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リオ五輪4強入りの男子7人制日本代表、瀬川智広ヘッドコーチ「本気」秘話。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
雨中の準々決勝を制し、大喜びの日本代表。(写真:ロイター/アフロ)

リオデジャネイロ五輪で初の正式種目となった7人制ラグビー男子の部は、大会2日目が日本時間の8月11日未明に当地のデオドロスタジアムであり、日本代表は準決勝進出を決めた。

日本代表は昨季、この競技の年間世界一を競うサーキットであるセブンズワールドシリーズに常時出場するコアチームから降格。それでも一世一代の大舞台にあって、コアチーム勢を制してメダル争いに躍り出た。

この日は1戦目となる予選プールC最終節で、ケニア代表を31―7で撃破。さらにはノックアウトステージの準々決勝で、フランス代表を12―7と制した。

自ら「キーマンじゃなくてチームマンだよ」と笑うレメキ ロマノ ラヴァが2トライを決めたケニア代表戦でも、ラッキーボーイの後藤輝也が後半終了間際にインゴールを割ったフランス代表戦でも、ハーフタイムの円陣などで桑水流裕策が呪文のように唱えていた。

「アタックはまず、ボールキープ!」

無理に攻めずとも、ボールを保持していれば道は開けるとの意味だろう。

集音マイクから漏れた声は

ランナーが鋭角に仕掛け、守備網にひずみを作る。タックルされる直前に後ろのスペースへパス。もし掴まれば、味方の援護を待つ…。

フランス代表は日本代表のランナーを複数人で囲み、球に腕を伸ばしてきた。

かたや日本代表のランナーは、倒される前にボールを後方へ放り投げるなどターンオーバーを許さぬ「ボールキープ」の術を遂行する。

同じサイズのグラウンドに倍の人数が揃う15人制ではご法度に近いプレーだが、7人制のフォーマットではそれが命綱となり得たか。

「…ボールキープすれば、チャンスはある」

見事な白星を掴んだ直後、集音マイクにこんな声を拾われたのは瀬川智広ヘッドコーチ。15人制の日本最高峰トップリーグでは2008、09年度と東芝で監督として連覇。2012年からいまの仕事に就いている。

「明るく、楽しく、やる時はやる」をモットーに、研究熱心さと大胆なロードマップの作成を貫く。その熱心さと明快さは、選手からも信頼されている。

一緒に走った理由

情熱を示す秘話が、ある。

2013年8月6日、神奈川伊勢原市の専修大学ラグビー部の練習場でのことだった。昨今のようになかば亜熱帯化した関東地区の、夏の夕暮れ時である。

瀬川ヘッドコーチはこの午後、吉野健生という選手の個人練習を見ていた。

この大学の卒業生である吉野は当時、男子7人制日本代表に練習生として招かれていた。JR東日本で通常勤務しており、普段はトップリーグの選手のような高質なトレーニングはしていない。

それでも15人制で産業が成り立つ日本ラグビー界にあって、瀬川ヘッドコーチはメンバー編成に難儀している。身長192センチ、体重87キロの巨躯で運動量豊富な吉野は貴重なダイヤの原石かもしれなかった。

グラウンド脇のトレーニングルーム。汗だくの吉野は、床の上のバーベルを胸元まで持ち上げる。1回、1回、うめき声を上げる。規定の回数を終えると、あまり間隔を空けずに腕立て伏せ、懸垂に挑む。一通り終えると、少し水を飲んでもう一度バーベルと向き合う。

「行ける!」

「悪くない!」

吉野が下を向きかけると、瀬川ヘッドコーチは必至で声をかけていた。吉野がインターバルの折は、実際に自らバーベルを持ち上げてみた。「これ…きついな」と苦笑してみせた。

陽が落ちれば、照明の灯ったグラウンドへ出た。400メートル走、バービージャンプ、フットワーク強化のメニューをさせる。トラックを回っている吉野を見て、「最後の数メートル」を併走した。

「バテて来た時に、ちょっとだけです。吉野も、僕に負けるわけにはいかんだろうと思うでしょうから」

こうしたマンツーマンの指導は、ラグビーの現場にあふれてはいる。ただ断ずれば、そのなかには教える側のパフォーマンスに映るものもゼロではない。もっとも瀬川ヘッドコーチのそれには、純粋な爽やかさがにじんでいるようではあった。

違いは、どこにあるのか。

帰り支度を済ませた瀬川 ヘッドコーチはそう問われると、あいまいなところのない返答をするのだった。

「お互い一生懸命やっている。僕も吉野に妥協はしたくないし、吉野も妥協していない。まぁ、特にウェイトでは『これで大丈夫か』というくらいの重量しか扱っていないですけど、本人は真剣ですし。僕にできることって、自分がどこまで本気でやるのかを伝えることだと思う」

手にしたペットボトルの水を口にしつつ、こう締めた。

「何か特別なことをしているわけではありません。真剣さが少し、伝わったのかなと思います」

あと1勝

本人にとって「特別なこと」ではない情熱は、直接の指導以外にも表れている。ここまで何度も、日本代表に適した攻め方の仮説を立ててきた。就任当初は意図的に密集を作る戦法を試みるも、効果的でないと見るや、スペースに球を逃がし続けるいまのような攻撃をブラッシュアップするようになった。

15人制のワールドカップイングランド大会で日本代表を率いたエディー・ジョーンズヘッドコーチと瀬川ヘッドコーチの共通点は、懸命にラグビーを観て、自分たちだけの勝ち方を考えるところにあろう。

時は流れた。何人かの無印の練習生やトップリーガーを1人ひとり丁寧に見てきた瀬川ヘッドコーチは、オリンピックの宝物に手をかけようとしている。

大会最終日の12日、今季のセブンズワールドシリーズで首位だったフィジー代表と準決勝を戦う。勝てば銀メダル以上が確定、負けたとしても3位決定戦で銅メダルを争える。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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