムをインストールしてきた。

中鶴本人もシーズン中、「同じ画を観られるようになった」と語るようになっていた。

「去年までは外(ウイングの持ち場)にスペースがあっても(接点周辺で)当てて、当ててという我慢比べのラグビーをしていたと思いますけど、いまは外が空いていたら先に外へ攻めて、その後に縦のプレー(接点周辺の攻略)をしたり…。いまの形の方が相手としても嫌だと思いますし、僕としても楽しいです」

攻撃機会をおぜん立てする肉弾戦でも、3シーズンぶりに復帰した元オーストラリア代表フランカーのジョージ・スミス、ニュージーランドからやって来た身長2メートルのロック、ジョー・ウィーラーら黒子役が出色のパフォーマンスを発揮。1月15日の授賞式中、中鶴は「たくさんのパスをくれた仲間」への謝辞を述べることとなる。

その3 「ラグビーナレッジ」の進化

スピードが売りのトライゲッターが強みを活かすには、スペースがあるところでボールをもらいたいところだ。

とはいえ現代日本のトップレベルのゲームでは、防御網のシステムが日増しに発達。鋭くプレッシャーをかける位置をその都度変質させるなど、「相手の攻撃への対応」を越えた働きが多く見られる。

相手走者へのタックルによってグラウンドに寝る選手も大抵はすぐに起き上がり、分厚い一枚岩のラインに参画。快足ランナーがスペースを見つけてようにも、そのスペース自体がない場合が多い。

そんななかでもわずかなスペース、少なくとも眼前のタックラーをかわすための「間」を創出するには、ウイングのボールをもらう前の工夫、他との連携が必要となる。

今季の中鶴は、その工夫や連携で成長の跡を覗かせているのだ。当の本人が説明する。

「内側にいるフォワード、センターのオーガナイズをしっかりするようにしています。『ここに立って』と言ったり、スペースがあればフォワードからパスをもらうようにしたり…」

チームの基本的な攻撃陣形を理解し、それを崩さぬ範囲で「内側(タッチライン際に立つ自分と接点との間)」に立つ「フォワード」「センター」の立ち位置などを指示。その選手が防御の視線や身体の向きを引き寄せるなか、自身は相手の死角でパスを呼び込むという。

それによく似た形が、1月7日、東京・味の素スタジアムでの東芝戦の後半7分にあった。

グラウンド中盤右中間でチームが速攻を仕掛けるや、中鶴は右タッチライン際を並走。ボール保持者と自身の間には、突破力に定評のあるインサイドセンターのデレック・カーペンターがいた。中鶴は、カーペンターが東芝の2人のタックラーの間を切り裂いたところへ近づき、追いすがる相手の背後でラストパスを受け取った。刹那、くしくも自身17本目となるトライをマークしたのだった。

今季就任した沢木監督は、中鶴に関し「ラグビーのナレッジ(理解度)が伸びている。それが、パフォーマンスに繋がっている」と話す。競技そのものやそのチームの動きへの理解度が高まった、という意味だ。

その4 「鳥ばかりの変な奴」

ブレイクは一日にしてならず。中鶴の今季の爆発も、最近の成長のみによるものではない。

大学ラグビー界からトップリーグに挑む際、中つるはフィジカリティ強化の必要性に直面。持ち味のスピードを殺さぬという条件付きで、徐々に筋肉をまとうべくトレーニングを重ねた。

生活にも規律をもたらす。高たんぱく低カロリーな食事が必要だからと、社業で使う営業車のなかではいつも鶏むね肉の入った愛妻弁当を食らう。

「社内では、鶏ばかり食べている変な奴だと思われている…と、思います。僕は、飽きないです。オリーブオイルと塩だけで」

本当はアルコールが好きなのに、シーズン中の酒量を制限しているという。

「そう(節制)しないと試合に出られない」

その甲斐もあって「大学の頃は74~5キロでやっていたんですけど、いまは(公式記録よりも重い)82キロくらいに…」。3トライを奪った東芝戦でも、各国代表経験者のタックルを食らいながら前に出るシーンを作り続けた。

「多少、捕まっても、大丈夫になってきたのかな、と思います」

持ち前のバネと鍛えた身体をかけ合わせて作ったパワーは、今季作った「ラグビーナレッジ」と同じく列島を席巻した。

+α 代表入りへは…。

今季の大躍進を受け、サントリーの内部では中鶴の日本代表入りを推す声もある。一般論としても「国内リーグで活躍した選手がその競技の代表チームに入る」ことは自然に映る。

ジェイミー・ジョセフ新ヘッドコーチ率いる昨秋の日本代表では、2015年のワールドカップイングランド大会に出場した山田章仁とカーン・ヘスケスと福岡、昨夏のリオデジャネイロ五輪の男子7人制日本代表だったレメキ ロマノ ラヴァ(途中離脱)が参戦していた。

スーパーラグビーに参加する日本のサンウルブズでも、やはりリオデジャネイロ五輪に出た後藤輝也が福岡とともにスコッド入り。福岡と後藤は中鶴よりも年下で、31歳の山田はイングランド大会のサモア代表戦で大会2勝目をもたらすトライを奪うなど、大一番での実績は十分である。

まして、テストマッチは巨躯同士の戦争だ。それゆえ、ジョーンズも当時大学生だった福岡をジャパンに抜擢した際は、試合経験を積ませる傍ら段階的に肉体を強化してきた。

特に昨今の各強豪国では、ウイングに環太平洋諸国系の巨躯を並べる傾向が強い。キックを捕球する際のジャンプ力、戦略上タッチライン際に立つ大型フォワードとのマッチアップなどを期待されているのだ。日本ラグビー協会も昨夏、7人制トンガ代表入りしたことのあるホセア・サウマキ(大東文化大学)をジャパンに加えようとしたことがある。

つまり、過去にフル代表選出経験のない26歳が次なるステージへ躍り出るには、複数のライバルとの競争、国際舞台の現実への対応が欠かせない。国内でのトライ王獲得以上に大きなチャレンジが待っている。

2月18日、福岡は北九州市でサンウルブズの壮行試合がある。対するトップリーグ選抜の指揮を執るのは現ジャパンのジョセフヘッドコーチで、一部報道によれば中鶴のトップリーグ選抜入りは決定的とのことだ。

9位からのV字回復を果たしたチームで台頭した聡明な韋駄天は、あらゆる意味での予定調和を壊しにかかる。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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